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絶の試験、1日目

 絶の試験──開幕。


 観客の歓声が空間を震わせた。

 

まるで地鳴り。


 人の声だけで岩壁が鳴動し、風が逆流している。


 自然が創り上げた巨大な円形闘技場の上空では、魂波動による空中モニターがゆらめいていた。


 画質は粗い。


 だが、誰も文句を言わない。

 

そのモニターを維持する魂波導師たちの顔は死人のように青白く、唇は血の気を失っていた。


 もはや、この試験より彼らの方が命懸けなのでは……?


 試験官たちが壇上に立ち、同時に声を放つ。


「「これより、絶の試験を開始するッ!!」」


 空気が裂け、歓声が爆ぜた。

 

翔真の鼓膜が震える。


 この瞬間、百二十名の受験者の視線が一点に集まる。


 ⸻


「トラル王国にいた頃、ボイルさんが言っていた」


 ──人間を辞めた連中が紛れ込んでいる、と。


 翔真はその言葉を思い出しながら、隣に立つベリタリアを見た。


 彼は笑っていた。まるで、これから祭りでも始まるかのように。


 ⸻


《試験内容発表》


 1日目

 ・水の中で火を灯せ

 ・炎の中で微動だにせず立て


 2日目

 ・雷鳴の上を渡りきれ

 ・闇の中で影と対話せよ


 3日目

 ・言葉を使わずに祈れ


──


「水の中で火を灯せだって……? 馬鹿らしい、できっこねーよ」

「あぁ、終わった。難しすぎる」

「くそ、出来るわけねー」


 翔真は彼らの嘆きを聞き流した。


 この人たちは──何のためにここへ来たのだろうか?時間を無駄にしに来たのだろうか?


 合格者が出ないのが普通の試験。


 それでも挑むのは、奇跡に魂を賭ける者だけ。


「賢者とは、選ばれる者ではなく、最後まで自分でいられた者」


 隣にいる、屈強そうな、お爺さんが呟いた。


「それを知らぬ者たちが、今日もまた理不尽に呑まれていく──」


「賢者とは、選ばれる者ではなく──」


 老人は、ふと立ち止まり、ゆっくりと空を見上げた。


「……最後まで、自分でいられた者のことを言う」


 隣に立つその男は、白髪を後ろで束ね、背筋は矢のように伸びている。


 その肌には無数の古傷。


 ただそこに在るだけで、周囲の空気が静まるほどの圧。


 強者──そう呼ぶしかなかった。


「それを知らぬ者たちが、今日もまた理不尽に呑まれていく……」


 老人の言葉が、風の音に溶けていく。


 ただ──


「あの……なんで下、葉っぱなんですか?……、ちょっとはみ出てるし」


 翔真の素朴な疑問に、老賢者の肩がビクリと動いた。


「……爺さん、それは、目に毒だぜ」


 隣にいるベリタリアがぼそりと呟いた。


 翔真は思わず目を逸らす。


 ──圧倒的強者、そして下半身葉っぱ。


 理不尽とは、きっとこういうことなのだろう。


「これはの、わしのありのままの姿じゃ。普段はもっとオシャレさんなんだがの」


「ふぅん。ところで葉っぱ爺さん。この試験、本当に初めてなんですか?」


「ほほほ、初めてじゃないわい」

 老人は胸を張り、誇らしげに笑う。

「わしは──獣の賢者、マヌ。巷では獣王なんて呼び方もされておる」


「……」

「……」

「……」


 沈黙。風の音だけが吹き抜ける。


「葉っぱ爺さん……それ、言っちゃダメなんじゃ?」


 俺が


「おぉ、いかんな。そうじゃな」


 マヌは葉っぱを直しながら、苦笑いを浮かべた。


「だが言ったところで──お主らは最後の最後で脱落するじゃろ?」


 にやり、と笑う。


 その笑顔は、冗談とも、未来視ともつかない。


 理不尽の試験会場に、ひときわ異様な静寂が落ちた。


「獣王。どこかでその名を聞いたことがあるような……」


 アトラーが、いつものようにテレパシーで話しかけてくる。


「斬撃の賢者。ルーナの師匠だ。トラル王国にいた時に、ボイルが言っていたぞ」


 翔真は目を細め、記憶を手繰る。


「あぁ……思い出した、この人か。全裸で大陸横断した人……」


 獣王マヌは、不気味な笑みを浮かべながら、俺達とは別方向に歩いていった行った。


 ──


「それでは、初めに水の中で火を灯せ」


 審判役が高らかに声を上げる。


 湖の水面は、朝の光を反射して銀色に揺れていた。


 しかしその下――水深数百メートルの闇は、まるで底なしの奈落のように沈んでいる。


 ここで、第1種目――《水の中で火を灯せ》。


「やってやるぜ」


 翔真は静かに息を整える。湖の冷たさが皮膚を刺すが、心はむしろ昂っていた。


「ふん、1時間でやってみせるわ」


 ベリタリアもまた、冷静な目で深淵を見つめる。端波動と然波動――彼の能力があれば、ほとんどの受験者より早く突破できるだろう。


 水に飛び込む。圧倒的な水圧が体を押し潰そうとする。


 耳がキーンと鳴り、視界はわずかな泡と自分の呼吸だけ。暗闇の中、目を凝らす。


 深く潜るたび、体が水の重みで引き裂かれるような感覚に襲われる。


 心臓は震え、呼吸の限界が迫る。しかし翔真は止まらなかった――呼吸を忘れ、手を前に伸ばす。


 目の前に、微かな光が揺れた。消えぬ焔……かすかな炎の粒が、深淵の底で微かに揺れている。


「これだ……」


 心の中で火を呼ぶ。言葉も息も届かない世界で、翔真はただ自分の意志を炎に託す。


 手が触れた瞬間、火が応えるかのように灯った。水の中で炎が揺れる――異様な光景だ。


 しかし、その光を頼りに、翔真は浮上を始める。


 ――時間にして2分。


 水面に顔を出すと、湖面の光が目に眩しい。

 

周囲の受験者はまだ潜ることすらままならず、恐怖で手足を震わせていた。


 ベリタリアは少し遅れて浮上する。


顔に水滴を浮かべながらも、目には自信と余裕が宿っていた。


「やったな、翔真」


 深く息を吐き、二人は互いの視線を交わす。


 その瞬間、周囲の混乱や恐怖が、まるで遠くの出来事のように感じられた。


 水中での火を灯す試験は、単なる力比べではない。


 冷たさに耐え、深淵の圧力に抗い、己の意志を炎に投影する――それが、この理不尽な試験の本質だ。


 湖の水面に揺れる二人の影。


 観客席では、数万人の歓声が空間を震わせ、岩壁が共鳴する。


「やはり、賢者になる者とは、選ばれるのではなく、自分で最後まで自分らしくいられる者なのだろうな」


 翔真は心の中で呟いた。


 第1種目――既に、彼らは他の受験者とは異なるステージに立っていた。


 ──


 第1種目をくぐり抜けた14名の受験者は、炎の試練場へと誘導された。


 そこは、自然が作り上げた岩盤の広場。


 無数の炎の輪が規則的に、しかし容赦なく揺らめく。


 熱波が渦を巻き、火の匂いが鼻腔を突き、空気そのものが揺らめいている。


 岩盤は焼け、足裏を刺すような熱を放つ。


──


「さて、次は炎の中で微動だにせず立て……」


 試験官の声が灼熱の炎の中に響く。


 制限時間は6時間。


 動けば炎は増し、声を発すれば空気が爆ぜる。

 ただ立ち、微動だにせずにいる――それだけの行為が、これほどまでに困難になるとは誰も思わなかった。


 翔真は隣のベリタリアに耳打ちする。


「ベリタリア、お前、何者なんだ?」


 ベリタリアは肩をすくめ、微笑む。


「俺か?まぁな。ファーデンの鬼畜戦士の家系だからさ、昔からこんな事ばっかりしてたぜ。翔真こそ、何者だよ」


「俺?まぁ後で分かるさ」


 翔真は拳を握り、炎の揺らめきに目を向ける。


 冷静を装うが、内心では体温以上に熱い何かが心を貫いていた。


 火の輪の中に足を踏み入れる瞬間、受験者たちの息が止まる。


 肌に触れる熱は想像の何倍も鋭く、微動すら許されない緊張が全身を締め付ける。


 時間が経つにつれ、焦げて倒れる者が出る。


 炎を避けようとして動いた者、声を漏らした者は

 瞬く間に試験場から姿を消す。


 まるで炎そのものが受験者の理不尽を見抜き、裁きを下しているかのようだ。


 ベリタリアはその中心で、微笑を浮かべたまま立つ。


 炎の揺らめきに揺れる髪、焦げた匂いは全く気にならない。


 その余裕は、翔真にとっても刺激となる。


「……こいつ、化け物か」


 翔真は自分を奮い立たせる。


「俺は俺らしく、最後まで立つ」


 炎の熱波が体を襲うたび、拳の力を意識して心を鎮める。


 動くな、声を出すな、ただ己を貫け――それだけを考えた。


 時間が過ぎ、6時間が目前に迫る。


 倒れた者の数はさらに増え、最終的に14名からたった6名だけが炎の試練を通過した。


 湖での冷水とは違い、ここでは生存率そのものが神話的な数値である。


 翔真とベリタリア――二人は、互いに目を合わせ、微笑む。


「次も、行くか」


 炎の中で微動だにせず立つことですら、この理不尽の神話に挑むための小さな序章に過ぎなかった。


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