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絶級過程

 俺とベリタリアはギルドでの手続きを終えると、それぞれの道へと別れた。


 ベリタリアはランドン聖騎士団本部へ。


 そして俺は、久しぶりにアゼル王都王立学園へ向かうことにした。


 ……が、そこからが地獄だった。


 アゼル新聞の記者たちが、蜂の巣をつついたように押し寄せてくる。


 「絶の試験を突破した2人の英雄帰還!」


 なんて見出しがもう出回っているらしい。


 おそらくアルデビドさんが広めたのだろう。


 一歩歩くたびに声をかけられ、サインを求められ、質問が飛んでくる。


 正直、戦場の方がまだマシだ。


 けど、それ以上に人々が何かを待っていたのが分かる。


 俺たちの時代が、少しずつ動き出している。


 ようやく記者の群れを抜け、俺は裏ルート――

 学園の古い渡り廊下を抜けて、校長室へと向かう。


 あの頃と何も変わっていないのに、もう、あの頃の俺ではない。


 ──


「入りたまえ」


 扉を開けると、革張りの椅子にどっかりと腰掛けたマルエン校長がいた。


 いつ見てもあの人は熊だ。厳つい顔に、でかい手。なのに紅茶を持つ仕草だけは妙に繊細だ。


「おぉ、誰かと思えば──今、話題沸騰中の灰の賢者じゃないか」


「情報行き渡るの早くない?異名まで……」


「当たり前だ。それに灰ってのは悪くないぞ。燃え尽きたあとに残るのは、灰だけだ。──だが、そこからまた火を起こすこともできる」


「……それ、褒めてる?」


「もちろんだとも。で、どうだ?」


「なにが?」


「何って、教授をやらないか?」


「……え?」


「学園の絶級課程を立ち上げる予定でな。坊主みたいな規格外が必要なんだよ。もう普通の生徒の側にはいられまい」


「絶級過程……?」


「そうだ。参加資格は誰にでもある。だが──授業内容は院より上、つまり賢者級だ。

 いわば、未来の賢者を育てるための課程だな」


 マルエン校長の目が、まるで古の賢者のように光る。


「今のゲアには、黒と白の猛者がいる。その均衡を保つためには……次の灰が必要なんだよ」


「……灰が、均衡?」


「燃え残りとも、再生とも言える。どちらにも染まらぬ中庸。素晴らしい」


 翔真は苦笑を浮かべた。


 まるで最初から、すべて仕組まれていたかのようだ。


「で、どうだ?君が教授を務めれば、学生たちは間違いなく燃える。いや、灰になるかもな」


「……縁起でもないこと言わないでよ」


 俺はこの話をチャンスだと直感した。


 王様、賢者、聖騎士団長補佐、教授──


 前世の自分なら夢にも思わなかった肩書きが、一気に現実になったのだ。


「よし、行動開始だ。仕事を手伝ってくれ」


 ……こんな時だけ、急に上から目線で使いやがる。


 俺は心の中で舌打ちしつつも、仕方なく腰を上げた。


「分かったよ。でも、条件付きで──昼飯は俺の好物で補給な」


 校長は目を細め、にやりと笑う。


「……ああ、その条件、悪くないな」


 俺は密かに勝利を感じた。


 こうして灰の賢者の新たな日常が、静かに動き出すのだった。


 ──放課後。


 絶級学級について、他の教授陣と校長室で会議をしていた。


 教授陣は椅子に座り、ピリピリとした空気を纏っている。


「さて、絶級学級についてだが、私の推薦で担任を決めた。出て来い坊主」


「はいよ」


 控え室から面倒くさそうに、しかしどこか引き締まった表情の俺が現れると、教授陣がザワついた。


「灰の賢者となった翔真だ。訳あって昔からの付き合いだが、中々見込みのある者だ。異論がある者は挙手と意見を」


 17人の教授のうち16人が即座に手を挙げる。


「そこのサリヴァン教授、理由は?」


「はい。賢者としての経験不足が1番の理由です。絶級過程となると頭脳だけではなく、生徒に寄り添う力、五星波動を全て使いこなす力量が必要です」


 なるほど……。俺は軽く口元を緩めた。


 まだ俺の全力を見せていないと知っているからだ。


「で、1人だけ挙手をしなかった者がいるな。ロスト教授、異論は?」


「はい。私は院を担当していたので、翔真君のことをよく理解している。

 翔真君は編入生で最年少ながら、経験者をバタバタと引きずり下ろし、賢者になる前から既に同等、いやそれ以上の力を見せた。

 ──空席からトップの座を勝ち取ったのだ。

 私は絶の試験で試験官として翔真君を見ていた。彼の力量は、疑いなく絶級学級を率いるに足る」


 教室内に静かな衝撃が走る。


 16人の教授が顔を見合わせ、少しずつ手を下ろした。


「これで君は私の生徒ではなく、同僚だな」


「はい、ロスト教授」


 俺は熱い握手を交わし、胸に小さな高揚感が湧く。


「懐かしいな……空席だった頃が」


「改めて、これからよろしく。灰の賢者殿」


 俺とロスト教授は熱い眼差しを向け合う。


「それでは、明日から絶級過程を執り行う。坊主、授業内容は任せた」


 校長室に沈黙が一瞬広がる。

「えっ、丸投げ……?」


 翔真の視線が校長室の壁や教授陣を巡ると、誰も驚きや疑問の表情を隠さない。


 思わず口元を押さえて小さく笑うマルエン校長の笑い声が、部屋全体に響いた。


「ははは、坊主、心配するな。生徒にも前々から募集をかけていたから、準備は済んである」


 その言葉で教授陣の間に小さなざわめきが起こる。


「事前に……?」


 翔真は軽く肩をすくめ、淡々と答える。


「まあ、授業の内容は俺次第ってことだな」


 一瞬、教授陣の視線が交錯する。


 誰もが、規格外の青年が本当に教鞭を取るという事実にまだ慣れていないのだ。


「なるほど……さすが、灰の賢者」


 ロスト教授が小さく頷く。


「授業の難易度は院以上だが、君なら生徒を導けるだろう」


 部屋の暖かな灯火の下、校長の笑い声と教授陣のざわめきが混ざる中、翔真は静かに決意を固める。


 校長室を出る扉の向こうでは、既に学生たちが期待と好奇心でざわめく姿が目に浮かぶ。


 ──


 校長室を出ると、人混みの中で俺はまるで有名人扱いされていた。


「……ファンクラブ、できてるの?」


 でも、やっとここまで来たんだ、と胸の奥で静かに誇りを噛み締める。


 校門を抜け、学園の広場に足を踏み入れると──


「あ……あれって……灰の賢者!?本物だ!」


 学生たちのざわめきが瞬く間に広がる。


 まるでワールドカップの日本代表が来校したかのような熱狂ぶりだ。


「うわ、マジでかっけー……」

「なんでこんな若いのに賢者なんだよ!?」

「俺達、今歴史の大舞台にいるわ」


 背筋がひやりとする者もいれば、目を輝かせて近寄る者もいる。


 クラスメイトたちは、噂で聞いた灰の賢者の存在を自分の目で確かめ、言葉を失っていた。


「あ、あの……灰の賢者さん、絶の試験って、どのくらいすごいんですか……?」


 小声で質問する少年生徒に、翔真は軽く微笑む。


「すごさは、授業を受けてみれば分かるさ」


 その一言だけで、教室内の空気は一層引き締まった。


「おい、まさか」

「絶級過程の担任になるんじゃね?」

「私、募集したよ!」

「絶級の授業、絶対受けたい」


 廊下を歩けば、学生たちがぞろぞろと後をついてくる。


 校舎全体が、まるで祭りのような熱気に包まれていた。


 翔真はそれを横目に、淡々と教室へと歩みを進める。


 だが胸の奥では、学生たちの視線、期待、そして未知への好奇心が確かに伝わってくる。


(……やっぱり、俺は規格外なんだな)


 微かに笑みを浮かべ、翔真は教室の扉を開けた。


 中の生徒たちは一斉に振り向き、その存在感に圧倒される。

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