噂話
実家までの道のり、松太朗が土産を持ったまま、二人の女の歩調に合わせてゆっくり歩いた。
今日はあまり人の往来はないが、織りの家は比較的金持ち屋敷の並ぶ通りにあるので、上品な店や屋敷が建ち並んでいる。
「あ、織り殿。これを」
道すがら、人の家の塀の近くで何か拾いものをした松太朗は、織りの手にそれをポンと置いた。
織りは手の上のものを覗く。
茜も背後から主人の手を覗き込んだ。
「これは…」
「まつぼっくり。可愛らしいなぁ」
小さな開ききっていない松ぼっくりを織りに手渡した松太朗はニコニコと言った。
織りと茜が松太朗を見上げる。
松ぼっくりなど珍しくもない。
織りの通う水村の道場にはたくさんの松が植えてあり、たくさんの松ぼっくりが落ちている。
しかし、植物が好きなのであろう。頗る上機嫌の松太朗は、二人の女が怪訝な顔をするのにも気を留めずに歩き続けた。
途中、松太朗の容姿の美しさにあちこちからため息が零れる。
「なんと美しい殿方かしら…」「一度でいいから、あんな方と添うてみたい…」「一言でもお声が聞ければ天にも昇るよう…」「あんな方になら遊ばれてもいいわ…」
などなど。
茜にもしっかりと聞こえていたが、もちろん意に介さず。しれっとした顔で聞き流している。
松太朗の隣で、一緒にならんで歩いていられる。彼の笑顔が自分に向けられる。
そんな妻という立場である織りにとって、このダンナ様は鼻が高いのだが・・・。
「松太朗さまはモテモテですわね」
あまり面白くないように織りが言う。
「ん?」
妻の言葉の意味が分からず、松太朗は目をぱちくりさせる。
「松太朗さまをご覧になって、みんな松太朗さまと添うてみたいと思うみたいですわよ」
そもそも妻が側にいるのに、不躾にもあんな声が聞こえるだなんて…。
そもそも自分は、周囲から松太朗の妻に見えているのだろうか…。
(…きっと…見えてないんだわ…)
ゾッとするような事実を改めて思い知り、織りは何だか面白くなかった。
確かに自分と松太朗が夫婦として並んでもチンチクリンである。そんなことは織り自信が百も承知であったのだが・・・。
松太朗はそんな織りの気持ちも知らずに首を傾げた。
「俺のような男と添うてもつまらんだろうに…」
なぁ、と松太朗は妻に同意を求めた。
織り殿がニコニコしているのは、元来の天真爛漫さと若さの青春故であろうと思っている。それに考えたくもないが、おそらく織り殿は誰と夫婦になろうとも、こうやってニコニコしているのだろう。
松太朗はそう思っていた。
自身に対して無頓着すぎる松太朗は、本心からそう言うのだ。
織りは小さくため息をつく。
そして、ぴっと指をたて、師範のようにして説明を始めた。
「そう思っているのは松太朗さまだけです。松太朗さまのすばらしさは、内面からもにじみ出ているのです。お顔の美しさだけではありませんわ!松太朗さまは、わたくしが今まで見てきた殿方の誰よりもステキなお方だし、ステキなお姿をしておいでです。まるで絵巻物の貴公子さながらですわ」
「…織り殿、絵巻物は読まんのであろう?」
「うっ・・・」
後半勢いに任せて言ってみたものの、松太朗のあまりに冷静なツッコミに織りは言葉に詰まってしまう。
そんな夫婦を後ろからみていた茜がクスクス笑った。
「それにそんなにたくさんの殿方をご覧になってこられたのか?」
ズイっと顔を寄せて聞く松太朗にの言葉には少しだけ怒っているかのように低く、声音にはトゲがあった。
「ち・・・違います!だって水村さまの道場には殿方の方が多かったものですから…。」
夫のいつもと違う雰囲気に織りは冷や汗を流しながら言い訳がましく言った。
「ふぅん」
まだ疑うような目で言う松太朗に織りは「違います」と連呼した。
「ま。今は俺の妻なわけだし、よいがな」
そう言って顔を背ける松太朗は肩を振るわせて笑うのをこらえた。
これだから織りをからかうのはおもしろい。
そんな二人のやりとりを一歩退いた立場から見る茜は、はぁっとため息をついたのだった。