4.王立学校騎士科のルームメイト
私が10歳になった年にお兄様が15歳になり、王立学校の騎士科に入学する事になった。
お兄様は魔法薬草には全く興味がなく、騎士科の寮は家から近いので私に会いに週末に帰って来られるとだけの理由で進路を決めた。相変わらずシスコンはぶれない。
それでも入寮する時は、私と離れたくない、やっぱり辞めると大騒ぎだったので入学が遅れてしまった。最終的には毎日おやすみの魔道メール(声付きのメッセージを送れる)を出すことを約束させられた。お兄様は将来伯爵家を継ぐ為に結婚しなきゃいけないんだけど、大丈夫なのか心配すぎる。
お兄様が入学してから、半年経ったある週末。お兄様はルームメイトと一緒に帰ってきた。いや。。ルームメイトを引きずって来た。
同じ騎士科1年生のロバート・フェルノ。フェルノ子爵家の3男らしい。
しかし顔色がとても悪い、そして眼をずっと瞑っている。
どうやら喉の風邪にやられたようだが、彼の実家はとても遠く、そして大の魔法薬嫌い。寮で寝て治すと言い張る彼をお兄様は無理矢理連れてきたみたいだ。
しかしお兄様の本音は魔法薬を作りたくてウズウズしている私へのプレゼント(生贄)というところだろう。
お母様は急いで客間の用意をさせて、ガーディナー伯爵家の主治医を呼んできた。
私とお兄様も当然の様にお医者様とロバート様がいる客室に入る。
「なんで子供が一緒に、風邪がうつったらどうするんだ、それに俺の顔を見て怖がるだろう」とガラガラの声が聞こえてきた。
意識がない方がが楽だったなと思って、ベットの方を見ると。
お兄様の様な黒髪の美形の青年がこちらを見ていた。
ただ、彼の眼は左が赤で右が黒だ。
赤の眼は火の魔法。黒の眼は闇魔法が使えるという事だ。2つの魔法が使えるとは珍しい。眼福と思いつつ、ついじっくり顔を見ていたら、視線を逸らされた。
私は精一杯大人びた声を出して言った。
「体の具合が悪い時に申し訳ございません。妹のアリシアと申します。ロバート様のお役に立てると思いますので、ここに居させてもらってもよろしいでしょうか?」
「俺の眼が怖くないのか?」とロバート様は咳き込みながら聞いてきた。
「怖くないし、かっこいいと思います」
ロバート様はガバッと顔を上げて、あっけに取られた顔をしてこちらを見ている。
「アリシア、お兄様以外の男の人を気軽にかっこいいとは言ってはいけないよ」と隣から聞こえてきたが、スルーする。
その間にお医者様はステータスを見ながら、カルテを書き、私にも見せてくれた。
ロバート・フェルノ
咽頭炎:レベル30
右腕打撲:レベル15
あら、喉の痛みだけでなく、腕も負傷してるのね。
これは腕が鳴るわ。ついカルテを見てニヤニヤしてしまった。
「俺は薬なんかいらない、これぐらい寝てたら治る」とロバート様は咳き込みながら言っている。絶対あの喉の方が薬を飲んで苦い思いするより辛いと思うんだけど。
しかも週明けには進級の為の実技試験があるらしい。あの腕では試験どころではないだろう。
とりあえず薬草畑へ行こうと私は部屋を出ていった。
喉に効くのはラディッシュ(まあ大根よね)、腕の打撲に効くのはミンティ、ちょうどいい個体があるといいんだけど。
ラディッシュはレベル30の個体があったのでそのまま使える。
問題はミンティ。レベル20の個体しかない。
魔法薬は水で溶いてもレベルは薄まるわけでない。レベル15なら骨にヒビは入っているだろうし、激痛だろう。でもレベル20の薬を与えてしまうと、レベル5の差はかなりの痛みだ。
でも私には特別な薬草がある。
見るからに毒草に見える真っ赤な草。どこにでも生えている物だが、その見ためとステータスを見てもなんの効能もない事から、薬草とは思われていなかったが、私が見てみると。
「レベル マイナス1」
そう、これは薬草の効能を落とす事ができる立派な薬草なのだ。
なのでレベル20のミンティとこの赤い草を5枚使えば、レベル15の打撲にぴったりの薬ができる。
ただ問題は見た目が非常に悪い。打撲には塗り薬にする必要があるが、毒々しい真っ赤な塗り薬になる。まあ錠剤にもできるんだけど、塗り薬の方が即効性がある。
ちなみにお兄様にもこの赤い草を使って薬を作った事があるが、躊躇なく飲み込んだ。妹への信頼が厚すぎてとても心配になる。
必要な薬草を摘み、ラディッシュは錠剤、ミンティは塗り薬にして、ロバート様のいる客室に戻った。
かなり辛いのか右腕を庇う様に丸くなって寝ていたが、ドアを開けると右の黒い眼の方を薄く開けてこちらを見た。
お兄様は席を外している様だ。
「薬ならいらない、特にお子ちゃまが作った様なお遊びの薬は特にだ」と弱々しく呟くロバート様。
私の倍もありそうな身長なのに、薬が嫌いなのか可愛いなと思いつつ近づく。
私は完全にオカンモードに入った。(子なしだったけど)
咽頭炎からの熱か腕に痛みからの涙かわからないが、潤んだ眼で私が持っている薬をみると色の違う両目を見開いた。
「なんだその毒々しい薬は!!!」
と言って、またすごく咳き込んでしまった。
さて。一つは飲み薬、もう一つは塗り薬。どのように与えようか。
「お兄様ーー」と私は普通の声量で言うと。
遠くから走ってくる音がする。
「アリシア呼んだ?」
お兄様は私が呼べば、屋敷のどこにいても10秒以内に駆けつけてくる。これも騎士の鍛錬になっているみたいなので、世の中どう転ぶかわからない。
「お兄様、ロバート様を固定してください。右腕に打撲があるのでそこだけ気を受けてください。」
慣れた様子でロバート様の首を固定して、鼻を摘んで口を開けさせる。
その間に私は錠剤を放り込んで、水を口に注ぐ。
ちょっと気管に入ってゴホゴホしてるが無事に飲み込めた様だ。
「苦くないでしょ?」と私が言うと、
「味を感じる前に飲み込んだからわかるわけないだろう」と叫ぶロバート様。しかし、喉の痛みもなく声が出ていることに驚く。
さあ次は塗り薬だ。
しかしロバート様は中途半端に元気になってしまったので、流石のお兄様でも腕の打撲をさらに痛めない様にしつつ、固定するのは難しい様だ。
10分間の押し問答をした後、私はかなり苛ついていた。
次の瞬間、私はベットに飛び乗ってロバート様の前に仁王立ちしていた。あまり淑女らしい事ではない、でも我慢できなかった。
「見た目だけで判断される悔しさは、あなたが一番わかっているでしょう。文句を言うなら薬を試してから言いなさい。騎士らしく腹を括って大人しく薬を塗らせなさい!!!」
私がギロリとロバート様を見下ろしながら叫ぶと。
ロバート様は目をまん丸にさせて、抵抗するのをやめた。チャンスだと、私とお兄様の連携プレイで、シャツを脱がせて、酷い青あざができて腫れている場所に塗り薬を塗った。
「おい、ロバート。お前これ誰にやられたんだよ。いつもにお前ならこんな怪我するわけないだろう」と兄が言っても。
ロバート様はまだ目を丸くしたまま、私を見ている。
「おい、聞いているのか?それと俺の妹を見続けるな、うちの妹はシャイなんだ」
とお兄様がいうと。
ぼそっと「シャイではないだろう」とロバート様が呟いた。
聞こえたぞ。だって精神年齢だと立派なおばちゃんだから、遠慮とかないのよ。
ロバート様は腕を試すように動かして、
「痛くないし、腫れがひいてる」と驚いた様に言った。
「だから言っただろう、俺の妹の魔法薬は特別なんだよ。妹は天才だし、可愛いし、天使なんだから」とお兄様が畳み掛ける様にロバート様に言ってるが。
最後の2つは薬には関係ないな。
とりあえず、私も魔法薬を作れて、試す事ができたので大変満足し。
今更遅い感があるが、淑女らしくカーテシーをしながら。
「それでは、ロバート様、お兄様。私はこれでお暇させて頂きます。実技試験頑張ってくださいね」と言って、客室から出ていった。
「あ、あの。。」というロバート様の声がした気がするけど、気分がルンルンな私には聞こえなかった。
エバンは妹の為なら何でもします。




