強かさ
そもそも織りは茜を供に実家へ行くつもりだった。
土産は茜特製のレンコンとゴボウの甘辛炒めだ。それと、ジャガイモの揚げ物である。
実家の家族は皆、茜の料理のファンだった。そして、それ故に織りの嫁ぎ先に茜を連れて行くこと家の者は反対したくらいだ。
準備を終えて、心なしかウキウキする松太朗と、その横にふくれっ面をする織りを、茜は土産の包みを持ったまま半眼で見た。
「俺も一緒に行くことにした」
「…はぁ、そうですか」
至極冷静に答えた茜は織りを見た。
ぷいと顔を背けている。
どうせまた松太朗にからかわれたのであろうと、ここ3ヶ月近くこの夫婦と共に暮らした茜は、大方の予想がついた。
茜は、織りや他の人間を腑抜けにしてしまう松太朗の眩しい笑顔を見ても、冷静でいられる数少ない人間である。
本人曰わく
「お美しいお顔ではございますが、わたくしは面食いではございませんので」
らしい。
それはさておき、茜は小さくため息をついた。
松太朗が一緒ならば、帰る時間や夕飯の準備を心配する必要はない。
あわよくばあちらの家でご馳走になろう・・・。
「では参りましょうか」
「うむ」
元気に返事をした松太朗は、よいせっ、とこちらも風呂敷包みを持ち上げた。
茜は眉を寄せる。
織りも不振な顔つきで松太朗を振り向いた。
茜はそっと包みを指さした。
「松太朗さま、それは…?」
松太朗は、重い荷物と茜・織りを見て首を傾げた。そして普段から猫背の背を伸ばし、
「土産に決まっておろう。妻の実家に手ぶらで挨拶に伺う夫がどこにいるのだ」
と自信まんまんに答えた。
『土産』と聞いて、織りは眉を顰めた。いつ準備したのだろう。
「いつ、何を準備したのですか?」
そして、茜も眉を顰めて織りではとうてい想像もつかない心配をし始めた。
「松太朗さま、大変申し上げにくいのですが、手みやげを準備するような(懐の)余裕は……」
ハッキリとは言わず、茜は頭の中でそろばんをはじく。
女たちの心配をよそに家の主は、ふんと鼻息を荒くして心なしか自慢気に答えた。
「穫れたて、大根南瓜赤蕪だ」
それは松太朗が、休日の日課になっている家庭菜園の数々だった。
織りはあんぐりとして、野菜の包まれた風呂敷と松太朗、そしておそるおそる茜を見た。
茜は膨らんだ風呂敷を無感情に見つめている。
この貧乏家計を助けているのは、松太朗の家庭菜園だ。そしてたまの松太朗のバイト代と本職の給料(微々たるもの)であった。
茜は視線を宙に漂わせた。
そして、
「帰りは織り様のご実家から土産を貰って帰りましょう」
とおもむろに告げた。
「ご実家のお隣は野菜倉庫のような蔵をお持ちで、今の時期は野菜や柿がどっさりお裾分けでありましたから」
ねっと、茜は織りに向かって微笑んだ。
それは松太朗に勝るとも劣らない、うっとりしてしまうくらいに美しい笑顔だった。
しかし、その腹の底には倹約の鬼が住まうのだ。
油断ならない。
「俺は柿は好きなんだ」
茜の腹の底になど、全く気づかない松太朗が実に呑気に言う。
いつもの織りならば、頬を赤らめ、「まぁ、松太朗さまは柿がお好きなんですね。わたくしもです」などと半分嘘を織り交ぜながら言うはずであった。
しかし、今、茜の本性を眼前にした織りにそんな余裕はない。
「わ…わたくし…渋柿を食べて以来柿は苦手で…」
と正直に答えた。
とにもかくにも、織りはこの美しい夫には適わない。
それ以上に、このしたたかな侍女には適わないのであった。