「君を愛することはない」と言われた王女ですが、離婚して温泉地を経営します
「君を愛することはない」
私はロンデリウス王国の第八王女、リリアーヌ・サクール・ロンデリウス。いえ、今はリリアーヌ・ラヴォアですね。
この度、王家からラヴォア辺境伯家へと、嫁いで参りました元王女です。
そして無事、結婚式も終わった夜。つまりは初夜で、旦那様となるカルロ・ラヴォアから、いきなりこんなセリフを吐かれました。
「これは契約ですから、愛なんて不要です」
ラヴォア辺境伯家は昨今経営難に陥っており、王家から支援金を渡すこととなりました。
ですが、当然タダで渡すわけにはいきません。
そのため私の結婚と称して、支援金を辺境伯家へ渡すこととなったのですが……。
いきなりこのセリフです。
王家としても、辺境伯家が潰れてしまうのは困る。
そのための契約婚ですから、愛だの親愛だのといった感情など、一切ありません。
私も旦那様と初めて会ったのは一週間前、この地へ到着したときですからね。
愛する以前の、「あ、初めまして」、という段階なのだ。
しかし、私がそう返事をすると、なぜか旦那様は不満そうに口元をゆがめました。
「ふんっ、ならばもういい。既に支援金も貰ったし、君とは今後一切会う必要はないな」
「はい、おつかれさまでした。お元気で」
「……くっ、もういい」
にこやかに返事をすると、何故だか怒って出て行ってしまいました。
なぜ?
もしかして、私が傷つくと思っていたのでしょうか?
まあ、これも計画通りなんですけどね。
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まずこの結婚は五年前、辺境伯家から支援してほしいという申し出から始まりました。
ただし、その時は先代辺境伯であり、旦那様ではありませんでした。
ラヴォア辺境伯領は火山の近くに位置し、国内でも有数の鉄の産地でした。
ただ、年々鉄の質が落ちており、このままでは立ち行かない。
そのため、鉄の精錬技術を高める資金が欲しい、という申し出だったのです。
王家としても、戦略物資に当たる鉄は必要であり、そのための資金を渡すことはやぶさかではありません。
しかしタダで渡すと、他の貴族たちだって我も我もと言ってくるようになります。
そのため、二つの条件を出しました。
一つは領地の割譲。
これは大して問題ではありません。辺境伯領は広大であり、使われていない土地もたくさんあったからです。
もう一つが私の輿入れ。
かつて我が国の情勢は不安定でした。そのため、王家は力を持った貴族の娘を次々と娶り、安定化を図ったのです。
その結果、男児十一名、女児九名の子だくさんな王家となりました。
王家としても、たくさんいる王子王女の将来を考えなければなりません。
その中から白羽の矢が立ったのが、私でした。
なんでや。
それはともかく、この二つの条件を先代辺境伯は受けたのです。
ここまでは良かったのですが、ここから浮き出てきた問題。
旦那様には、婚約者がいたそうで……。
元々、その二人は学生時代から婚約をしており、相思相愛だったらしいのです。
ですが、先代辺境伯はそれを認めておらず、私という王女を迎えることにしたのです。
先代の意図は分かります。
いらない土地を割譲するだけで、お金を貰って、王家との縁が結べるのです。
婚約者は辺境伯家の寄り子貴族出身ですから、比べられるものではありません。
それに反発する旦那様。
さあ波乱の幕開けだ。
とは言っても、それは辺境伯家内の事情であり、私のところには情報が届く程度でしたが……。
それはそうとして、私はこの時点で一つの計画を練り上げました。
まず目を付けたのが、割譲された土地。ここは火山の近くである。
そこから思いつくのは――温泉。
これはもう、土地を貰うしかないでしょう。
そしてお父さまと折衝し、無事拝領することが出来ました。さらに、男爵の爵位まで貰えるというおまけ付き。
単に領地を治めるなら爵位が必要だから、という理由なんですけどね。
それに王家としても、使われていない飛び地なんて、正直いらないでしょう。
形式上、土地を貰ったってだけですからね。
あとはお母さまの実家を頼って、人を出してもらい、割譲された土地の検分をしてもらいました。
火山灰の影響か麦などは育たず、近くに鉱脈もない。でも温泉は発見した。
この結果を聞いて、思わず小躍りしてしまいましたわ。
温泉があれば、できることが増えます。
まずは観光地でしょう。
それに地熱……は無理だけど、源泉を使った温室はできそう。
そして、火山灰の積もった土壌でも育てられるもの。それは根菜類です。
桜島大根って有名ですよね?
大根以外にもイモ類、人参、豆なんかも育てられます。
これらを特産品として、温泉と合わせれば十分戦えるでしょう。
第二の人生を歩む土台の完成です。
こうして、五年の準備期間を経て、辺境伯家に嫁ぎました。
問題は、五年の間に先代辺境伯が急死し、急遽旦那様が当主となられたところでしょうか。
まあ、計画に支障はないでしょう。むしろ加速するかもしれません。
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こうして初夜に、愛することはない宣言を受けました。
まあ事前に分かっていたことですけどね。
でも、婚約者を愛してるんだ、といいつつ抱きにくるような人で無かったのは助かりました。
そうなったらそうなったで、ぐーぱんしたあと、説教タイムに入りますけどね。
さて、現状辺境伯領は正直やばい状況です。
鉄の精錬技術を高める。
言うは易し行うは難し。
技術の革新は何十何百年とかけて行うものであり、数年で結果なんてそうそう出ません。
初めて聞いた時、無茶なことを、と思ったものです。
では、今後取れる方針はあるのか?
鉄だけの一本から、他の産業を増やすこと。
多角的に事業を行い、安定した収入を得ながら、のんびり技術革新を行うのです。
でも旦那様は、鉄は誇りだ、と言わんばかりに他を見ていません。
支援金は、かなり潤沢に貰ったはずなので、節約すれば当分持つとは思いますが、それはジリ貧とも言えます。
どうするんでしょうかね。
そして私の役目は……今のところありません。
だって、もう二度と会わないとか言われまし他からね。
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定期的に、拝領した領地の進捗やら確認を取りながら、あっという間に三年が経過しました。
まず、本当に一度も旦那様と顔を合わせませんでした。
夜会も何度かあったらしいのですが、当然私は呼ばれておりません。
まあ婚約者もいらっしゃいますし、私は不要だったのでしょう。
それと、いつの間にか旦那様は婚約者とご結婚されて、今では子どもまでいらっしゃるらしい。
私付きの侍女たちが、そういう話を聞いてきました。
辺境伯家の領主であれば、側室を持つことも不思議じゃないですからね。
なお、この侍女たちは王城から連れてきた使用人で、辺境伯家の使用人は一切使っていません。
お給金は、お母さまが出してくれています。本当、助かります。
さて、そろそろ手続きをしましょうか。
王都から取り寄せた紙を数枚もって、旦那様のいる執務室へ向かいました。
「君とはもう会うことはないと言ったはずだが?」
「そうしたかったのですが、これはどうしても本人に署名していただく必要がありましたので」
持ってきた紙を旦那様に手渡しました。
「……これは?」
白い結婚。
その証明書と、手続きの書類です。
白い結婚という制度は三年間、一切夫婦の営みを行わなかった場合、離婚できるものです。
「ああ。つまり、離婚するということで間違いないか?」
「ええ、その通りです」
「ふんっ、わかった。サインしてやろう」
内容を読まず、簡単にサインをする旦那様。
いえ、もう元旦那様かな。
乱雑に書かれた書類を、私へと突き出してきました。
「これで、二度と会うことはないな」
「はい、それではお元気で」
にこやかに笑顔を振りまきながら、こうして私は無事離婚することとなりました。
やったね。
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初めて自分の領地にやってきました。
十一歳の時にここを調査してもらい、それ以降コツコツと開発してもらった。
それから八年。すでに活気があふれていますね。
ここで私の第二の人生が始まるのだ。
「リリアーヌ男爵、ようこそお越しくださいました」
「アベル、よろしくお願いいたしますわ」
アベルは私の初恋の人でした。
幼少の頃、お母さまの実家を訪れたとき、私の相手をしてくれたんですよね。
ただ彼は子爵家の次男。王女と子爵家の次男では、到底家格が釣り合いません。
このため、諦めたんですよね。
ですが、今回の土地を検分する際、アベルが立候補してくれました。
そしてお母さまの実家から当家に移籍し、代官として長年領地を運営してくれたのです。
私の拙い文章と情報で、ここまで発展させたその手腕は、見事というしかありません。
「まずは、旅の疲れを癒しましょう」
「案内、よろしくお願いしますね」
旅の疲れを癒す。つまりは温泉だ。
ゆっくり温泉に浸かって、その後特産品を色々と試食しました。
温泉卵に、大根のお漬物、サツマイモのスイートポテトやら、じゃがいもを茹でて塩をかけたもの。
人参やきゃべつ、じゃがいものポトフなどもありました。
すごい。よく八年で、これだけ作れるようになったものです。
「アベル、大義でした。これからも、よろしくお願いしますわ」
「お任せください、リリアーヌ男爵」
もうアベルに全部丸投げで、いいんじゃないのかな?
私みたいな素人が、余計なことを突っ込まないほうが、たぶん良いと思います。
そして、私が来たことにより、いよいよ男爵領は本格始動しました。
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さらに五年が経過しました。
領地は順調で、すでに黒字経営となり、さらに投資した金額分の回収も終わりました。
お母さまの実家にも、投資した以上の何か返さないといけませんからね。
そんなある日、私はアベルと今後の打合せをしていたときでした。
「たのむ! 支援してくれないか?」
突如、元旦那様が我が領地を訪れたのです。
聞けば、どうやら貰った支援金も底を尽き、精錬技術もあがらず、結果破産寸前となったらしい。
対する我が領地は、潤沢……ではないものの、男爵領としては十分な余裕を持っていました。
特に冬場の温泉が大人気であり、外を見れば火山の山頂に積もる雪化粧。
また宿も源泉を使った、ちょっとした暖房機能もあり、部屋の中も寒くない。
おいしい料理に舌鼓を打ちながら、綺麗な景色を眺める。
これが、大ヒットしました。
ですが、さすがに辺境伯領を支援できるほど、儲かっているわけではありません。
「すでに、ラヴォア辺境伯家とは何ら関係ありませんが?」
「何を言っている! 結婚していただろう?」
「五年前に離婚しております」
今の私は王族籍を持っている男爵家当主であり、寄り親はお母さまの実家です。
縁などとっくに切れています。
「それに、当家もまだ立ち上げたばかりで、他貴族へ支援などできる余裕はありません。王家を頼れば?」
「既に頼んだが、断られた」
まあそうでしょうね。
確かに潰れれば、困ることは困る。しかし、鉄はラヴォア辺境伯領以外でも採れるのだ。
そして支援金を渡してから、すでに十数年が経過している。
その間、王家も対策を練っていたとは思わないのでしょうか。
「とにかく、当家ではどうすることも出来ません。お帰りください」
「そうだ、結婚しよう!」
「……は?」
何を言ってるのか、理解できません。
「そうすれば元通りだ。王家からの支援金だって期待できる」
「あの、既に私は結婚してますが」
「なに? 浮気か?」
「何を言っているのですか……ちゃんと離婚したあと、結婚したのです」
私は三年前に、アベルと結婚しました。
この計画は第二の人生として、初恋のアベルと結婚することを、目的にしたものでした。
王女という立場では無理でしたが、今は男爵家当主であり、さらに離婚された身です。
これでアベルと結ばれることが、可能となりました。
ただ、十年も待ってもらえるか自信は無かったのですが、快諾してくれて、ものすごく嬉しかったです。
「おかーさま!」
「あらセシーリア、まだお母さまはお仕事中ですよ」
「うー……はい」
「あとでちゃんと遊んであげますからね」
「はい! 約束ですよ、おかーさま!」
突然、娘のセシーリアが会議室に押しかけてきました。
あの子は、割と自由なんですよね。ちょっと甘やかしすぎたかな。
「今の子は……」
「私の子どもですよ」
「そんな……」
愕然となりながら、元旦那様はお帰りになられました。
結局、辺境伯家は取り潰しとなりました。
その後辺境伯領は、お母さまの実家に任される事となり、私もその寄り子貴族として関わることになりました。
それでも温泉に娘といっしょに浸かりながら、広大な景色を眺める。
温泉からあがれば、旦那様が新しい料理を考案して、作ってくれる。
第二の人生、謳歌しています。
温泉入りたいですねー
そういえば、主人公は異世界転生なのに、本文に書いてなかったですね……




