実験と真の可能性
早くも、初日から一か月半が経った。
俺は、生徒たちの成長速度に合わせて、夢世界の難易度を少しずつ上げていた。
だが──気づいていない者も多いだろう。
元々は、子猫のようにか弱く、他人の影に隠れることしかできなかった生徒たちが、いまや己の内に眠る才能を覚醒させ、戦況を読み、臨機応変に仲間を動かす。
まるで小さな戦場を指揮する将軍のようだ。
その姿を見るたび、胸の奥が熱くなる。
恐怖を乗り越えた者は、こんなにも美しく、強くなるのか。
夢の内容は、日ごとに姿を変える。
ある日は、視界のすべてを砂が呑み込み、肌を削るほどの砂嵐が吹き荒れる砂漠地帯。
水一滴さえ貴重なその地で、仲間を庇いながら夜を越えられる者が、いったいどれほどいるのか。
またある日は、燃え尽きた都市を覆う黒雲の下、雨のように隕石が降り注ぐ巨大な街。
音速で砕け散る瓦礫の中、ただ一人、生き延びようとする者の心を試す。
風は皮膚を裂き、熱は骨を焼き、冷気は思考を鈍らせる。
──それでも生徒たちは、倒れても立ち上がる。
恐怖の中で見た光景が、次の瞬間には力へと変わるからだ。
彼らはまだ知らない。
この夢の世界こそが、翔真の放つ五感の修羅場――
心を殺すのではなく、鍛えるための真の教室であることを。
夢で培った力は、現実に干渉し始めていた。
剣を振るえば空気が裂け、掌を掲げれば波動が滲み出る。
現実で鍛えた力は、再び夢に反映され、やがて真の能力として形を成す。
夢と現実の往復――それはもはや修行ではなく、魂の更新作業だった。
しかし、その中で異変が起きはじめる。
限界を越え、進化を続ける者がいる一方で、
何も感じなくなった者、心の温度を失った者も増えてきたのだ。
「もう、夢の中で何が起きても驚かなくなった」
「戦っても、勝っても、何も変わらない気がする」
彼らの瞳には、かつての恐怖も情熱もない。
成長が止まったのではない――“慣れ”という名の毒に侵されているのだ。
翔真はそれを静かに見つめ、呟いた。
「……ここからが、本当の絶級過程だ。」
なぜ、いつも夢なのかと言うと──自由度が高いからだ。
現実では到底できない検証も、夢の中では一晩で済む。
命を削らずに魂を削れる。
それに、夢の素材は人間が無限に持っている。
だから、コスパがいい。
……いや、正確に言えば「夢」ではない。
脳と魂の接続領域を拡張して、人為的に構築した《《訓練現実》》。
我々はそこを、便宜上〈夢界〉と呼んでいるだけだ。
夢で培った力はそのまま現実に流れ込み、現実で培った力はやがて真の能力として定着する。
──だが、そこまで辿り着ける者は少ない。
最近は慣れきった生徒も増えてきた。
最初は誰もが目を輝かせていたのに、今では「また夢か」「また訓練か」と口を揃える。
夢慣れした若者ほど厄介なものはない。
現実よりも現実的に夢を語るのだから。
ちなみに、ずっと家に帰っていないのは俺もアイシェも同じだ。
この仕事に終業ベルなんてない。
アイシェは俺の助手であり、同時に生徒たちと同じ教育課程を受けている。
仲間だからといって、容赦はしない。
彼女もそれを望んでいる。
おかげさまで、世間からは「馬鹿の賢者」「アホの賢者」と呼ばれているが──
その通りでございます。
ご指摘、大感謝でございます。
ええ、ほんと。ごめんなさいね〜。
(でもね、馬鹿じゃないと、夢なんて信じられないんだよ)
8時間に及ぶ夢の訓練から目覚めた生徒たちは、誰にも頼らず自らの住処へと向かった。
言うなれば、孤独と孤独が隣り合う世界。
助け合うこともなく、各々が自分の生存ラインを試す──これもまた、絶級過程の一環である。
初日に山に拠点を作った生徒は、狩猟や天文、地理といった自然に特化した生活を送る。
興味深いのは、バル金を一切使わず、物々交換で生活基盤を成り立たせていることだ。
素材を加工して商売に回すなど、資源の有効活用に長けた者もいる。
一方、初日から自らビジネスを立ち上げた者たちは、柔軟な発想力と行動力で生活を組み立てていた。
ボロボロの宿屋をリフォームし、その稼ぎで小規模宿屋を運営する者もいる。
生活インフラを自力で確保し、稼ぐ術を学ぶ──まさに、生きる力そのものを試す場となっていた。
絶級過程に挑む者たちの姿は、ただの学習ではなく、生活そのものを学ぶ実戦のようだった。
一人ひとりが自分の世界を作り上げ、その世界の中で初めて、自らの能力を真に理解する。
──
夕陽が闘技場の砂を赤く染める。
校長室から許可を受けた5人の教授が特別席に着き、視線を光らせる。
「さて、実験開始だ」
翔真の指示で、生徒たちは向かい合った。
片方は騎士団志望の生徒──鎧を身に纏い、剣を握る、典型的な戦士。
もう片方は、絶級過程で鍛えられた元非戦闘の生徒──普段は図書館に籠もるタイプで、肉体的戦闘経験はほぼゼロだ。
教授たちはメモを取りつつ、静かに息を潜める。
「位置について……構え!」
槍先が煌めき、風を切る音が響く。
騎士志望の生徒は胸を張り、剣を前に突き出す。攻撃力は申し分ない。
しかし、元非戦闘生徒の目は冷静そのもの。手を軽く振るだけで、相手の波動や魂の気配を敏感に探っている。
「おっと……」
翔真の脳内にテレパシーが走る。
反応速度、初期段階で通常の騎士団志望生徒の四倍。
魂波動を駆使した予測能力も極めて高い。
それに心拍数が安定している、手加減している。
剣が振り下ろされる。
だが、元非戦闘生徒は体をわずかに傾け、華麗にかわす。
回避の瞬間、地面に小さな波動の渦が生まれ、砂が舞い上がる。
「おお……なるほど」
教授の一人が感嘆の声を漏らす。
騎士志望の生徒が剣を振り回すたび、元非戦闘生徒は瞬時に位置を変える。
その動きはまるで空気の流れを読むかのように無駄がない。
見た目は非力だが、戦場の支配力は圧倒的だ。
「凄いぞ!!反応だけでなく、波動も制御している……!!」
別の教授が興奮気味に叫ぶ。
一撃一撃、戦闘者同士の間に火花は散らない。
しかし、波動が空間に干渉し、砂や小石が舞い上がる。
その視覚的な衝撃が場の空気を緊張で満たす。
騎士志望の生徒は攻め手を増やし、剣の軌道を変化させる。
だが、元非戦闘生徒は一歩も後退せず、むしろ攻めのタイミングを自ら作り出す。
小さな魂波動の衝撃が剣の軌道を微妙にずらし、相手の重心を崩す。
「なるほど……戦わずして相手の力を利用する……!」
翔真は興奮気味に脳内で呟く。
最後、騎士志望の生徒が必殺の突きを放つ。
しかし、元非戦闘生徒は体を翻し、空中で小さく回転。
着地と同時に小さな衝撃波を放ち、突きの勢いを利用して逆に距離を詰める。
「……勝者は絶級過程の生徒。完璧な回避と波動の制御だ」
教授陣は互いに頷き合い、記録を確認する。
砂埃がゆっくりと舞い落ちる中、翔真は立つ二人を見下ろし心の中で呟いた。
「これが絶級過程の力……無力な者はいない。全員が屈強な戦士になる──いや、それ以上だ」
砂埃の舞う闘技場で、絶級過程の生徒は静かに立ち上がった。
目に光が宿り、肩の力が抜けているようで、全身から戦闘者の気配が漂う。
「我は可能なり──」
その一言は低く、しかし確かな声で闘技場に響いた。
一瞬、風が止まったように感じる。まるで世界がその声に耳を傾けているかのようだ。
周囲の騎士団志望の生徒たちは、思わず息を呑む。
普段は図書館に籠もっていた、無力に見えた者が、自らの力を完全に掌握している──その光景は、言葉以上に強烈な印象を与えた。
教授陣もまた、メモを止め、互いに目を見合わせる。
この瞬間、絶級過程がただの試練ではなく、「未知の力を引き出す場」であることを、この場に居た誰もが理解した。
翔真は砂煙の向こうで微笑む。
「これが、真の可能性──恐れるものは何もない」




