表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/49

崩落の騎士②

 ──夜の山道。


 アステリアは馬を置き、静かなリタンに続く参道を一人で進む。


 心の奥には、緊張と不安が混ざり合い、重くのしかかる。


 上空には雲がウロコのように連なり、月明かりに鈍く光る。


 遠く、山の向こうから微かに太鼓のような音が響いてくる。


 鼓動のような衝撃音。


 地面が微かに震え、風も異様にざわめいている。動物の声も虫の声も聞こえない。


「何が起こっているの……?」


 アステリアは声に出さず、自らに問いかける。


 そして、地面がえぐれている。


「なにこれ……?」


 さっき来た時には、こんな大きな穴はなかったはずだ。


 馬をも飲み込みそうな穴を松明で照らすと、それは大きなワームの口だった。


 呼吸をしている。動いている。

 驚きで声も出ず、地面に尻もちをつく。


「え??なんなの……??今のは……??」


 震える声で穴をもう一度見ると、そこには何もいなかった。


「気のせいよね……」


 まさか、古代種のワームが潜んでいるなんて。


 私、疲れているのかしら……?


 だが、背後で地面が不自然に膨らむ。


 土を割るような音がして、馬が激しく暴れた。


 振り返ると──土の中から、馬を喰らわんとえぐるように現れる巨大なワーム。


 その牙と蠢く体が、月光に黒く光る。


 ──逃げる時間は、ほとんど残されていない。


 幻覚じゃない。


 目の前の光景は、確かに現実だ。


 土が盛り上がり、蠢く影が明確に形を持つ。


 鼻腔に届く土の匂いと、微かな湿った腐臭。これが幻覚なわけがない。


 しかし、何故──古代種のワームがこんな場所に潜んでいるのか!?


 山道は人も馬も通る安全な道のはずだ。ここに、封印されていたはずの存在が現れる理由などあるのか?


 世界は、知らぬ間に狂い始めている。


 アステリアは心の中で問いかける。


(今、世界で何が起こっているの……?)


 答えは風も光も教えてはくれない。


 ただ、蠢くワームの体が、山道を押し潰すように暴れている。


 ──逃げるしかない。


 だが心の奥底で、戦う覚悟も芽生えていた。


 ──夜の山道、冷たい風がアステリアの髪を乱す。


 視界の端で、土の盛り上がりがさらに大きくうねる。


 光と影が絡まり合い、巨大なワームの口がゆっくりと開いた。


 そして、驚愕の声が耳に届く。


「そこの人間、安心しろ。我らは人間の敵では無い」


 ──喋った!!?


 アステリアは思わず後ずさる。


 古代種が言語を操る?


 いや、そもそもなんで通じているのか?この世界で人間の言葉を理解しているのか?


 その瞬間、頭の中が疑問で埋め尽くされる。


「えっと……質問したいことが山ほどあるんだけど……」


 口をついて出た言葉に、ほんの少し震えが混ざる。


 心臓が早鐘のように打つ。


 目の前の存在は、ただ巨大で恐ろしいだけではなく、知性と意思を持っている。


「当たり前だろう。お主らに言葉を教えたのは元を辿れば()()だ」


 その声には威圧もなく、ただ静かな説得力があった。


 その瞬間、アステリアの脳裏に歴史の概念がひっくり返される。


 教科書、伝承、古文書──全てが塗り替えられるような衝撃。


(今までやって来た歴史の授業は何だったの……)


「私はアステリア・ローグ。君、名前は?」


 呼吸を整え、慎重に問いかける。

 胸の奥では恐怖と好奇心がせめぎ合う。


「名はロープ」


 ──短く、しかし重みのある名。

 響きに力強さが宿り、揺るぎない存在感を放つ。


「ロープさん、お願いがあるんだ。友達の安否を確認して欲しい!!命は幾らでもやる!!」


 声が震える。言葉に焦りが滲む。


 全身の血が熱を帯び、手が思わず拳を握る。


「お主の命は要らんが、友達だと?」


 声には疑念もなく、淡々とした力強さがある。


 体の芯に直接響くような、圧倒的な存在感。


「翔真っていうんだ!!」


 言葉を叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。


 暗闇の山道に、感情が反響する。


「なんだ、翔真様か。あの人は平気だ。何故なら《《我々》》、古代種を地上に解放してくれた恩師だからな」


 ──言葉を聞いた瞬間、アステリアの胸は大きく揺れた。


(恩師だって……??)


 恐怖、安堵、驚愕、そして何より、歴史の流れそのものを目の当たりにしているという畏怖。


 全身の血が熱を帯び、風の冷たさも、暗闇の不気味さも、すべてが霞む。


 目の前の巨大なワーム──ロープは、ただの獣ではない。



 ──


 大気圏。


 青と黒が渦巻く空の只中、翔真と崩落の騎士の死闘は、未だ終わる気配を見せない。


「楽しいな!騎士さん!」


 翔真の声は、絶叫でも歓喜でもない。純粋な遊戯心が、その口から溢れ出していた。


 肉体も感覚も限界を超え、血と衝撃と風圧が身体を打つ。


 それでも彼の目は輝き、笑みは戦慄すら含む。


 崩落の騎士は無言。だがその動きは、まるで会話を交わすかのように翔真の行動に反応する。


 剣を振るたびに空気を裂き、瓦礫と衝撃波が周囲の大気を震わせる。


「──次はどう出る、騎士さん?」

 翔真は空中で軸を変え、崩落の騎士の足元を縫うように動く。


 一振りの剣が地面を叩き、空間を裂き、轟音が雲を突き抜ける。


 衝撃の反響で空気が波打ち、雲が裂けて光が飛び散る。


 まるで世界そのものが彼らを軸に回転しているかのような錯覚。


 ──これはもはや遊戯ではなく、空中に描かれた災厄の舞踏。


 翔真の血の軌跡と、瓦礫に包まれた崩落の騎士の剣筋が、空のキャンバスに無数の線を刻んでいく。



「アトラー、こいつは俺のものにする」


 冷たい空気を切り裂くように宣言する翔真。


「遊びは終わったのか?」

 アトラーの声には、静かだが鋭い警告が含まれていた。


「別に、今日じゃなくてもいいし」

 翔真は笑みを浮かべつつ、崩落の騎士を空中で止める。

 瓦礫に覆われた巨体が、重力を無視するかのように静止する。


「すまない。魔改造するわ」

 その言葉と共に、翔真の手が光を帯び、崩落の騎士の構造に干渉する。

 砕け散る鎧、空洞の内部、衝撃波の流れ──すべてを自分の思うままに再構築する。


 動きが徐々に滑らかになり、剣の振り方や衝撃波の出力まで、翔真の意図に従い始めた。

 まるで巨大な生ける兵器が、新たな意志を宿したかのようだ。


 オルガが見たら絶対好きそうだな、こんな“魔改造。


 だが翔真の顔には遊び心と計算が混ざり合い、戦場は再び静かに、しかし凄まじい期待感に満ちていった。


 ──


「完了!!これでお前は俺の……いや、遊び相手で護衛係だ!!名前は……ナイトかな」


 翔真の声に、空中の崩落の騎士が微かに反応する。


 瓦礫の隙間から漏れる光が、まるで新たな意志を宿したかのように瞬いた。


「お主はよくそんなこと思いつく」


 アトラーは静かに呟く。冷静だが、内心は少し感心している様子だ。


「まぁまぁ、後でオルガにもっと強化してもらうから」


 翔真は笑みを浮かべ、崩落の騎士の肩に手を置く。


 巨体の鎧が微かに振動し、遊び相手としての忠誠を示すかのように立ち上がる。


 アイシェの修行相手に……、まだ早いか。


(アイツら元気かな……?)


 ──


 ──


 翔真と、元塔の手下──崩落の騎士、現ナイトは地上に降り立った。


 翔真はふと、アステリアの元へ戻ろうと考える。

「アステリアさん、絶対に顔真っ赤にして怒ってるだろうな……」


「いや、お主のこと、むしろ顔真っ青にして心配していたぞ」

 アトラーは冷静に、しかしどこか楽しげに口をつぶやく。


「それも嫌だな」

 翔真は少し苦笑する。


「今のナイトのように魔改造できるが、どうする?」


「お前は本当に人間に対して悪魔だな……。精神を操るようなことはなるべくしたくない」


「我々にとっては、人間も悪魔もロボットも変わらんがな」


 アトラーと軽口を交わしながら歩く。


 だが、その会話の合間に疑問が浮かぶ。


 ──なぜ、異端者らがリタンの街にいなかったのか。


 翔真は視線を隣のナイトに向ける。


 重要依頼書では、異端者と堕天がリタンを占拠していると記されていたが、実際に残っていたのはナイトだけだった。


「……なるほど」


 翔真の頭の中で、事態の輪郭が見え始める。


 異端者らは兵器としてナイトを持ち込んだものの、何らかの不具合で暴走。結果としてリタンをもろとも破壊してしまったのだ。


「意外と物事って単純なのかもな」


 ナイトの冷たい鎧を見つめ、翔真は静かにそう呟いた。


 世界の混沌を前に、だが今は確かに、物語の一片が形を取り始めていた。



「おーい!!翔真様ー!!」



 声の主は、森の向こうから駆けてきた古代種ワームのロープだった。


「ロープとアステリアさん!!」


 アステリアは駆け寄り、肩で息をしながらも、顔には安堵と苛立ちが入り混じっている。


「もう、本当に心配したんだからね」


「すいません……」


 翔真は頭をかき、軽く謝る。


「君には色々、聞きたいことがあります」


 アステリアの瞳は真剣だ。


 その目には、戦場での激闘を見届けた者だけが持

 つ鋭さが宿っていた。


 ──空にはまだ、瓦礫と崩壊の痕が残る。


 だが今、三人の仲間は再びひとつの呼吸を取り戻していた。


 ──


 こうして、翔真の摩訶不思議な力によって、

 土と瓦礫に覆われていたリタンは、一晩のうちに元の姿を取り戻した。


 砕けた石畳はぴたりと元通りに整い、倒れた建物もまるで何事もなかったかのように再生する。


 人々の家々には灯りが戻り、街角には再び生活の匂いと笑い声が漂い始める。


「これで……大丈夫だな。とりあえず、旅師ギルドには異端者と堕天を倒しました、って報告しますね。

 あと、この復興に関しては出来れば、内緒でお願いしますね、アステリアさん」


 翔真は地面を見下ろし、微かに息を吐いた。


「う、うん……」


 アステリアはその光景を見つめながら、唇をかすかに震わせた。


 目の前で展開される非現実的な光景に、言葉を失い、ただ静かに呼吸を整えるしかなかった。


 ──非常識だわ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ