お迎え
喧々囂々
騒がしい中でも、団子とお茶は確実にそれぞれの腹の中に消えていった。
「さて。そろそろ帰りますよ」
松太朗は、ご馳走さまでした、と湯のみを置いて織りを促した。
「そういえば松太朗殿はなぜこちらに?」
水村は小首を傾げる。
織りもきょとんとした。なぜならば、いつもは道草などせず、松太朗は帰って来るのだ。
仕事のない日ですら、彼はぼうっと庭を眺めているか、家庭菜園(少しでも家計を助けようとうものと趣味が一致したためだ)を楽しんでいるような男である。
貧乏侍に、道草は御法度と思っているらしい。
水村の問いに、きょとんとしたのは松太朗も同じだった。
水村と織り、交互に目をやる。
「なぜって…妻を迎えに来たのだが…」
当然だろう、と付け足す松太朗は、ひたすらそう質問されたことに意味が分からず、眉をひそめた。
しかし、織りは一気に恋する乙女の表情になる。
「松太朗さま~」
「よい婿に嫁がれましたなぁ」
感極まる織りに、目頭を押さえる師範代。
松太朗は二人が一体なにに感動しているのか分からず、一人腕組みをして首を傾げた。
いったい何なんだ??
何を言っているのだろう??
いくら考えても、松太朗にとって妻を迎えに来たということは、何ら不思議なことでもなく自然な流れだったので、分からない。
しかし、もうすぐ夕飯の時間だ。
帰らなければ。
「だから織り殿、汗をかこうが俺は全く気にしないから、一緒に帰るぞ」
「でもぉ」
やはり女心は分からぬらしい松太朗は、モジモジする織りに言い放った。
「お互い汗をかきながら肌を重ねた仲ではないか」
「っっっっっ!!!!!!」
今更何を、と呆れたように言う松太朗に、織りは真っ赤になって飛び出しそうなくらい目を剥いた。
もはや悲鳴にもならず、鼻からこれでもかというほど、息を吸う。
そして、気持ち胸を張るようにすらして織りを迎える松太朗に、織りは腹の底から叫んだ。
「松太朗さまのバカ~!!!!もう織りは知りません!!!!」
脱兎のごとく駆け出した織りは、松太朗を置いて道場を出てしまった。
松太朗は、脇を通り過ぎた織りの着物をつかもうと手を伸ばしたが、むなしくそれは空をきるのみだった。
「なっ…。俺を忘れて行くとは…」
自分の失態に全く気づかず、今度は松太朗が目を剥く。
驚いたように織りの出て行った先を見つめる松太朗を見て、水村はかける言葉がなかった。
(織り殿も大変な男に嫁いだものだ…)