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ture life  作者: ゆぅ
22/58

兄弟

織りの部屋からは、夫婦の楽しげな声が屋敷中に響いていた。




「織りさまと松太朗さまは、すごく仲睦まじいのねぇ」

「きっと直ぐにでも世継ぎができるわ」

『ねぇっ』

などと、女中仲間がニコニコと茜に尋ねる。

茜は、それはどうかしらね。と胸中でつぶやきながらも、とりあえず愛想笑いを返しておいた。



「そう言えば、絹さま、ご懐妊の兆しですって」

久しぶりの客人をもてなすため、いつもより多めの肴を拵えていた古株の女中が、やはりニコニコとそう告げた。


「えっ?」


思わず茜はその女中を振り返る。


「あちらのご実家も、世継ぎだと喜んでいるそうよ。どちらも長子で、申し分ない身分でしょ」



この家の長子である絹の懐妊は、確かにめでたいことだ。

しかし、絹はあちらの実家にそのまま嫁いだため、織りのように供を連れていなかった。

ダンナの家に、十分すぎる女中がいるからだ。



「これで織りさまも懐妊となれば、本当にめでたいのだけど」



年若い女中が夢見心地のようにして言うのを、茜は耳に入れていなかった。と、いうよりも、入らなかった。




突然の胸騒ぎに、茜は思わず手を止めてしまった。









同じころ、織りの部屋には弟の晴暁が訪ねていた。



姉とそっきりな木の実のように丸い瞳に、キリリと頼もしい眉毛。

しかし、まだ完全に声変わりしていないそれは、幼さの残るものだった。それに合う身体。

まだ織りの方が少し大きいのではないかと思われた。




「義兄上、義兄上は休日は何をしておられるのですか?」


突然現れた長身でカッコいい義兄を前にして、幼い義弟は浮かれていた。

久しぶりに会う姉などそっちのけで、松太朗の側について離れない。


「俺は家庭菜園が趣味だから土いじりかなぁ…」

「では義兄上は、土を耕しながら己を鍛えておられるのですね」


「そう言えば、最近はめっきり武芸もサボってるなぁ…」


キラキラと姉そっくりの表情で矢継ぎ早に質問をする晴暁に、松太朗はの~んびりと返事をする。


「では、夕餉までの間、私とぜひお手合わせを」

松太朗の腕を引き、今にも庭に連れ出してしまいそうな晴暁を、見かねた織りが諫める。



「晴暁、いいかげんになさい。松太朗さまはわたくしの夫であっても、今日はお客様ですのよっ。遠慮というものを知らないのですかっ」



松太朗はポカンと織りを見た。


いつもは自分の方が年上であるため、幼いなぁ。可愛いなぁ。と見ていた織りが一変。

弟を前に、威厳をもってぴしゃりと言ってのけた。


松太朗は天晴れと手を叩きたくなった。



「姉上ばかりズルい」


ぷうっと膨れた晴暁は、ドングリ眼でキッと姉を睨みつける。

織りはフフンと鼻で弟を笑った。


「悔しかったら、松太朗さまの奥方になってごらんなさい」


前言撤回。

天晴れな妻は、やはり幼い妻であった。



そんな織りを睨みつけていた晴暁は、くぬぅっと歯ぎしりしたものの、次第に悲しく眉を潜め、真っ白な白眼を赤く滲ませて潤んだ瞳で姉と義兄を見上げた。



「年が近く、共に剣術を学び、強く逞しいて自慢の、お慕いしていた姉上も、嫁げば余所の娘…。家に寂しく残された弟の気持ちなど、わかるはずもあるまい…」



織りの声を少し低くしたような、しかしまだ少年らしい高い声でそう涙ながらに訴える晴暁を前に、姉はどこかで聞いたセリフだ、と眉を潜め、義兄は同情した。



「あぁっ…義兄上、こんな薄情な姉を見限ることなく添い遂げて下され~」

「晴暁殿っ」


目頭を抑える義弟の肩を、松太朗はガッシと掴む。

そして拳を握り、キラキラと輝く瞳を向けた。


晴暁は男ながらに、この美しい義兄に見とれた。

そしてこっそり姉を盗み見る…。




(かわいそうな姉上………)




「織りは俺の大切な妻だ。どんな娘であろうと、俺には愛妻に変わりはない。必ずや織りと幸せな家庭を築き、添い遂げてみせよう」




織りと同様、晴暁はポッと顔を赤らめた。

夕日が差し込む部屋で、姉弟の顔は一様に真っ赤で、耳まで熱くなった。



「わ…わたくし、夕餉の手伝いをして参りますわ」


真っ赤な織りは、松太朗とも晴暁とも目を合わせずに、よろよろと立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。





廊下の先からは、ドタンッという音と、「織りさま!?」と騒ぐ女中の声が聞こえていた。

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