輿入れ
貧しい武家の次男坊が嫁をもらった。
婿殿は二十一歳になったばかりで、寡黙な男だった。伸ばした前髪が顔にかかっているため、いつもその表情は読みとりにくい。
しかし切れ長の瞳は涼しげで、チラリと流し目をすれば、それはまるで絵巻物の光源氏さながらでもあった。
背も高いのだか、それを気にして否か、猫背ぎみである。
嫁御はといえば、今年17になるこちらも武家の娘なのだが、彼女は行儀見習いや花嫁修業より兵法を学ぶことを好んだ。しかも、婿の実家より位は高かった。
美しいというより、可愛らしい彼女にはとても不釣り合いの刀が、お気に入りの嫁入り道具だ。
祝言はつつがなく執り行われ二人は晴れて夫婦となった。
その晩…初夜でのこと。着流し姿の嫁御を前に、婿殿はその奥にある床の間に鎮座している、彼女のお気に入り刀を見つけ、小首を傾げた。
「…織り殿は、俺を切るおつもりか?」
低すぎず高すぎない声は穏やかで、初めて名を呼ばれたこともあり、嫁御ー織りという名だ―は、少なからず胸がそわそわしたのを感じた。
そして、顔が熱くなってきたことも。
そんな織りに構わず、婿殿は続ける。
「このご時世、真剣は必要あるまい?まさか、懐刀などしこんではおられるまいな?」
頭の上には疑問符をたくさんつけながら、婿殿は眉根も寄せた。
その表情が妖艶で、またも織りは胸がそわそわする。
それを隠すように、織りは柔らかく微笑んでみた。
「…松太朗さま…。それは古の姫君のお話ですわね。望まずして輿入れした姫君が初夜、指一本でも触れれば自害する、と懐刀を喉に当てて殿をお迎えされたという」
織りがにっこり微笑み、古の話をしたことに、婿殿―松太朗は目を丸くした。
「わたくしが懐刀を持っておるか否か…ご自分でお確かめ下さいませ」
そう言うと、織り軽く両腕を開いてみせた。
(これから、どうせあなたがこの衣をとってしまわれるわけだし・・・)
織りは気丈に振る舞う。本当はこんな事を言いながらも緊張しているのだ。さっきから心臓の音がうるさく、頭がくらくらする。
松太朗は、小さく震える織りの指先を暗がりの中でも見逃さなかった。しかし、それ以上に、やはりこのように豪快な嫁御に驚きを隠せずにいる。
先ほどから松太郎は、瞬きをしないのだ。
その様子が可笑しくて、織りは松太朗を見てクスクス笑う。
「目がまん丸になっていらっしゃる」
織りは緊張を悟られないように努めて明るく言った。
しかし、松太朗が、黙ったままなので
(怒ってしまわれたかしら?)
と織りは彼を見上げた。
しかし、予想していた顔はそこにはなく、代わりに困ったように苦笑する松太朗がこちらを見ているだけだった