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到着

 中世の石畳が延々と続き、その上に立つのは鋼鉄とガラスで組まれた高層建築群。


 まるで過去と未来が一枚の絵に押し込められたような都市――セントラ中央皇軸国の首都。


 人々は馬車と蒸気車を行き交わせ、ランプが昼間から光を投げかけ、塔の上には飛行船がゆっくりと旋回していた。


「なんだアレ……」


 ベリタリアが目を丸くし、古代遺跡の柱に寄りかかるように建つ超高層の建物群を見上げる。


 彼の視線の先には、天を突く時計塔と、その横に佇む大聖堂――まるで神と人間の力が拮抗しているかのような景観が広がっていた。


 確かにアゼルにも百貨店ビルはあった。

 だが、この都市は次元が違う。


 ――そう、まるで1900年代前半のニューヨーク。摩天楼が林立し、人と文化と権力のすべてが渦巻く場所。


 ここはただの都市ではない。


 世界の歴史そのものが、この場所を中心に回っているのだ。


 みんな、何らかの目的と夢とチャンスを追い求め、ここを目指してやって来る。


 商人は一攫千金を、学者は未知の叡智を、旅師は栄光を、貴族は権力を。


 セントラの大通りを歩けば、それぞれが胸に抱く物語の熱が渦巻いていて、空気そのものが欲望と野望の匂いで満ちていた。


 ここに来れば、何かを得られる。


 そう信じて、人は世界の果てからでもやって来るのだ。


 大通りに一歩踏み入れた瞬間、俺たちは押し寄せる人波に飲み込まれた。


 肩と肩がぶつかり合い、声と声が重なり合う。


「安いよ安いよ!北の大草原から届いた新鮮な肉だ!」

「こっちは幻獣の毛皮だよ!今しか手に入らない!」


 屋台の呼び込みが両耳から飛び込んでくるかと思えば、隅では大道芸人が炎を吹き、子供たちが歓声を上げていた。


 そのすぐ横では、胡散臭い占い師が「未来を見せてやろう」と通りすがりに声をかけている。


 路上には、香辛料や焼き菓子の匂いが混じり合い、鉄と油の匂いとともに鼻腔を刺激する。


 行き交う人々の間を、すり抜けるように子供の姿が消えたと思えば、誰かが財布を失って叫んでいる。


 混沌と秩序が入り交じる――それがこのセントラの呼吸そのものだった。


 ──


 アトラーがテレパシーで翔真に呟いた。


「セントラは、マステルよりもずっと古い。建国の記録すら曖昧でな、誰が最初にこの都市を築いたのか、今となっては誰も知らん」


「え、マステルより?」


 翔真が足を止める。


「そうだ。マステルが栄えた頃には、すでにセントラは人に選ばれた帝都として存在していた」


 その声に混じって、遠くの鐘楼が低く鳴る。


 鉄と石の街並みに、時の音がこだまする。


「セントラは文明の中心であると同時に、常に戦火の中心でもあった。王が変わり、宗教が滅び、国が何度も姿を変えても、この都市だけは決して消えなかった。まるで歴史そのものがこの地に根を下ろしているようだ」


 アトラーは続ける。


「この石畳の下には、数千年の街が埋まっている。


 その上にまた別の時代の都が築かれ、さらにその上に新しい時代が重なった。今、我々が歩いているのは――七層時代目のセントラだ」


 翔真は思わず息を呑んだ。


 地の底に、幾重もの文明が折り重なって眠っているというのか。


「つまりここは、人の歴史が幾度も交わった場所。だからこそ、この都市に生きる者は皆、自分こそが中心だ。と思っている。

 それがセントラの強さであり、傲慢さでもある」


 アトラーの声が低く響く。


 光と影がその顔に交互に落ちるたびに、翔真はこの都市の底に眠る見えない重みを感じた。


 ――ここでは、過去も未来も同時に息をしている。


 それが、セントラという都市だった。


 ──


 広場の鐘が正午を告げる。


 その澄んだ音が街の空を震わせると、白い布で顔を覆った役人たちが大聖堂の階段に並び立った。


「──聞けぇい!!

 二日後の絶の試験の観戦予約者会場は大聖堂にて執り行う!!特別観戦枠の者は北門より入場せよ!!」


 張り上げた声は、拡声筒によって石畳の街路を反響しながら人々の耳に届いた。


 陽光が白い尖塔を照らし、掲示板の銘板が光を弾く。


 ざわめきが潮のように広場を覆っていった。


「今回は観戦者がいるんだな」


 翔真が呟くと、ベリタリアが肩をすくめて言った。


「去年までは非公開だったんだ。各国が人材の流出を警戒してな。けど、今年は違う。商会も貴族も軍関係者も──皆、新しい英雄をこの目で見ようとしてる」


 広場の中央には巨大な掲示板が設置され、受験者の名前や出身地が刻まれていく。


 書記たちは速記装置で次々と更新を記録し、記者や観覧客が熱を帯びた声でそれを読み上げた。


「……まるで、国家の威信を賭けた見世物だな」


 翔真が言うと、ナイトが静かに答える。


「はい。ですがこの熱狂の裏には、誰かの計画が潜んでいます。ご用心を、翔真様」


 その言葉に翔真は小さく息を吐いた。


 群衆の声が渦のように回る。


 鐘楼の上では、放たれた鳩の群れが円を描きながら空へと舞い上がった。


 白い羽が陽光を反射し、街の上空で煌めく。


 それはまるで、これから始まる選抜の戦いの幕開けを告げる合図のようだった。


「さて、ベリタリア、ナイト。何処に泊まる?」


 夕暮れのセントラ。


 空は群青と金の狭間で燃え、街灯が一つ、また一つと点りはじめる。


 通りを行き交う人々の影が長く伸び、露店の明かりが石畳に揺らめいていた。


「路地裏でいいかな」

 ベリタリアが気だるげに笑う。背後では蒸気車の汽笛が鳴り、黒煙が夕空を切り裂いていく。


「翔真様が選んだところに従います」

 ナイトは淡々と答え、目線だけで人波の動きを追っていた。


「……まぁ、せっかくだし、雰囲気のある宿にしようか」


 翔真は通りの先に視線を向ける。


 そこには、古い石造りの基礎の上に最新技術の塔を積み重ねたような建物がそびえていた。


 最上階には蒸気の噴出口と光の輪が浮かび、下層では職人と商人が忙しなく出入りしている。


 壁面には青い灯を灯した看板──《旅籠エスカリエ》。


 階段を意味するその名は、まるで挑戦者を誘うようだった。


 扉を押し開けると、金属のベルが柔らかく鳴る。

 中は豪奢な赤い絨毯と香ばしいパンの匂い。


 磨かれた木製カウンターの背後には、時計仕掛けの飾り歯車が静かに回転していた。


「いらっしゃいませ──三名様で?」


「はい。二泊、お願いします」


「現在、大変混雑しておりまして、八人部屋になりますが……宜しいでしょうか?」


 翔真が首を傾げる。


「VIP部屋とか、無いの?」


 受付嬢の尖った耳がぴくりと動いた。

 透き通るような肌に微かな笑みを浮かべて言う。


「ございますが……カードをお持ちでない方は、少々お値段が高額です。

 一泊おひとり様で、三百万エストンになります」


「三百!?」


 ベリタリアが絶句した。


「二泊二人で千二百万エストンでお願いします」


 翔真が袋から札束を取り出す。


 その瞬間、周囲の空気が変わった。


 ざわつく宿泊客。受付嬢の目がわずかに揺れる。


「翔真、これどっから出した!?」


「トリックだよ」


 ぽかんとするベリタリアを横目に、エルフの受付嬢は完璧な手つきで札を数えた。


「……確かに。お支払い、確認いたしました。お部屋は最上階、三号室です。専用の昇降筒をご利用くださいませ」


 ──


「へぇ、ここ、エレベーターあるんだ。さすが文明都市だけある」


 鉄格子の箱の中、床の発光盤が静かに光り、滑るように上昇を始めた。


 下に広がるロビーの人混みが、みるみる豆粒みたいに小さくなっていく。


「翔真、どんどん上に昇って行くぞ!」


「最高の景色が見られるぞ〜!」


 ベリタリアが手すりにかじりつき、ナイトは黙って外を見ていた。


 ガラス越しに見える街は、光の海そのもの。


 夕焼けと街の暖かな光に照らされる、空中を悠々と飛ぶ飛行船、蒸気塔から噴き上がる煙、風に踊る無数の灯り。


 その光景は──まるで世界の鼓動が、目の前で動いているようだった。


 最上階の部屋に通されると、そこはまるで別世界だった。


 壁一面が透明な強化ガラスで造られ、眼下にはセントラの夜景が広がっていた。


 無数の灯が川のように流れ、塔の先端には飛行船の光が点滅している。


 遠くでは蒸気の霧が街灯に照らされ、金色の雲のように漂っていた。


「……すごい。こんな景色見た事無いよ」


 ベリタリアが呆然と呟く。


 だが、その中に――ひときわ異様な光があった。


 街の外縁、黒い山脈の向こうに、眩い閃光が断続的に瞬いている。


「……あれ、もしかして」


 翔真が目を凝らす。


 その光の正体を、ナイトが静かに告げた。


「はい。恐らく、あれが絶の試験の会場です」


 遠方に広がるのは、自然が穿った巨大な円形の地形。


 地盤そのものが裂け、溶岩と雷光が脈動している。


 人工の灯ではない――


 それは、大地の奥底から噴き上がる原初の光だった。


 その周囲には観戦席のような構造がいくつも並び、夜空を照らすほどの熱気を放っている。

 だが、不思議と冷たくもあった。


 まるで世界そのものが、その試験の存在を「畏れている」かのように。


「……あれが、舞台か」


 翔真は静かに息を吐いた。


 文明の頂から見下ろす光の海の中、ただ一つ――

 あの場所だけが、神に近い何かの鼓動を放っていた。


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