9. 氷魔獣
それはとても大きな魔獣だった。
ヒョウのように大きな牙を持ち、唸り声をあげている。
何故王都に魔獣がいるのだろうか。
氷魔獣は口から氷を吐き出し、そこら中を凍らせている。
人々は会場の奥へ奥へと逃げるなか、お兄様とロバート様が魔獣の方に走っていくのが見えた。
私も逃げなくてはと思うけど、足が動かない。
第一騎士団は国王陛下を守るのに精一杯で、魔獣に向かう物はいない。
とにかく、第二騎士団、第三騎士団に連絡を入れなくてはと、魔道メールを飛ばそうとしたら、腕をグッと掴まれた。
見上げるとそこには第一騎士団のブライス・ブリザード様がいた。
「その必要はない、第三騎士団の隊長と副隊長様の実力の見せ所だ」とニヤリと笑う。
「あの大きさの魔獣に2人では無理です、ブライス様も加勢してください」と叫ぶ様に言うと。
「心配ない、あの魔獣は北の大地からきた魔獣で、この国の気温では10分も持たない。ちょっとした余興だ。」と言った。
「その間にアリシア嬢にはこちらに来てもらう」と腕を掴まれたまま、ずるずると逃げる人たちの波に乗るように会場から出されてしまう。
連れて行かれたのは、学院の裏にある魔法薬草の温室だった。
よく見るとブライス様の腕にはレベル10の切り傷がある。
私が傷をじっとみてると、ブライス様はニタっと笑って言った。
「これは君の兄にやられたんだよ、俺が北の商人から氷魔獣の卵を受け取ってるのを見られてね、でも間一髪の所で逃げたんだ。君の兄は僕を追ってダンスホールまで来たが、君がロバートと踊っているのを見て、そっちに行ったんだ。魔獣より妹の方が気になったんだな。重度のシスコンってのは本当だったんだな」
「いつも大した事ない魔獣の討伐に行って、評価されている方はおかしい。これぐらいの本物の魔獣と戦えなくてどうする、そろそろ10分経つな。あいつらやられてないといいけど。」と言うブライス様に、私は吐き捨てる様に言った。
「そんな卑怯な手を使ったって、第一騎士団の評価が上がるわけないでしょう。現にみんな逃げたじゃない。お兄様とロバート様は率先して魔獣に向かって行ったのに」
ブライス様はまたニヤニヤすると。私に近いて耳元で囁いた。
「それは向こうに君の兄貴と忠犬みたいなロバートを引き付けるだけで、僕の本当の狙いは君だよ。あれだけ大切にしてる妹が傷物にされたら、君を大事にしているお兄様はどう思うだろうね」
それを聞いた瞬間、私の顔から一気に血の気が引いた。
に。。逃げなくては。
しかし相手は腐っても騎士だ。私は魔法薬を作る以外に取り柄はない。走るスピードは弟のリアムにも負けるほどだ。
温室で何か使えるものはないかと考えていると。
だんだん魔獣の唸り声が近づいてくる。
「何故だ?もう10分過ぎたはずなのに、まだ魔獣がいるんだ?」とブライスが焦ったように叫んだ。
その時、お兄様とロバート様が温室に飛び込んできた。2人とも髪は乱れ、いろんなところから血が出てる。しかしレベル2以下の軽傷だ。
「お前は騙されたんだよ、この魔獣はお前が持っている氷のネックレスに惹きつけられる、お前を追ってここまできたんだよ」とお兄様が叫んだ。
「これは持っていると魔獣が来ないって北の商人に言われたんだ。」
「その逆だ、あの商人に扮した敵国のスパイはお前が国王陛下の警護に戻ると思ったから、お前を魔獣に襲わせるついでに、国王陛下に危害を与えようと計画してたんだよ、お前に魔獣の卵とネックレスを渡したやつらはもう第三騎士団が捕縛した。」とロバート様が言った。
「ははは、なら俺はお前の可愛い妹を道連れにするだけだな。この氷のネックレスも彼女に似合うだろう」とブライス様は私にネックレスをかけようとする。
ネックレス。。。ダンスの最後にお兄様はネックレスを見て赤は20といった。
私のつけているネックレスはロケットの様になっている。赤の部分を開けると中には塗り薬が入っていた。
これはレベル20の傷薬。
領主館でお兄様が作ってと言った薬だった。と言うことはもう一つのロケットには。
ブライス様が私の首にネックレスをつけようと必死になっている間に、その薬をブライス様の傷口に塗り込んだ。レベル10の違いではのたうち回る痛さになるだろう。
ぎゃあと叫び声を上げたブライス様はネックレスを落として、私の事も離した。
その瞬間を狙って、私はお兄様の方に走り、3人で温室の外に出たが、目の前には氷魔獣が唸り声を上げて行手を塞いでいた。
「ロバート、こいつには俺の水魔法もお前の火魔法も効かない、だけど2つを合わせて高温の蒸気爆発を起こせば倒せるかもしれない。ダンスホールでは人が多過ぎて無理だったが、ここならできるはずだ」とお兄様がロバート様に叫ぶ。
ロバート様は私に向かって叫んだ。
「アリシア、君はここから離れろ、爆発の余波が温室のガラスを破るかもしれない」
逃げる??どこに?
もう時間はない。お兄様とロバート様が魔獣に向かって魔法を発動させる。
私は咄嗟に地面に伏せる。
2つの魔法重なったところから、魔獣の胸にヒビが入り始め、魔法がどんどん魔獣の中心に入り込んでいく。そして中から蒸気が出てきたと思ったら、それは突然爆発した。その瞬間、お兄様は地面に伏せている私に覆い被さって来た。
「大丈夫か?アリシア?」と言うお兄様の口からは血が出ている。
「エバン!!背中!!」とロバート様が叫ぶので、お兄様の背中を見ると、大きな氷魔獣の牙が刺さっている。
エバン・ガーディナー
大量出血 レベル80
「お兄様!!!」
早く、早く魔法薬を!!
しかし温室の入り口は爆発の衝撃で壊れて入れない。私は薬を持っていない。
いや、持っている。お兄様は黒は80と言った。あの時に作ったレベル80の万能薬だ。
私のネックレス。
首元を触るがネックレスはそこにはない。
きっと倒れた時に落ちてしまったのだ。
よく見るとロバート様の足元にネックレスが落ちている。
「ロバート様、黒の中にレベル80の万能薬が入っています。お兄様の出血はレベル80なので、それで助けられます。」と叫んだ瞬間に後ろから爆破音がまた聞こえた。
そして、衝撃の後、視界がぼやけてきた。
ロバート様が何かを叫んでいるが、もう何も聞こえない。
そして全てが真っ暗になった。




