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月とは別に、五星が羅針のごとく夜空に煌めいていた。
雲よりも高くそびえる玉座の間。白銀の柱が連なり、空を模した天井には、淡い光がゆらめいている。
──翔真は、一か月ぶりに王座へ腰を下ろした。
大理石の階段を数段上がったその先。冷たい玉座の感触が背に重くのしかかる。
思わず背筋は硬直し、指先にじんわりと汗がにじむ。
(……地味に緊張する。俺なんかが本当に“王”でいいのか?)
視線の先には、自分がかつて信じ、託し、共に築き上げてきた部下たち。
だが──今、そこに立つ彼らは皆、自分よりも遥かに“上”に見える。
眼差し、佇まい、纏う気配。
この場で最も未熟なのは、皮肉にも“玉座に座るこの俺”だ。
一人、また一人と。管轄を担う者たちが前へ進み出る。
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天空惑星都市全体管轄・秘書官 セレーネ
黒曜石のような長髪。銀色の瞳は冷たく無機質で、人間であることすら疑わせる異質な存在感を放つ。
「翔真様。ようやくお戻りになられました。職務はすべて空白にて調整済みです。……報告、接触、暗殺──必要業務の許可を」
「……うむ、セレーネ。頼もしい限りだね。君がいたから都市は崩れなかった。俺が不在の時ほど、君の存在が大きいと痛感する。……暗殺って何かサラッと怖いこと言ったな?」
セレーネは一礼する。その表情は無い。けれど瞳の奥で、わずかに揺らぎが走ったように見えた。
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地底都市全体管轄・発展のバルドーラ
背に鉱石の甲殻を背負った巨躯。大地が歩いているような圧。
その声は地鳴りのように深い。
「翔真様……!わしは信じとったぞい!地底には、まだまだ進化の余地がある!」
「バルドーラ……君の彫り上げた大地は、まるで命を宿しているようだった。俺にはできないことをやってくれる。誇らしいよ」
「おお……!おおおお!!」
涙を流しながら胸を叩く彼に、周囲から温かな視線が注がれる。
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内海都市、海底都市全体管轄・攻略のルイドン
蒼き肌。波を思わせる薄膜の衣。冷徹な面差しに、知性の鋭さが宿る。
「陛下。海底第六層、現在も安定を維持しております」
「ルイドン……君は冷静さと精密さで、海底を制した。俺は一応、心は人間だから、水の深さが恐ろしく思える時もある。でも、君の報告は不思議と安心するんだ」
一瞬だけ目を見開き、彼は深々と頭を下げる。
「……ありがたき幸せ!」
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地上全体管轄・開拓のビレナ
陽のように明るい琥珀の髪、焼けた肌。朗らかで親しげな声が場を和ませる。
「ん~、変わらないね、陛下は。ほんっと、また無茶しないでよ? こっちは現場で全部拾ってんだからさ!」
「はは……すまん、ビレナ。お前の踏破力は無茶を可能にする力だ。俺が迷えば、真っ先に引っ張ってくれるのはお前だろう?そんな仲間がいてくれて、俺は幸運だよ」
彼女は肩をすくめ、口元に笑みを浮かべる。
「ま、また一緒に未踏領域へ行く時が来たら──引きずってでも連れてくから。覚悟しといてね?」
「はいはい、頼もしいな」
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そして──翔真は深く息を吸い込み、玉座から声を放った。
「これより……聖域国家マステル、再起動の刻とする!」
その宣言は、謁見の間を震わせた。
──
翔真が謁見の間で再起動を宣言していたその頃。
イリーナ、アイシェ、そしてオルガは、マステル都市の夜を歩いていた。
一方で──
マステル都市の夜。
サイバーパンク調の高層建築にネオンが反射し、空中には浮遊車や光る看板が縦横無尽に交差していた。街の雑踏には、様々な種族の宇宙人たちが行き交う。
青い肌に触覚を持つ者、金属質の外殻を背にした者、光る鱗をまとった者……。
どれも地球では見たこともない姿だが、街の景色に自然と溶け込み、互いに挨拶を交わしながら往来している。
イリーナは目を輝かせ、周囲を観察する。
「……すごい……なんでこんなに色んな種族が普通に歩いてるの?」
アイシェも未来じみた武器や戦闘用アーマーを目で追い、わくわくが止まらない様子だ。
「ここ、本当に闘技場とかあるのかな……見てみたい!」
オルガは二人の横で笑いながら、ベンチに腰を下ろす。
手元には空中に描かれた淡い光の絵──友達の宇宙人が器用に手を動かし、文字や模様を浮かべている。
「ねぇオルガ君、なんで皆、言葉が通じるの?」
イリーナが首をかしげる。
オルガは軽く肩をすくめ、微笑む。
「翔真が見えない網を張ってくれてるんだよ。心で繋がる感じ」
「……心で繋がる?!」
アイシェは少し驚きつつも、すぐに目を輝かせる。
「すごい……だから通じるのね!」
その時、オルガが少し前に出て、腕を広げる。
「じゃあ紹介するね。こっちは僕の友達。マステルに住んでる宇宙人たち」
青い肌の小柄な宇宙人がにっこりと笑い、触覚をひらひらさせて手を振る。
「初めまして!オルガの友達って聞いて楽しみにしてたんだ」
金属の外殻を背負った屈強な宇宙人も、低い声で礼をする。
「同盟の名に恥じぬ行動を期待している」
イリーナは目を見張り、嬉しそうに手を振る。
「こんにちは……!」
アイシェも跳ねるように笑いながら、戦闘用アーマーの宇宙人に近づく。
「ねぇ、あなた達はどうやって戦うの?」
オルガは静かに頷き、二人の希望を翔真に伝える準備を心の中で整えた。
──
友好的な宇宙人たちと別れ、三人の静かな時間が訪れた。
「ねぇオルガ、私……ここで学びたい!」
イリーナも熱を帯びた瞳でオルガに告げる。
「私も……!知識を、技術を分からないこと全てを学びたい!」
オルガはベンチに座り、友人の宇宙人と空中に絵を描きながら、二人を見上げた。
その表情はどこか誇らしげで──同時に、少し呆れも滲んでいる。
「……やっぱりそう来たか。翔真に取り次いでみるよ」
そう言って目を閉じると、彼は静かに魂波動を放つ。
──
『翔真? 今取り込み中?』
『いいや、どうしたの?オルガ?』
『二人が……ここで学びたいんだって』
『ふふ、そう言うと思って、師匠を用意しておいたよ』
──
オルガは目を開き、二人に向かって言った。
「だってさ」
イリーナとアイシェは目を丸くする。
「オルガ……い、今のって……翔真……?!」
「あなた、一体どうしたの!? 怖いよ!!」
「これ、魂波動を応用したテレパシーってやつらしいよ。……あ、ちなみに俺にも師匠がいるから」
オルガの言葉に、二人は顔を見合わせ──次の瞬間、弾けるように笑った。
新しい夜が、彼女たちの学びの始まりを告げていた。