第3話 ビデオ屋と美少女
遅くなりました。三話目です。
――あれから、早いもので二年の月日が流れた。
ナトフリで再生したクローネン監督の新作を観ながら、すっかり冷めきった味噌汁を啜る。
(あのときの俺は、ただのガキだったな)
あの日を境に、世界は一変した。
世界各地にダンジョンと呼ばれる城が現れ、覚醒者たちが探索者として、ダンジョンを攻略する。その様子を配信や動画で観る国民。
日真谷先生や信二は、今や日本トップクラスの探索者として活躍している・・・・・・らしい。
俺は自分が彼らの前から逃げたことに、今も耐え難い負い目を感じている。彼らが命を懸けている冒険も、勝利の美酒に酔う配信も、今の俺には直視することができなかった。
「……はぁ」
PCの前で頭を抱え、溜息をついた。その原因は、昔のことではなく……。
「なんで……なんで配信終了してんだよ……!」
ナトフリの検索画面には、『該当する作品はありません』という無慈悲なシステムメッセージ。
俺が今どうしても観たいホラー映画、『日曜日の殺人鬼』がなんとどの動画サイトでも配信されていなかったのだ。
クローネン監督の新作があまりにもひどかったので、デビュー作から何が変わってしまったのか、確認したかったのに……。
「……くそ。無性にあれのラストシーンを観たくなってきた」
背に腹は代えられない。
俺は意を決し、半年ぶりに部屋の隅に放り投げてあったパーカーを羽織り、深くフードを被った。
向かったのは、駅から少し離れた場所にある、寂れたレンタルビデオ屋だ。あそこなら、配信から消えた古い名作も置いているはずだ。
店に入ると、古いプラスチックと黴の入り混じったような匂いがした。客の姿はまばらで、レジの店員も退屈そうにスマートフォンを眺めている。
俺は周囲の目を避けるように、足早にホラー映画の棚へと向かった。
(あった、『日曜日の殺人鬼』。パッケージは日光で少し色褪せてしまってるが、間違いない。)
「よし……」
そのケースを掴もうとした瞬間。
横から伸びてきた白く細い手が、俺の手と同時にパッケージに触れた。
「「あ」」
古びたパッケージを挟んで、互いの指先がかすかに触れ合う。
顔を上げると、そこにはこの薄汚れた店内にはおよそ不釣り合いなほどの、圧倒的な存在感を放つ少女が立っていた。
銀色がかった滑らかな長い髪。雪のように透き通った、白く美しい肌。そして、宝石を嵌め込んだように輝く、深い碧の瞳。
深窓の令嬢か、あるいはスクリーンの中から飛び出してきたかのような絶世の美少女が、俺をじっと見つめていた。
俺はこの女性を知っている。
(園前……アリス?)
俺が通っていた御崎中のアイドルにして、誰も近づくことさえ許されない高嶺の花だった人。たしか二年生の時にハーフの帰国子女として転校してきたらしい。
そんな彼女が、なぜこんな寂れたビデオ屋にいるのか。
「……どうぞ」
俺は関わり合いを避けるため、反射的に手を引っ込め、その場を立ち去ろうとした。しかし、背を向けるよりも早く、彼女はその細い手で俺のパーカーの袖を掴んだ。
「待って。あなたも、この監督のファンなの?」
その目は、同好の士を見つけたオタクのように爛々と、かつ無邪気に輝いている。あまりに距離が近くて、鼻腔に彼女の甘い香りが入り込んできた。
「え、あ、まぁ……初期の三作は好きかな。それ以降の作品は強引なハッピーエンドばっかりだから、あんまり……。さっき新作も観たけど、正直あの結末には納得いかなかった」
思わず漏れたのは、映画オタクの早口語り。きっと引かれたに違いない。
その瞬間、彼女の表情が、春の訪れのようにぱぁっと明るく華やいだ。
「分かってる! そうよね、四作目以降は商業主義に走りすぎてて全然駄目! 特にあの、脚本を無理やりねじ曲げたハッピーエンドなんて、それまでの作品への冒涜でしかないわ!」
まさかの、俺以上のガチ勢だった。一瞬、奇跡的な同胞との出会いに俺も胸が高鳴りかけるが、すぐに正気に戻る。
俺は社会からドロップアウトした引きこもりだ。こんな世界の中心にいるような人と、気安く話していい身分じゃない。
「……じゃあ、俺はこれで」
袖の手を振りほどき、逃げようとする。だが、彼女はパッケージを宝物のように胸に抱きしめ、悪戯っぽく微笑んで俺の目を覗き込んできた。
「ねぇ。これ一本しかないし、君もどうしても今観たいんでしょ?」
「別にどうしてもってわけじゃ……」
「うちに来ない? 大画面で見せてあげる。一緒に観ましょうよ」
「……いや、俺は……」
俺の返答など最初から期待していないかのように、彼女は楽しげに話を続ける。
「ポップコーン、キャラメル味と塩味どっちが好き? 私は、キャラメル多めのミックス派なんだけど」
有無を言わせぬ強烈な態度で、押し切られてしまった……。




