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絶の試験、終了

 最後の種目は「言葉を使わずに祈れ」だった。

 だが――それすらも、通過してしまった。


 通過、つまり終わりではなかったのだ。

 空が、不気味に鳴った。


 轟音と共に雷雲が渦を巻き、黒い雲の裂け目から四つの影が降り立つ。


 台地を踏み割るような圧と共に、彼らが姿を現した。


 ⸻


「ほほほ……お主ら、よくここまで来たな」


 その声の主は、獣の賢者マヌ。

 上半身裸、獣皮を纏い、牙を持つその姿はまさに原初の暴力そのもの。

 昨日まで一緒にいたとは思えぬほど、神々しい“異形の王”だった。


(いや、昨日会ったばかりだが……本当に良く来たものだ。っていうかコイツら、若いくせにどんな神経してるんじゃ)


 ⸻


「俺は第43代目・剣の賢者、カルコス・オリコン。

 君たち……運が悪いね」


 カルコスは腰の剣を抜く。

 一瞬、風が止まり、地の空気が変わった。

 刃は鞘から抜かれるその瞬間、世界を切断したかのように空気を裂いた。


(今年は何時にも増して無茶ぶりなはずなんだけど……コイツら本当にどうなってんだ?)


 ⸻


「私は海の賢者、シェル。この天候を操っているのも、私さ」


 トライデントの先端から稲妻がほとばしる。

 海の女神のように美しいが、瞳の奥は容赦なく、冷たい。


(何、この子たち……本当にここまで来たの?嘘でしょ?この二人、ガチだわ)


 ⸻


「僕は知略の賢者、アレス。天才さ。まあ、僕を出すまでもないけどね」


(だが……何故だろう?この二人からは、ただならぬ雰囲気を感じる。

 翔真とベリタリアか。面白い)


 ⸻


 翔真が深く息を吸い込む。


「ベリタリア、もう勝負は始まってるぞ」


「――あぁ、分かってる」


 ベリタリアの背筋がわずかに弓なりになった瞬間、海の賢者シェルがトライデントを投げ放つ。


 稲妻が尾を引きながら一直線にベリタリアの胸を狙う。


 同時に、獣王マヌが竜のように吼え、地面を砕いて突撃してくる。


 一撃で地形ごと吹き飛ばすつもりだ。


 おそらく、一点集中――

 シェルの稲妻で牽制し、マヌの突撃で仕留める。


 だが――その読みは甘かった。


 ⸻


 ベリタリアは、微動だにしない。


 雷が頬をかすめ、空気が爆ぜる。


 次の瞬間、地が裂け、炎が巻き上がった。


 彼の周囲の空間が、音と熱と力をすべて跳ね返す。


「おっとっと、危ねぇな……、雷ってのは熱いのな」


 マヌのナタが彼の頬をかすめた瞬間、

 ベリタリアの片腕が逆方向へとしなった。


 それはまるで獣を殴るのではなく、獣性そのものを断ち切るようなナタ捌きだった。


「お前ら、俺を試すんだろ。なら、鬼畜に生まれた意味、見せてやるよ」


 ベリタリアの瞳が、獣のように赤く光り、


 腰からギラギラと輝く2本のククリナイフを静かに抜き、顎を引き、姿勢を低く構える。


 ⸻


 その頃、翔真は静かに目を閉じていた。


 周囲の気配を読むでもなく、思考を止めるでもなく――ただ、在る。


 次の瞬間、知略の賢者アレスの真後ろに、翔真の影が現れた。


「なッ……!? どうやって――」


「言っただろ。俺のことは、後で分かるって」


 翔真が目を開く。瞳の奥に、無数の光の糸が走った。

 それは――空間跳躍の極致《虚歩》。


 ⸻


 雷鳴が轟く。


 水飛沫が弾け、剣が閃き、獣が咆哮する。


 そして――

 その全ての中心に、翔真とベリタリアが並び立っていた。


「……これが、選ばれる者じゃない。最後まで自分でいられる者ってやつだ」


 マヌの呟きが、雷の中に消えていった。


「俺はベリタリアを信じ、知略の賢者を捕縛した」


 アレスは、拘束されたまま、微笑んだ。


 だが、その笑みは、どこか「上から」だった。


「僕が知略の賢者と呼ばれた理由、君に分かるかね?」


 翔真は腕を組んで、首を傾げた。


「さぁ?俺には関係ないんで」


「ふ……言うねぇ。君、頭の中、読まれてるとも知らずに」


 その言葉と同時に、翔真の背後の空気が歪んだ。

 記憶が、空間が、思考が、絡み合う。


 アレスの能力――千迷路。


 相手の思考と感覚を同時に侵蝕し、現実と幻想の境界を崩す。


「君は今、どこに立っていると思う?」


 翔真が目を開けると、そこはさっきまでの戦場ではなく、光と影が交錯する果てのない迷宮だった。


 壁に刻まれた無数の思考の断片。


 どれも翔真の記憶だ。


 初めてゲアの大地に来た時の草原、風の匂い、高揚感――


 それらすべてが折り重なり、翔真を包み込む。


「君はこの世界から、出られない。自分の思考が迷宮を作っているんだよ。脱出するには、自分自身を――否定するしかない」


 アレスの声が響く。


 嘲笑と、哀れみを含んでいた。


 翔真は一瞬、黙っていた。


 そして、小さく呟く。


「……自分を否定、か。そりゃ面倒だな」


「認めたくないかい?人間の限界を」


「いや――ただ、めんどくせぇだけだ」


 次の瞬間、翔真の全身から蒼い光が溢れた。


 光は迷宮の壁を突き抜け、空間を裂く。


 アレスの目が驚愕に見開かれた。


「まさか……認識跳躍だと!?どうして、こんな事が――」


「俺、そういうの、昔から苦手なんですよ。頭で考えるより、先に体が動くタイプでしてね」


 翔真は足元を踏み鳴らす。


 すると、アレスの構築した思考迷宮が音を立てて崩壊していく。


「思考の檻ってのはな、作った奴自身が一番囚われてんだよ」


 翔真が手を突き出す。


 その瞬間、アレスの幻影が千の鏡片になって砕け散った。


「ぐっ……!」


 翔真は威圧で彼を黙らせた。


「ベリタリアが暴れてんのに、のんびり考え事してる暇は無いんです。悪いですね知略の賢者さん」


 アレスは苦笑した。


 その目の奥に、敗北ではなく理解の光が宿っていた。


「……なるほど。君、考えないようで……世界を読んでるんだね」


 翔真は肩をすくめた。


「俺は――自分を信じる方を選んだだけです」


 アレスの拘束がほどけ、静かに頷いた。


「君も……最後まで自分でいられる者か。なるほど、賢者の器だ」


 翔真は目を細めた。


 遠くで雷鳴が響く。


 ──


 雷鳴が大地を震わせ、焦熱と湿気が混ざった空気の中で、ベリタリアは静かに立っていた。


 裸足の足元に裂けた大地が見え、焦げたマントが乱れる。


 しかし、彼の瞳は揺らがない。笑みが、戦いの渦中で閃光のように浮かんでいた。


「ハァ……ハァ……来たな、翔真!!」


 拳に雷を纏わせ、マヌの牙を正面から受け止める。


「大丈夫そうで何より」


 参戦に来た翔真だったが、ポッケに手を入れ余裕の笑みを浮かべている。


 衝撃で爆風が走り、砂煙が舞う。水槍が飛び込むも、ベリタリアは身体を半回転させ、波を掴むようにして弾き返した。


 弾けた水が火花のように散り、空気が金属の匂いを帯びる。


 彼の動きは、ただの力任せではなかった。


 過去の極寒、火山、荒海、異端者との戦闘──その全てが無意識に体現され、攻撃の軌道、重心の取り方、反撃のタイミングとして現れる。


 誰もが見たことのない戦士の動きだ。


「ほほほ!お主、このワシを楽しませてくれるわい!!」


 葉っぱ爺さん、マヌは笑うが、目は鋭く、戦況を読み取ろうとしていた。


 ベリタリアの頭を一瞬よぎる回想。


 凍てつく雪原で、飢えに震えながらも笑った幼少期。


 火山を裸足で越え、灼熱に耐えた日々。

 海の荒波に飲まれそうになりながら、ただ前に進むことだけを考えた戦い。


 誰も認めてくれなかった日々の孤独と誇りが、今、この拳と足に宿る。


 雷撃が落ちる。


 マヌのナタが襲いかかる。


 シェルのトライデントが弧を描く。


 カルコスの剣が喉元を狙う。


 だが、ベリタリアは瞬時に計算する。


 ──踏み込み、誘導し、波を反撃に利用する。


 彼の脳裏に、瞬間移動の戦術が閃く。敵の背後を抑え、ベリタリアの動線を確保する。


 遠距離からの支援も無駄にせず、2人の戦力は一体となる。


 シェルの瞳が揺れた。


 恐怖ではない。尊敬。


「どうして……どうしてそこまで抗える!?」


 シェルの問いかけにベリタリアは笑む。


「俺は……限界で育ったんだよ」


 幼少期の極寒、孤独、血に染まった雪……全てを乗り越えた力が、今、雷光と火花の中にある。


 刃がぶつかる度、爆風と砂煙が周囲を巻き込み、空間が歪む。


 マヌが後退し、愉悦の笑みは消え、焦燥に変わる。


 シェルも呼吸を整え、水壁で余波を抑えるが、瞳の奥には圧倒される光があった。


 カルコスは、静かに水面に立ち尽くすかのように戦術を練る。


「俺は、誰にも認められない戦士だった。だから、今、ここで証明する。俺は確かに――生きていたってな!!」


 雷光に照らされるベリタリアの叫びが、戦場の中心で炸裂する。


 翔真は静かに歩を進める。


 彼の足音は、雷鳴と炎の中で不思議な秩序を作り出す。


 中心にいるのは、間違いなくベリタリア。


 その背中に宿るのは、孤独の戦士が積み重ねた全ての経験と誇り。


「翔真!!こっちはもう片付ける!!」


 ベリタリアの声が、雷鳴を割り、戦場の空気を振動させる。


「はいよ」


 翔真は無言で応え、2人の戦力は完全に連携する。


 雷と火花、水と爆風が交錯する中で、ベリタリアの戦いは試験の枠を超え、神話のような存在感を放つ。


 ──すると、マヌ、シェル、カルコスは手を止めた。


「ほほほ、辞めじゃ辞め。鬼畜戦士ベリタリア、お主は限界を極めすぎじゃ。翔真、お主は妙な余裕がある……まるで遠くから誰かに見守られているかのような余裕じゃ」


 試験官の声が、雷鳴のように大地に響き渡る。


 周囲の観客や残った受験者も息を飲んだまま、言葉を失う。


「てことは……」


 翔真の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「合格だよ」

「2人ともおめでとう」

「これからよろしく」


 続けて、葉っぱ爺さん――獣王マヌも頷き、ゆっくりと手を掲げた。


「わしからも合格を出す」


 その瞬間、会場中の試験官たちが一斉に合格の宣言をする。


「2人とも合格!!」


 50人の試験官の声が重なり、大地に共鳴するように轟く。


 観客席からは、数千の歓声と拍手が湧き上がる。


 数万人いた観衆も、既に戦闘の痕跡が残る空間で固唾を飲んで見守っていたが、今、歓喜と驚嘆の波が会場を包む。


 拍手と歓声は、セントラ中に伝わり、街の広場でも歓喜の声が響き渡る。


 翔真とベリタリアは、互いに視線を交わす。


 戦いの終わりの静寂と、達成の熱気が交錯する瞬間。


「……これから、始まるな」


 翔真の言葉に、ベリタリアは短く笑みを返す。


「今回のMV……、最優秀賞はお前だ、ベリタリア」


 翔真の声には、勝利の余韻とともに、確かな敬意が込められていた。


「おっ、俺?」


 ベリタリアは眉を上げ、少し驚きの色を見せる。


「俺には少々、簡単すぎた」


 翔真は微笑みながら言う。その言葉には、戦場での二人の連携の余裕と自信が滲んでいた。


「ふん、そうかよ」


 ベリタリアも短く笑う。拳を軽く握り、戦いの余韻を楽しむように胸に手を当てる。


「ところでベリタリア、俺の仲間になる気は無いか?」


 翔真の問いは、静かだが、力強さを帯びていた。


 絶の試験を共に駆け抜けた後、二人の間には言葉以上の信頼が生まれている。


 ベリタリアの目が一瞬光る。


「……フッ、面白そうじゃん。まぁ、考えてやるよ」


「因みに俺の仲間になれば、君の気になっていた、ずる賢い戦い方をする女の子に会えるかもよ」


 その言葉に、ベリタリアは思わず笑みを浮かべた。


「それは見物だな」


 こうして、ベリタリアは翔真の絆となり、世界にまた希望の光が見えた。


 試験会場に、静かな余韻が残る――二人の新たな物語の始まりを告げるように。


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