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第4話 映画を観る二人

 彼女の背中を追って、レンタルビデオ屋を後にした。 住宅街の喧騒を抜け、たどり着いたのは――この街のランドマークとも言える超高層タワーマンションだ。

「……ここ、園前の家?」

「あら、私の名前を知ってるの?」

「御崎中出身だろ? 俺も同じ学年だったんだよ。クラスは違ったけど

「それはなんというか……ごめんなさいね。私、中学の頃は退屈すぎて、あんまり覚えてないの」

「退屈……だったのか」  

 意外だった。学校での彼女は、誰からも愛される『学園のアイドル』そのものに見えていたからだ。  けれど、外野が勝手に押し付ける虚像は、彼女にとって退屈なレッテルでしかなかったらしい。


 アリスはエントランスのセンサーに指をかざす。

「あと、アリスでいいわ。映画好きの同志に名字で呼ばれるのは、なんだか他人行儀で落ち着かないもの」  

 何重ものセキュリティを抜け、直通のエレベーターが地上十八階へと上昇を始める。鏡張りの箱の中、ヨレヨレのパーカーを着た自分と、銀髪をなびかせた美少女が並んでいる。

(映画なら、この絵面だけで『不釣り合いな二人』というシーンが完成してしまいそうだな)


「さあ入って。適当に座ってていいわよ」  

 通されたリビングは、落ち着かないほど広かった。ただ、壁一面を埋め尽くす大量のDVDと、百インチを超える超大型有機ELモニターは、素直に羨ましい。

「ポップコーンと飲み物を用意するから、その間に映画の準備をしておいて」

 アリスがキッチンへと消えていく。 言われるがまま、借りてきた『雨の日の殺人鬼』をデッキにセットした。

(俺、何やってんだろう……)  

 こんな不審者みたいな恰好の男を家に上げるなんて、彼女は一体何を考えているのか。そんな思考を遮るように、甘く香ばしい匂いが漂い始めた。


「準備できたわ」  

 アリスがポップコーンの入ったボウルを抱えて戻ってくる。

「……ん? 早く再生ボタン押してよ」

「あ、ああ」  

 まあいい。一旦映画を観て、心を落ち着かせよう。本編が始まると、俺はソファの端へ、アリスはその隣へ強引に割り込んでくる。


 画面の中では、雨の降るモーテルで、殺人鬼と探偵が無音の心理戦を繰り広げていた。  

 アリスは真剣な眼差しでモニターを見つめ、時折、ポップコーンを口へ運ぶ。

「……このシーンの陰影とか、やっぱり神がかっているわね」

「雨を降らせることで、殺人鬼の狂気性を強調しているのかな」  

 ボソボソとしたマニアックな会話。けれど、二年間誰とも分かち合えなかった熱量がそこにある。  楽しすぎて、頬が緩みそうになるのを必死に堪えた。

 信二以来だ。こんなに映画について語り合ったのは。


 物語は劇的なバッドエンドを迎え、エンドロールが流れ始める。

「……最高ね」  

 アリスが大きく息を吐き出し、ソファへ深く背を預けた。  

 モニターの余光が、銀色の髪を妖しく照らし出す。


「やっぱりこれこそが、自然な結末なのよ」

「なぁ、園前……いや、アリス」

 隣の横顔に声をかける。

「なんでこの作品が好きなんだ? 言っちゃなんだけど、だいぶニッチな作品だろ」  

 碧い瞳を細めて、アリスは微笑んだ。

「特に理由はないわ。元々こういう洋画が好きだっただけ」  

 そう言い残し、彼女は窓辺へと歩いていく。


 カーテンが開かれると、夜景の向こうに禍々しい『ダンジョン』がライトアップされているのが見えた。

「……ねぇ」  

 アリスは夜景に背を向けないまま続ける。

「今の世界についてどう思う?」

「世界?」

「世界の在り方よ。二年前、ダンジョンが現れてから、全てが変わったでしょ?」  

 ああ、確かに。  

 今やエネルギーの八割はダンジョン産の魔石でまかなわれ、探索者シーカーが持ち帰る遺物アーティファクトが経済の中心になった。  

 そうならざるを得なかったのだ。 二年前の侵略で、世界人口は半分にまで減った。だから人々は探索者にすがる。彼らの配信に熱狂し、その声を世論とし、権力として崇める。


 そんなことを考えていると、窓から射す光が彼女の横顔を白く光らせる。

「探索者がやるべきことは、配信で『いいね』を稼ぐことじゃない。一秒でも早くダンジョンを踏破して、この狂った世界を終わらせること。それだけよ」

 彼女は窓の外のダンジョンを見つめる。

「でも現実は違う。みんなエンタメに夢中で、本当の恐怖から目を背けてる。探索者はアイドル扱いされて、配信の再生数を競い合ってる。まるで……」  

 テーブルに置かれたDVDケースを手に取る。

「この映画みたいに、誰も真実を見ようとしないの」

「真実?」

「この映画の主人公は、周りが次々と殺されていく中で必死に真相を暴こうとする。でも誰も信じてくれない。警察も、友人も、恋人さえも。みんな『そんなことあるわけない』って現実から目を背ける」         

 碧い瞳が、こちらを射抜いた。

「今の世界と同じよ。本当は恐ろしい場所なのに、みんな『探索者が守ってくれる』『配信見てれば大丈夫』って思考停止してる。私は事実を伝えたい。ダンジョンは踏破しなきゃいけない脅威なんだって」    

 確かに……これまでダンジョンを完全攻略できた者は、一人もいない。派閥争いで足並みも揃っていないのが現状だ。


 ふと視線を落とすと、アリスの腰元に奇妙な『デバイス』が装着されているのが見えた。鉄製のような、武骨な形状。

「それ……もしかして探索者専用のマナ測定器?」  

 アリスは隠す様子もなく頷く。

「気づいた? そうよ。私は現役の探索者なの」

「あの学園のアイドルが?」

「アイドルだったのは、昔の話でしょ」  

 彼女はソファの前に膝をつき、じっと俺を見上げてくる。

「今の私は、ダンジョンの攻略を専門とする探索者協会に所属してるの。人間より、魔物の相手をする方がよっぽど楽だもの」  

 そう言って、アリスは小首を傾げた。


「……それと。最初はじめから、ずっと気になってたんだけど」

「何が?」

「君、名前は?」  

 そういえば、まだ名乗っていなかった。

「……綾田亜季だ」

「アキ」  

 彼女は名を繰り返すと、測定器を指で軽く叩いた。

「実はね、さっきビデオ屋で君の手に触れた時、これがエラーを起こしたの。『計測不能』っていう、あり得ないログを吐いてね」  

 慌てて目を逸らす。

「な、何かの間違いだろ。俺はただの引きこもりだし……」

「じゃあ間違いかどうか、確かめに行きましょうか」  

 細い指が、手首を掴んだ。見た目からは想像もできないほど強い力。拒絶を許さない意志が、そこには込められている。


「ど、どこへ?」

「決まっているわ。探索者協会よ」  

 彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

「あなたが探索者じゃないなんて、世界の損失だもの」

「い、嫌だ! 俺は、あんな場所には……!」  

 サキュバス(トラウマ)の冷たい指先が、脳裏に蘇る、


「……もしかして、戦うのが怖いの?」  

 アリスの声は、意外なほど穏やかだった。

「ああ……実はな……」  

 観念して、二年前に起きた出来事をすべて打ち明ける。アリスは黙って頷き、話が終わると不思議そうに首を傾げた。


「アキが魔物を怖がる理由はわかったわ。でも、なんで引きこもりになったの? 今は《聖女》たちが張った結界があるじゃない。そのサキュバスだって、城からは出られないはずよ」

 確かにその通りだ。二年前とは違い、今は覚醒者たちのスキルによって城は封鎖されている。俺だって、最初はそう考えていた。


「障壁が張られたと聞いて、外に出ようとはしたんだ。でも……」

「でも?」

「政府に動きを察知されたのか、招集がかかった」  

 アリスの表情が強張る。

「まさか……強制的に探索者に?」

「そのまさかだ」  

 自嘲気味な笑いが漏れる。

「俺のスキルには【編集不可】っていう致命的な欠陥がある。だからダンジョンには行けない。探索者を拒否すれば、外に出る自由ごとなかったことにされる」


「この世界の人間が、そこまでするなんて……」

「ん? なんか言ったか?」

「……ううん、なんでもない」  

 アリスはかぶりを振ると、今度は真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「あのね、いいのよ。怖いままでも」

「……え?」

「その恐怖を抱えたままでいいから、私と一緒に戦ってくれない? 必ずあなたを守ってみせるから」    

 彼女の自信に満ちた表情が、網膜に焼き付く。  

 鬼気迫る雰囲気に抗えず――俺は渋々、提案に乗るしかなかった。


 強制的に連れ出された先は、新宿にある探索者協会の本部だった。夜中だというのに煌々と照らされ、巨大なガラス張りのビルには重装備の探索者たちが次々と吸い込まれていく。

「……おい、アリス。本気か?」

「私はいつだって本気よ」  

 涼しい顔で彼女は答える。

「アキ、ここで探索者登録を済ませるの」


 ロビーに入ると、周囲が一斉にざわついた。だが、視線が突き刺さっているのは俺ではない。

「おい、あれ……『銀翼シルバー・ウィング』の園前アリスじゃないか?」 「なんであんな一般人みたいな奴を連れてるんだ?」 「……まさか、噂の新人スカウトか?」


『銀翼』。それが彼女の二つ名らしい。有名な探索者だったのか。  

 アリスは周囲の視線を完璧に無視して、受付の自動端末へ俺を立たせる。

「さあ。手のひらをかざしてみて」  

 彼女は端末を指差した。

「この機械であなたのスキルの詳細を知ることができるわ」


 登録をしてしまえば、再び魔物と戦う毎日になる。日真谷先生や信二のいる、あの残酷な戦場へと引き戻される。

(……でも、これ以上逃げても、俺の人生に未来はないだろうな)  

 それに――  

 下らない、あまりにも下らない理由だけど。  

 アリスという少女が隣にいること。それが、二年間凍りついていた足を、一歩だけ前に進ませた。


 測定プレートに、震える右手を置く。

『――生体情報をスキャンします』

『――マナ経路を認証。権限:管理者級アドミン


 ピピピピピピピピピピピ!!  

 突然、協会中の端末が一斉に警告音を発した。モニターには、巨大な赤い文字が躍る。


【 警告:計測限界突破オーバーフロー

【 未確認のユニークスキルを検出しました 】

【 ユーザー名:アヤタ・ アキ】

【 スキル:――未定義アンディファインド


 ロビーの喧騒が、一瞬で凍りついた。数十人の探索者たちの視線が、俺の右手に集中する。

 アリスだけが、その光景を満足げに見つめていた。

「……やっぱりね」  

 彼女は俺の腕を強引に抱きかかえて、満面の笑みで、高らかに告げた。

「おめでとう、アキ。今日から君は、私の『相棒パートナー』よ」


 こうして、世界で唯一の『世界を編集する探索者』が――ここに誕生してしまった。


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