帰省
織りの実家は二人が住む家より大きくて立派だった。
三人は部屋に通されていた。
上座には穏やかに微笑む織りの母・利玖がいる。織りは一男二女の末娘であるのだが、利玖はとても3人も子どもを産んだとは思えない若々しい。
「お久しゅうございますわね、松太朗殿。織りは何かとあなたに迷惑ばかりかけているのではないかしら」
「義母上、ご機嫌麗しいようで何よりです。織り殿とは仲良く暮らしております」
利玖の言葉に、松太朗は軽く首を振ると、ここでも美しく笑ってみせた。白い歯が覗き、キラリと光りそうなほどである。
利玖は上品に袖で口元を隠して軽やかに笑った。
「まあ。ほほほ。いいわねぇ若い人たちは。織りは真ん中ということもあってワガママ三昧で育ってきたから…」
「お母さま!!」
自分の都合が悪くなりそうな話しの展開に、織りは慌てて制止に入った。
「ほら、このように慎みもないでしょう」
利玖は頬に手を当てて、困ったものだわ、とため息を吐いてみせる。
織りはぬぅぅっっ、と悔しげに歯を食いしばった。
やはり心配したとおり、母は松太朗にいらぬ事を言いそうである。目が離せない・・・。
「それより、お母さま。わざわざわたくしを呼びつけるようなご用があったのではございませんか?」
わざと咳払いを挟み、織りはさっさと用事を済ませて帰ろうと思い口早くそう言った。
しかし、利玖は17年間織りを育てた母親であった。
娘の居心地の悪い理由も、さっさと帰ろうとしていることもすべてお見通しだったらしく、こちらもわざと眉根を寄せて悲しみの表情を作ってみせる。
「何ですか・・・。久しぶりに帰って来たと思えば薄情な。娘を心配する母に近況を伝えようとは思わないのですか。あぁ悲しや・・・。わたくしが手塩にかけて育てた娘も、所詮嫁げば余所の娘。家に残される母の気持ちなど、とうてい分かるはずもあるまい・・・」
「残されるって・・・。まだ家には晴暁がいるではありませんか」
悲しみに暮れる母らしく、袖で目を押さえ泣きまねをしてみせる利玖に、織りは半眼で言う。
織りには先に嫁いだ姉・絹と3つ年下で元服間もない弟・晴暁がいた。その晴暁はまだ家にいる。家督も父の代で有るが故、気ままな寺子屋&道場通いをしているのだ。
だから、絶対に母は悲しみに暮れる程寂しい訳はない。
「晴暁もいずれは嫁を取り人のものになるのです。本におまえは人の気も知らず・・・。うぅ・・・申し訳ございません、松太朗殿。こんな薄情な娘を嫁に出してしまい・・・」
「ンな・・・!?」
「義母上」
くじけずに――むしろ松太朗を巻き込んで嘆き悲しむ利玖に、娘は言葉を失い、婿はしっかりとその義母に同情した。
松太朗も整った眉を顰めると、そっと利玖の肩に手をかける。
「義母上、元気を出してくだされ」
「しょ・・・松太朗さま・・・!?」
優しく利玖の手を取らんばかりの雰囲気で松太朗は、やはり美しく哀愁を漂わせながら話し始めた。
「今日はゆっくり織り殿と話しをされると良い。私は毎日織り殿の元気な笑顔を見せてもらっているのだ。私が毎日元気に楽しく暮らせるのも、この妻のおかげ。ひいてはこのようなすばらしい娘をお育てになり、私に嫁がせて下さった義母上たちのおかげでもあるのですから」
「松太朗さま!!!」
松太朗の言葉に、利玖がぱぁっと目を輝かせて顔を上げた。
それは織りとそっくりである。
松太朗は目を細めて微笑む。
「では、今日はお泊まりあそばせ」
利玖は、先ほどの涙はどこへやら、極上の微笑みを浮かべてそう言った。
「ちょ・・・お母さま!?」
「ほほほ、織り。今日は松太朗殿のお許しも出たことですし、ゆっくりとしてらっしゃい」
完全に敵の罠にはまった織りと松太朗は、今宵を敵の陣地で明かすこととなった。