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暗殺計画

 王城の影に潜む、三つの影。


 灯りに照らされずとも、その動きは異様に滑らかで、息を合わせるようでいて、どこかずれている。


 ひとりが懐から短剣を取り出し、刃を光にかざした。

 その刃が小さく回転する。

 手首の返しは芸術的で、まるで舞台の幕開けを告げる俳優のようだった。


 もうひとりは、腰から毒針を抜き取る。

 指先で針を弄び、影の中で五本を束ねてひとつにする。

 その手の動きは、蜘蛛が獲物を糸で絡めるかのように粘り気があった。


 最後のひとりは、掌に火薬玉を忍ばせる。

 指先で弾くと、玉は小さな光を灯し、消えた。

 不穏なリズムを刻むように、彼は二度、三度と同じ仕草を繰り返す。


 三人の手の動きが重なった瞬間、空気が張り詰めた。

 彼らの影は、互いに共鳴するかのように膨らんで見えた。


「……、今日が決行の日とは、幸運だ」

 短剣の男が、唇を舐めながら囁いた。


「それがいい。王が油断している隙に」


 毒針の男が、冷たく笑う。


 ──


 舞台は王城・宴の間。

 大広間には琥珀色の燭光が揺れ、煌びやかな衣を纏った貴族や豪商たちが杯を掲げていた。


 王の隣には翔真。

 まるで古くからの友のように、トラル王は肩を組み、終始ご機嫌で酒を勧めてくる。


「ハッハッハ! 翔真よ、リタンの復興の話をもう一度聞かせてくれ! 皆も聞きたいだろう!」


「いや、そんな大したことは……」


 翔真が苦笑しながら答えると、場のあちこちから感嘆の声と拍手が起こった。


 ──その空気を、三人の暗殺者は陰の柱から睨みつけていた。


「(まずい……王があまりにもあの青年を気に入りすぎている)」


 短剣の男が奥歯を噛みしめる。


「(予定と違う。王が群衆の中心に居座ったら、矢も毒も使えねえ)」

 毒針の男が焦りを隠しきれない。


「(……計画の根が狂った。だが、狂わせたのはあの黒髪の若造だ)」


 火薬玉の男が低く吐き捨てる。


 ──そう。


 三人の綿密に積み上げた「計画」は、たった一人の存在によって瓦解していた。


 王は舞台の主役であるはずだった。


 だが今、この場を支配しているのは翔真という異邦人。


 王の注意も、貴族たちの視線も、全てが彼に注がれている。


「……今日が決行の日とは、幸運だ、なんて言ったな」


 火薬玉の男が苦々しく呟く。


「違う。これは最悪の日だ」


 その瞬間、翔真が振り向いた。


 視線が一瞬だけ、柱の陰に潜む三人と交錯する。


「……?」


 何かに気づいたように翔真が首を傾げると、すかさずナイトが前に出て周囲を睨んだ。


 鋼の瞳に射抜かれた暗殺者たちは、わずか一呼吸分、動きを止める。


 その時だった。


 火薬玉を弄んでいた男が、唐突に手を止めた。

 影の奥から覗くその目が、仲間ふたりを射抜く。


「お待ちください」


 二人の手の動きが一瞬止まる。


 その沈黙の間すら、刃と毒と火薬の匂いが混ざり合い、爆ぜる寸前の緊張感を孕んでいた。



「王様。お腹を壊したようで、少し御手洗に行ってきます」


「おう! 気をつけてな!」

 トラル王は笑いながら杯を掲げ、翔真を気遣う。


 ──


 重厚な扉を抜け、宴の喧噪から離れた回廊へ。

 月光が差し込む大理石の廊下はひどく静かで、外の潮風がカーテンを揺らしていた。


「……ふぅ」

 翔真は一息つき、首筋に残る宴の熱気を払うように外気を吸い込む。


 その瞬間。


 ──カツン。


 規則的でない、三つの靴音が響いた。

 左の柱、右の影、そして背後。

 不自然な気配が同時に近づく。


「……お手洗いは、どっちでしたっけ?」


 翔真はわざと明るい声で呟いた。


「……残念だな。若造」


 影のひとりが、刃を月光に反射させた。


「王の寵愛を受けすぎた。ここで潰させてもらう」


 冷たい声が響き、三人の暗殺者が闇から歩み出る。


 短剣、毒針、火薬玉。


 それぞれの手が、まるで舞台の演者のように滑らかに動く。


 ──まさしく「決行」の合図。


 翔真はため息をつき、肩を竦めた。


「……ったく。御手洗くらい、静かに行かせろよ」


 ──


「ナイト」


 俺は短く、捕らえる合図を送った。


「はっ、翔真様」


 返答と同時に、ナイトの背から鎖が閃光のように走った。


 冷たい金属音が回廊に響き、暗殺者たちの影を寸分違わず絡め取る。


「な──っ!?」

「速すぎ……!」


 抵抗する間もなく、三人の身体は柱に叩きつけられ、蛇のような鎖に締め上げられた。


 ギシリ──。


 鈍い骨の軋みが、夜の静寂を割った。

 呻き声が漏れる。


「ひ、ひぃっ……!」

「や、やめろ……折れる……っ!」


「ご主人様、捕縛完了いたしました」


 ナイトは淡々と告げる。その声音に一切の感情は無い。


 俺は眉をひそめ、囚われた三人を見下ろした。

 その首筋からは冷たい汗が滴り落ち、目は怯え切っている。


「……余計な音を立てるな。王の前だぞ」


 俺はそう言い捨て、鎖の余韻が消えゆく回廊を一瞥した。


 ──


「お前らはなぜ、こんな情けないことをしようとする?」


 俺の声は低く、宴のざわめきに紛れるほど静かだった。


 暗殺者の一人が苦笑を浮かべる。


「……ふん。お前はトラルの出身じゃない。なら、この苛立ちも分からないだろう」


「そうか」


 俺は肩をすくめた。


 次の瞬間、ナイトの鎖がさらに締まる。

 ギリギリと骨を挟むような音が響き、男の口から獣のような悲鳴が漏れた。


「うがァァァ!!分かった!話す、話すから!」


 汗に濡れた顔で、男は叫んだ。


「……俺たちは、トラルの社会主義にうんざりしてるんだ!」

「皆が平等?笑わせる。実際は、王族や上の連中が分配の名目で、好き勝手に財を握ってるだけだ!」

「俺たち労働者は、一日十六時間働いても飯がまともに食えねぇ!」


 他の二人も、うつむきながら呻くように続ける。


「理想を掲げるだけ掲げて、俺たちには屑みたいな賃金……」


「街は光り輝くが、裏路地は飢えで死んでいく……それが現実だ」


 ──なるほど。


 王の権威を掲げ、社会主義を謳いながらも、実態は腐った分配。


 そこに鬱積した不満が、今日の暗殺計画へと繋がったわけか。


 俺は目を細め、三人を見下ろす。


「言いたいことは分かった。だが──それと、王を殺すことは別問題だろ」


「……!」


 暗殺者たちは言葉を失った。


 ナイトの鎖が再びきしみ、彼らの喉を冷ややかに圧迫する。


「ご主人様、処断いたしますか?」


 俺は深く息を吐き、頭を振った。


「いや。まだ王の耳に入れる価値はある」


 暗殺者たちの吐露を聞き終えたあと、回廊に残る空気が少しだけ変わった。火薬と怨嗟の匂いが、今はただの生々しい事情に変わっただけだ。


 俺は彼らをじっと見下ろす。目の前の三人は泥にまみれたような顔色で、怒りと疲労と諦観が混ざっている。


 短剣を握る男はもう力なく震え、毒針の男は視線を何度も剥がし、火薬玉の男は冷や汗で頬を濡らしていた。


「お前ら──なぜ王を潰すのが答えだと思った?」


 問いは淡々と放たれた。俺の声に驚いて、彼らは肩をすくめる。


「だって……変わらないからだ。上は嘘をついて、下は食えない。王が変わらなきゃ、何も変わらない」


 短剣の男がやつれた喉で言う。言葉は粗いが、腹の底からの本音だった。


 俺は少しだけ笑った。哀れ、というよりは面白さに近い感情だ。物事を壊すことで答えが出ると信じるほど単純な世界が、この世にはまだある。


 いや、むしろそれを信じ込まされている人々が一定数いるということを、今の俺は知っている。


「わかった。お前らの怒りは理解した。だが――やり方を間違えている」


 ナイトが鎖を引き絞り、三人をしっかりと床に固定する。金属の締まる音が、三人の言葉を遮るかのように響いた。


「お前らを処刑して終わりにするのは簡単だ。だがそれで根本は変わらない。むしろ暗い種だけが撒かれて、次の誰かが同じことを繰り返す」


 俺は回廊の石畳を足で指で示すように蹴って、冷たく言った。


「だから、利用する。お前らを、だ」


 短く吐き捨てると、三人の顔に狐のような光が差す──恐怖と希望の混ざった複雑な表情だ。


「利用って……どういう?」


 毒針の男が問い返す。怯えたが、どこか期待している自分もいるのが見える。


「お前らが持っている不満、内部ネットワーク、連絡先、拠点。全部吐かせる。俺はそれを王に公表するんじゃない。王の手の及ばない場所にぶら下げて、匂いを嗅がせる。内政の弱点を洗い出し、誰が分配を食い潰しているかを赤裸々にする」


 俺は冷静に、だが確実に言葉を詰める。


「それで何の得があるんだよ、お前は」


 火薬玉の男が疑い深く言う。


「得?」


 俺はナイトの方をちらりと見てから、彼らをまた見た。暗闇に押し込まれていた者たちの目は揺れている。


「お前らが望むのは――正義か、最低限、生きるための改善だろ?情報と引き換えに、お前らには一時的な保護と食の保障を与える。その後はお前らが望むなら国外脱出の手配もする。だが、その代わりに俺の命令を聞け。王の手の者を見張れ、奴らの動きを報告しろ。端的に言えば、俺のスパイだ」


 三人は互いに目を合わせた。互いの呼吸が聞こえるほど静まり返る。


 短剣の男が小さく笑った。乾いた笑いだ。


「情けねぇ話だな。俺たちみたいなやつが、今度は王のために働くってのか」


「情けないのは、そのままのやり方でコソコソ暗闇の中で動き回る奴だ。虫より酷い」


 俺は首を振る。声には苛立ちも含まれているが、決して冷たくはない。誰かを操るのは嫌いだが、使うべきときには使う。


「条件はこうだ。お前らの首に付けるのは観察用の留め具だ。ナイトが外さない限り、逃げられない。隠し通路、拠点、名のある指導者の居場所を示せ。それと、ここから一週間、俺の目の届くところで行動しろ。いいな?」


「一週間で利益なんて出るのか?」


 毒針の男が疑念を口にする。


「出す。俺はお前らをただの駒にはしない。使い捨てもしない。だが条件は一つ、お前らが吐く情報は嘘偽りなく、完全でなければならない」


 俺は言い切った。嘘は即座に見抜く。ここで騙せば、全てが狂うのだ。


 ナイトが右手を少し動かし、鎖の結び目を固める。男たちの呼吸が一段と粗くなる。だが、同時にどこかの安堵も漂う。


 命を切り売りする代わりに、未来の可能性を買う──そんな選択肢を、彼らは切実に求めていたのだ。


「……分かった。やってやる。だが、俺たちにも一つ条件がある」


 短剣の男が言う。鋭い目つきが戻ってくる。彼にはまだ戦士の気骨が残っている。


「条件は?」と俺。


「俺たちが動くとき、王が見張りを増やすようならその情報だけは先にくれ。奴らから家族を守れるようにしたい。あと……」


 男は言葉を詰まらせた。


「あと?」


 俺は促す。


「王の腐敗を暴くのは俺たちだ。お前の手柄にしないでくれ。俺たちにも名誉を与えてくれ」


 彼らの顔に、泥の中の小さな誇りが戻る。


 俺は一瞬、考えるふりをした。


 計画を正確に進めるには、彼らの協力は必要だ。だが、彼らを丸ごと英雄化するのも馬鹿げている。


 どこで線を引くかは重要だ。


「いいだろう。だが公の場での名誉は約束しない。だが、真実を蒸留して、変えるべき構造を壊す手伝いはする。お前たちのやり方が正しかったかは後で判断する」


 俺は言った。冷徹だが、誠実でもあるつもりだった。


 三人は渋々うなずく。ナイトは静かに、その動きを監視するように息を潜めた。


 こうして、夜の回廊で決まったのは――暗殺の失敗を無駄にしないための取引だった。


 使い捨ての処理ではなく、情報という火を灯し、それで内側から腐った部分を焼き尽くす。


 荒療治だが、今のトラルの状況には必要かもしれない。


 回廊の外では宴の喧騒がまだ続いている。王の笑い声が遠くで響き、波のように戻ってくる。


 俺はそいつに背中を向け、静かに言った。


「さあ──始めよう。まずは、誰が分配を横領しているかを教えろ」


 三人の影が縮んだように見えた。だが、その目にはもう単なる憎悪だけではなく、生き延びるための細い希望が灯っていた。

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