夕餉
夕餉には二つの家族が膳を囲んでいる。
松太朗は、義父の徳暁とほろ酔いで酌を交わしていた。
織りも久しぶりに家族と会い、ニコニコしながら、そしていつの間にか嫁入り前のように娘気分で利玖との会話と食事を楽しんでいた。
男同士意気投合しているらしい松太朗は、普段では見せない年相応の若者らしい姿で楽しんでいる。
徳暁も、すっかり婿殿が気に入ったらしく次々に注がれた酒を喉に下した。
「娘はいくつになってもかわいいもんだ。ましてや織りのように、晴暁と一緒に道場で剣術の稽古をつけてやっていたのだから尚更…。ま…嫁のもらい手があるかは心配したが…」
家族揃って心配ごとはただ一つ。
あの、織りがきちんと嫁ぎ先でやっているのかということだ。
徳暁は松太朗に酌をしてやりながら、胡座をかいて赤い顔でしみじみ言う。
松太朗も杯に口をつけながら、赤い頬で笑った。
「義父上も義母上も、そんなに心配せずとも、織り殿はちゃんと奥方然として来られた」
上座で酌を交わす二人は、そっと織りを見た。
「これ、織り。きちんと椎茸も食べなさい」
織りの皿の上で目立たないように避けられた、肉厚の椎茸を目敏く見つけた利玖が、ぴしゃりと言う。
織りは、えーっと眉を顰めた。
「だって、椎茸ってすごく匂うんですもの」
「何を言うのです。それが良いのではありませんか」
駄多をこねる織りに、譲らぬ利玖が言う。
そして、配膳のため控えていた茜も、作り手として言葉を添える。
「織りさま、そちらの椎茸はただの椎茸ではございません。有名な西の国の特産品、どんこでございますよ。それを贅沢にも半分に切り分けて煮付けおります。食べなくては損です」
どんこを食べなくては損、なのか。それとも茜の料理を食べなくては損、なのか。
どちらとも取れる言い方で茜は微笑む。
その近くでは晴暁も、姉と同じように椎茸をどけていた。
「ンまぁっ晴暁まで!織りがそんなだから、弟に示しがつかないのです。椎茸ひとつまともに食べれなくて、家督を譲れますか」
利玖は嘆かわしい、と首を振った。
「晴暁、何ですか。お前は本当にわたくしの真似ばかりして」
自分のことなどすっかり棚に上げた織りが、晴暁の皿を見て、利玖そっくりな表情で首を振った。
山盛りのご飯を片手に、もぐもぐしていた晴暁はピンと眉を釣り上げた。
「これは残しているのではなく、最後に食べるためによけているだけですっ。ワガママな姉上と一緒にしないで頂きたい」
ぷいっと怒る晴暁に、織りは目を丸くして「姉に向かって…!」っと歯ぎしりした。
「松太朗殿…。織りは家でもああなのか?」
やりとりを見ていた徳暁は、我が娘の至らぬ成長っぷりに恐怖すら覚えた。
しかし、松太朗は相変わらず酒を片手にニコニコしている。
「元気があって自分に正直で、素直で照れ屋で頑張り屋で。俺には可愛くて愛おしくて仕方のない妻なんだがなぁ」
娘を溺愛する婿殿を実父は、信じられない、とまるで物の怪でも見るかのように、見返した。
しかし、相変わらず美しい婿殿は、ニコニコと眩しい微笑みをたたえ、そして果てしなく優しい眼差しで織りを見つめていた。
徳暁は、一気に酔いが醒めてしまうようだった。
娘を大切にしてくれて何よりだが…、この溺愛ぶり。
(松太朗殿は…正気か…?)
とすら疑いたくなった。
こうして夜は更けていった。