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強者の責任

 俺、翔真は──晴れて旅師試験に四枠すべて合格し、達人旅師の称号を手に入れた。

 しかも驚くべきことに、フロルも同じく試験を受け、見事一発で四枠合格。


 二人揃って新たな道を踏み出せるとは、これ以上ない幸運だ。


 というわけで、今夜は屋敷で祝賀会。豪華な料理とともに、これからの旅路を祝福する宴が始まった。


 だが、主役のはずの俺は、喧騒から少し距離を置き、テラスでひとり風に身を寄せていた。

 ここ一ヶ月、耳に入るのは異端者の情報ばかりだ。


 アゼル王都に侵入した異端者の末路は二つ──城の地下牢で一生監獄されるか、民衆の面前で公開処刑。


 最近は後者が多く、至る広場に断頭台が設けられ、民衆はそれを日常の一部として見物している。


 異端者といっても、ただ堕天信仰をしているだけならまだ軽い。


 だが、彼らは往々にして堕天の旗の下に集い、攻め寄せてくる。だから厳罰は当然という空気が支配しているのだろう。


 ただ、俺には一つ、素朴な疑問があった。

 牢獄行きなら理解できる。だが公開処刑を見世物にするのは、堕天側の反感を煽り、さらなる衝突を招くのではないか?


 王国議会でも議論されているらしいが、結論は出ていないという。


 旅師証明を持つ俺には、どこの国でも自由に行き来でき、危険地帯にも足を踏み入れられる。確かに便利だ。


 だがその裏で、アゼル王国は「国民第一主義」を掲げ、公開処刑に喝采を送る民衆が圧倒的多数を占める。


 ……果たして、これが正義か。


 何故、異端者らは死を覚悟して、わざわざアゼル王都まで足を運ぶのか。


 焼かれた死体の匂いだけが、夜風に混じって鼻を刺した。


「考え過ぎか……」


 思わず息を吐くと──


「翔真君!」


 上目遣いで顔を覗き込んでくるのは、フロルだった。


 その柔らかな金の髪が、月明かりに揺れる。


「驚いた……もう食べ終わったのかい?」


 俺は思わず苦笑する。


「まだまだこれからよ」


 フロルはにっこり笑い、手に持った皿を誇らしげに見せる。


 血と炎の匂いを考えていた自分が、急に現実に引き戻される。


 彼女の笑顔は、この国の異様な空気をほんの少しだけ忘れさせてくれるのだった。


 あぁ、そうだ。俺──異世界に来てたんだ。


 一瞬、胸の奥がざわめく。昨日までの「日本」という地平は、もう二度と戻らない。


 だが、こうしてフロルの声を聞き、皿の上の料理の匂いを嗅ぐと……まるでこれが「日常」だと錯覚してしまう。


「フロルさん、あっ、あの……」


 俺が声をかけようとしたその瞬間、視界の端から男子学生たちがぞろぞろ現れ、花束を抱えてフロルに詰め寄る。


「これ、受け取ってください!」「ぼ、僕の気持ちです!」「いやいや、俺のほうが──!」


 一人が差し出せば、二人、三人と雪崩のように花束が積み重なっていく。


 テラスは一瞬で色と香りに埋め尽くされ、俺は唖然と立ち尽くすしかなかった。


(……おいおい、どこのアイドルだよ)


 フロルは困ったように微笑みながらも、誰一人突き放さない。


 その優しさが、ますます彼女を高嶺の花にしているのだと痛感せざるを得なかった。


 テラスのざわめきがさらにヒートアップする。

 男子学生たちは花束を手に押し寄せ、俺は思わず間に入る。


「よせよせ、彼女困ってるじゃん」


 少し赤面しながら、困っているフロルを庇う。

 フロルは照れくさそうに目を伏せる。


「主役は黙ってろ!!」「そうだそうだ!!」「そんなにくっ付いてハレンチな!!」


(そんなにくっ付いてないけどな……)


 翔真は心の中で小さくツッコミを入れる。


「てか、君と君と君、彼女居るよね?」


 男子学生たちは顔を見合わせ、もじもじとする。


 フロルは微笑みながらも、翔真の庇護を受けつつ、花束の山に押される自分を楽しんでいるようだった。


「なぜ、それを?!」


 赤髪のソバカス君が叫ぶ。


「情報通なんだよ、俺」


 翔真はにやりと笑う。


「そこの赤髪のソバカス君と金髪肌黒君のことが好きって言う女子がいたけど……紹介、辞めちゃおうかな〜」


 二人の男子学生は肩を落とす。


「あと、独り身君達に関しては、演劇モデルさんのお見合いパーティーのツテがあるんだけど……お見合い、辞めちゃおうかな」


「「翔真様ァァァ!!!」」


 男子学生たちは慌てふためく。


 フロルはそれを見て、少し笑いながらも、翔真に「ほんとにもう……」という呆れ顔を向ける。


「紹介するのは私なんだからね〜」


 彼女は手を振り、柔らかく笑った。


 男子学生たちは両手を地面につけ、頭を擦り付ける。


「えぇ、お二人様、一生ついて行きます!」


(…土下座文化あったんだ!!?)


 翔真は心の中でツッコミを入れる。


「よせよせ、余計な荷物が増えるだけだよ」

 慌てて介入する。


「もしかして、お二人様は付き合ってるのですか?」


 新たに一人が尋ねると、二人は顔を赤くして何も言えない。


「おい!?」


 男子達はさらに詰め寄る。


「まぁまぁ、今夜は楽しもう」


 翔真が笑顔で場を和ませる。


「ちゃかすな!!!」


 翔真の叫びが響き渡り、混乱の宴はまだまだ続きそうだという空気が漂った。


 頭を地面につけて土下座する男子たち。騒がしい宴の中で、翔真はふとテラスの端に立ち、夜風に吹かれながらその光景を眺める。


(……こういう雰囲気も、悪くないな)


 微かに笑みを浮かべる翔真の胸には、祝賀会の喧騒が、ほんの少し温かく響いていた。


 目の前のフロルの笑顔と、学生たちの無邪気な騒ぎを見ると、少しだけ肩の力が抜ける。


 こんな小さな日常も、守る価値があるんだと、静かに思った。


(いつの間にか、この日常を守らなくてはいけない立場になったんだな……)


 翔真はそっと隣を見る。


「ね、フロル」


「ん?うん」


 月明かりに照らされたフロルの笑顔に、少しだけ安心しながら、翔真は夜風に身を任せた。


 日常の温もりと責任が、静かに心に染み渡る夜だった。



 ──



 眠っているドレス姿のフロルを部屋まで送る途中、夜の屋敷の空気は静寂に包まれていた。


 柔らかな月光が窓から差し込み、木製の階段に影を落とす。足音ひとつがささやくように響き、外で吹く夜風の微かな音が耳をかすめる。


 そんな中で、アルデビドが階段の手すりによしかかり、腕を組んで儚げな笑みを浮かべていた。


「悪いね。翔真君」


 その言葉は軽やかでありながらも、どこか切なさを帯びている。翔真は微笑みを返す。


「なに、これっぽっちの事、いつもの事ですよ」


 アルデビドの視線は遠く、階段の向こうの夜空を見据えているようで、まるで時の流れに身を委ねているかのようだ。


「行くのかい?翔真君」


 翔真はフロルを抱きながら立ち止まる。彼女の体温、微かな鼓動、柔らかく香る髪の匂いが、今この瞬間のすべてを特別に感じさせる。


「はい。そろそろ歴史に拍車をかけようと思いまして」


 アルデビドは一瞬沈黙し、そして静かに頷いた。


「……そうか。一人で行くのか?」


「はい。そのつもりです。まさか、フロルは連れて行けません。なぜなら、私の旅は地獄で過酷な道を辿るからです」


 言葉に重みを込めながらも、翔真の瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。


 アルデビドは、微かに笑みを濃くして呟く。


「旅に出るからには伝説になりなさい。大賢者、いや、父親からの伝言だ」


 その声は、どこか穏やかで、しかし心に直接触れる温度を持っていた。チャラい人間でもなく、大賢者でもなく、ただ父の顔そのものだった。


「父親からの伝言ですか……。彼女に伝えて下さい。少々、長旅に出ると」


 アルデビドは夜の静寂に溶けるように、軽く頷く。


「もう行くのかい?」


「はい、フロルを部屋まで送ったら」


 翔真はフロルをそっと抱え、階段をゆっくりと下りる。月光に照らされる二人の影が重なり、長く伸びては切れ、儚く揺れる。


「当分会えなくなるからね」


 額に熱い口付けを置く。柔らかく震える唇に、夜風の冷たさが混ざり、胸の奥でじんわりと温かさが広がる。


「ん?翔真、君?」


 フロルが目を擦りながら起き上がると、そこに翔真の姿はもうなかった。


 月明かりだけが、静かに揺れる階段と空の向こうを照らしている。


 風が通り過ぎ、遠くで夜の虫が鳴く音が、短い余韻のように胸に残った。





 ──俺は、このゲアの大地にやって来てから、抱えてきたハンデが多すぎる。


 言葉にすれば一瞬で軽く聞こえるかもしれないが、積み重ねてきた重圧は、確かに骨の奥にまで染みている。


 異世界の常識、未知の技術、知らぬ土地の危険


 ──ひとつひとつが、知らぬ間に俺を押し潰そうとしていた。


 だから、誰よりも強くなくてはならない。


 守るべき者たちを、守りたい日常を、そしてこの世界そのものを、軽々しく危険にさらすわけにはいかない。


 力を持つ者は、選ばれた者だけが背負える責任もまた、同じように重いのだと。


 俺は深く息を吸い込み、夜の空気に覚悟を馴染ませる。


 ──誰よりも強くなる。それが、ここで生きる俺の定めだ。


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