【おままごとの始まりの前】
刀を手に抱き、輿に揺られた嫁君様は、ふぅ…と息を漏らす。
まさか自分の人生において、嫁入りという日がこようとは…。
前日、父母・兄弟姉妹と別れを済ませたあとは、乳姉妹で腹心の侍女と過ごした。
『姫様、お輿入れ、まことにおめでとう存じます』
『嫁入りだなんて……』
自分にはおかしいわね、とは胸中でのみ付け足す。
花嫁衣装だなんて、道化と間違われはしないかしら・・・などと心配して小首も傾げてみた。
『お輿入れなさいましたらば、良き妻として、婿殿にお務め下さいますよう』
畳に丁寧に手をついた侍女が言う。
その言葉に、嫁君様はぴくりと片方の眉だけはねさせる。
そして、苦虫をつぶしたような表情で
『そなたはホントに…つまらぬ事ばかり言いますね。わたくしの気も知らないで。 そなたもこのままでは行き遅れますわよ』
などと嫌みを言ってはみたのだが・・・。
『わたくしの心配までありがとう存じます。しかし、嫁ぐとなれば、それが嫁の務めにございます。そしてゆくゆくは、健やかなお子をなし、跡継ぎとして・・・』
『あぁ!もうよい!嫁ぐ前から務めだの、跡継ぎなど・・・』
主の気を知ってか知らずか、侍女はありきたりのことを事務的に言う。
わざと。
からかっているのだ。
美しい侍女は、目を細めた。
『それでは、今夜はゆっくりとお休み下さい』
侍女はそう言うと部屋を出て行った。
静かになった部屋で、揺れる灯火を見つめるともなく見る。
松太朗さま…。
どんな方かしら…。
嫁君様は脇息にもたれ、ふぅっと息をついた。
輿が下ろされ、嫁君様は少なからず緊張した。
しかしながら、今更どうしようもない。
嫁君様は、しっかりとした足取りで輿を降りると、踏みしめるように歩き嫁ぎ先の門をくぐった。