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異名

 昨日の夜。


 灯火がゆらめく接待室。


 香の煙が薄く漂い、壁に掛けられた古い武器たちが赤く照らされている。


 ベリタリアとナイトは、長い机を挟んでアルデビドと向かい合っていた。


 外では風が鳴き、どこかの犬が一度だけ吠えた。


「へぇ、君、鬼畜戦士の家系か〜」


 アルデビドは杯を傾けながら、柔らかく笑った。


「知ってるのですか?」


 ベリタリアの瞳孔が大きくなる。まるで見透かされたようで、胸の奥がざわついた。


「んん、まぁね。その身体つきといい、何と言い——アイツとそっくりだ」


「アイツ?」


 アルデビドは答えず、わざと沈黙を落とす。

 

 蝋燭の炎がゆらりと揺れ、彼の影が壁を這う。


「……あぁ、ベリタリア君はもしかすると知らないかな。君は昔から修行の日々だったもんね」


 口元に笑みを浮かべながらも、その目は笑っていなかった。


 ナイトが息を飲み、空気が一瞬、張り詰める。


「それに、君はナイト君だよね」


「はい。翔真様の護衛でございます」


「ふぅん、翔真様ね」

 

 アルデビドはグラスを軽く回し、琥珀色の液体を見つめながら口元を緩めた。


「君からは——ベリタリア君と同等、いや、それ以上の力を隠し持っているんじゃないか?」


 その瞬間、ナイトの目が細くなる。

 

 背筋がわずかに伸び、空気の流れが変わった。


「……過大評価です」


 声は静かだが、芯が通っていた。


「謙遜は結構。でもね、力ってのは隠してても滲み出るものさ」


 アルデビドは笑みを浮かべたまま、机に指を軽くトントンと叩いた。


 灯火がひときわ強く揺れ、ベリタリアの髪の端を照らす。


 アルデビドの瞳が炎を映して、まるで獣のように光っていた。


 ベリタリアは息を呑んだ。


 彼の笑顔の奥に、底知れぬ何かが見えた気がした。


「大賢者さんは翔真とどんな関係なんですか?」


 ベリタリアの問いに、アルデビドは少し目を細めた。


 ゆらめく灯火がその横顔を照らし、静かな笑みを浮かべる。


「んん……そうだね」


 グラスを軽く傾けながら、ゆっくりと言葉を探すように続けた。


「一種の友人であり、父でもある。そんな感じさ」


 その声には、どこか懐かしさと哀しみが混じっていた。


「もっとも──あの子がそれをどう思ってるかは、分からないけどね」


 灯火がパチ、と弾ける。


 ──


「てな、会話を翔真が出て行ったあとにしてたわけ」


「ふぅん、そうなんだ」


「あと、あの屋敷に住むことになって、しかもランドン聖騎士団長にも話つけておくってさ。

 大賢者様、心も屋敷も広すぎ、どうかしてるよ」


 アゼル王都の朝は眩しい。


 石畳の通りを馬車が行き交い、屋台から焼きパンの香りが漂ってくる。


 俺とベリタリアは、賢者登録のため王都中央広場の旅師へ向かっていた。


「ところで、翔真」


「ん?」


「昨日の夜、一緒にいたハーフエルフちゃん。あの子、めっちゃ可愛くね?どんな関係なんだ?」


 あー、やっぱりそこ聞いてくるよな。


 案の定というか、もう予想どおり過ぎて笑えてくる。


「お前にはいるだろ、気になってる子がさ」


「そんな、アゼル王都に来たからってそんな簡単にパッと現れる訳ないだろ?」


 えっ?マジで?


 同じ屋敷にいてアイシェと会わなかったの?


 ……いや、運悪すぎだろコイツ。


 ま、適当に合わせとくか。


「まぁ、そりゃあ、そうだよな」


 俺は肩をすくめながら、焼きパンの香りを嗅いだ。


 今日も王都は、平和そうで何よりだ。


 ──


 旅師ギルドの扉をくぐると、中は活気に満ちていた。


「あの……絶の試験を突破した翔真と──」

「ベリタリアです」


 言い終わる前に、受付の係員が思わず後ろに飛び退いた。


「うえぇ!!なんですって!?少々お待ちください!」


 廊下を通る足音、奥からのざわめき、壁に掲げられた過去の試験合格者の名簿──すべてが、今この瞬間、二人を祝福するかのように揺れている。


「まさか……」

「そりゃないって……」

「新の賢者が今年、二人も出るなんて!?」


 周囲の旅師たちは互いに顔を見合わせ、息を呑んだ。


 話題は瞬く間に広がり、ギルド内は軽いパニック状態だ。


 ベリタリアは平然と肩を竦め、翔真は少し照れくさそうに笑う。


 だが、周囲の熱気は止まらない。


 誰もが「絶の試験を突破した伝説の旅師」が目の前にいることに、まだ現実感を持てずにいたのだ。


 ギルドマスターが大きな身振りでやってきた。


「君達の試験は、本当に素晴らしかったよ〜!!」


 声が館内に響き渡る。


「見ていて圧巻だったー!!会えて嬉しいよ!!」


 翔真とベリタリアは少し照れくさそうに顔を見合わせる。


「まさか、二人とも──ベリタリア殿もアゼル出身とは、なんと名誉なことか!」

 

 ギルドマスターの目が輝く。


「いやはや、翔真殿とベリタリア殿には感服ですなぁ!!」


 周囲の旅師たちはざわめき、拍手や歓声が次々と巻き起こる。


 誰もが「絶の試験を突破した二人」が、単なる伝説ではなく、目の前に現実としていることに圧倒されていた。


「さあ、手続きに移ろう!賢者登録を進めようではないか!」


 ギルドマスターは紙束を手に取り、二人に向かってにっこりと微笑む。


「特別待遇だ。これからは君たちの力が、ギルドいや、この王都、世界の誇りになるのだ!」


 翔真は軽く笑みを浮かべ、ベリタリアも肩をすくめる。


 二人の背後には、尊敬と羨望の視線が無数に集まっていた。


 ギルドマスターが深く息をつき、にこやかに二人を見渡す。


「君達のこれからの異名は――まずはベリタリア殿、鬼畜刀の賢者。そして翔真殿は……灰の賢者だ」


 翔真も、ベリタリアも、一瞬キョトンとする。


「灰……ですか?」


 ギルドマスターは笑みを浮かべながら、声を少し低くする。


「そうだ。今のゲアの大地には、黒と白の猛者がいる。だが、君はそのどちらにも収まらぬ器だ。灰……つまり、すべてを焼き尽くし、そこから新たな道を切り拓く力を秘めている者に与える称号さ」


「誰から見てもお前は規格外だったからな」


 ベリタリアがギルドマスターの言葉に共感するように頷く。


 翔真は少し眉をひそめるが、その瞳はどこか遠くを見据えるように輝いた。


 ――規格外、というわけか


「ふふ、そうとも。いつか君自身がその本当の意味を理解する日が来るだろう。覚えておくがよい」


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