死の概念
「さて、今日の講義は死の概念についてだ」
教授の声が院に響いた。
「死、って聞くと皆ちょっと暗い顔をするな? よし、今日は明るくやろう!死は友達だ!」
(いやいや……)
学生たちの心のツッコミが一斉に走る。
教授はチョークをクルッと回し、黒板に「死=3段階」と書いた。
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第一段階:生物的死
「これはまあ、分かりやすい。心臓が止まってピクリともしない──。皆が昨日提出したレポートの“やる気”もこの段階だな」
「ひどっ!」と後ろの席から笑いが漏れる。
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第二段階:存在的死
「ここからが面白い。肉体だけじゃなく、記憶や意識がスッと世界から消えるやつだ。ほら、徹夜明けの授業で“完全に魂が抜けてる”やつ、あれに近い」
「教授、それはまだ生きてますよ!」
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第三段階:時空的死
「最後は因果からも切り離される。
歴史からも存在したことすら忘れられる──。
つまり、皆が学生時代に書いた黒歴史ポエムが友達に暴露されなければ、第三段階で封印されるわけだ!」
「封印できるなら是非お願いします!」
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翔真は黒板に書かれた「死の三段階」をぼんやりと眺めていた。
第一段階──生物的死。確かに自分は、かつての身体を失した。「前世の俺」はもうここにはいない。肉体は滅び、時間の彼方に消えたのだ。
第二段階──存在的死。記憶や意識が消え去るという概念に、思わず息をのむ。今の自分がここにいるのは、前世の「自分」が完全に死んでいなかったからなのか?
あるいは誰かに、何かに、世界に許されてここに残されているのか?
第三段階──時空的死。過去も未来も、因果も縁も切り離されるという。そう考えると、自分がこの世界で何をするのか、どんな足跡を残すのかは、すべてが極めて意味深い気がした。消えることのない痕跡を、ここで刻むかどうか。
「俺は……なぜここにいるんだ?」
翔真は心の中で小さく問いかける。前世の自分と、この転生先での自分。
どちらが「俺」なのか。答えは出ない。だが、答えがなくとも、自分は動き続けるしかないのだ──存在する限り。
講義室のざわめき、教授の軽妙なギャグ、周囲の学生たちのざわつき。全てが、自分の存在を実感させる。
そして翔真は、転生した意味を、まだ完全には理解できなくとも、少しずつ噛みしめるように胸の中で言葉を繰り返した。
「ねぇねぇ、黒髪の君、ノート見せてくれない?」
隣から小さく声をかけてきたのは、斬撃の賢者、ルーナだった。
「良いですよ」
「ありがとう。はい」
渡したノートは、早速、ビリビリに破けていた。
「早いですね。ビリビリですけど」
……そう、これも死の段階的な観点で考えると面白い。
ノートは紙でできている、つまり生物的にはすでに死んでいる。破れてバラバラになった今、存在的な死に近い──ただの紙切れだ。
しかし、それでもインクは残っている。元のノートとしての痕跡は、まだ微かに存在している。
翔真は無意識に手を動かし、バラバラになった紙を元のノートの形に戻す。
ページが再び揃い、文字が読み取れる状態になる。これは、ただ物理的に復元しただけではなく、「ノート」としての概念を保持させた行為でもあった。
考える。
第3段階の時空的死──個人の存在が因果や縁から完全に切り離される境地。幾ら全知全能であっても、そこまで手は届かない。
だが今、自分は紙切れをノートとして再構築できた。概念と記憶を結びつけることで、形の復元が可能になったのだ。
パルスの脚も同じ原理だ。脚としての概念が自分の中に残っていたからこそ、復活させることができた。
もしも形や記憶が消されていたら──その瞬間、復活は不可能だっただろう。
翔真は、ノートを元に戻した手を見つめながら、世界と自分の能力の境界線を実感する。
「なるほど……ここまでか。でも、まだ……可能性はある」
「いや、君、今どうやってノート直したの……?」
ルーナは目を丸くし、信じられないという表情を浮かべる。
「えっと……あぁ、俺、然術使いですからね」
翔真は肩をすくめる。
確かに、この手の復活や修復は常識の枠を超えている。
五星概念に照らすならば、この能力は「然波動」に属するのが妥当だろう──物や存在の秩序を、概念レベルで整える力。
本当は超微生物ネットワークのおかげで意思がアトラー達に直接、通じて発動出来ている訳だけなのだが、まず、『超微生物ネットワーク』と口に出した所で時代がついて行かないと思う。
そして何よりもマジックの種明かしをしているみたいで気が引ける。
「然術使いね。それにしても随分、高度だね。今日、放課後さ、闘技場で戦ってみない?」
ルーナは軽く目を輝かせ、挑戦的に告げた。
「放課後で良いんですか?教授!失礼します。ルーナさんが俺と戦いたいらしいので、闘技場に行ってきます」
翔真は突然手を挙げて席から立ち上がる。
「なんだ、対戦か。行ってこい」
教授は肩をすくめ、受け流す。
これが、この院の――ある意味で、日常である。
──
闘技場。
「君と居ると本当に調子が狂う」
ため息混じりのルーナ。
「それはどうも。ていうか、もう仕掛けてますよね?」
「よくお気づきで」
(なんて、青年なの……?砂刃の根律に気付くなんて)
「良いですよ。俺も準備万端です」
(舐められてる?いや、なら試すのみ)
砂粒が嵐のように闘技場を満たす。光を反射してチラチラと輝き、まるで無数の小さな刃が空中を舞うかのようだ。
ピストルの弾丸のように翔真めがけて飛び、皮膚をかすめ、鎧を削ぎ、時には肉を抉る。砂が剣先のように空気を切り裂き、耳に痛みを伴う衝撃音を残す。
翔真は血を吹き出しながらも、呆然と立ち尽くす。汗と砂と血が入り混じる。
(へぇ、タフなんだ……なぜそこに立っていられるの?)
ルーナの目は真剣そのもので、嵐の中に笑みを浮かべる。攻撃の角度を微妙に変え、砂粒の密度を上げ、迫る。
風が巻き起こり、砂の衝撃で小さな石片が飛び、翔真の足元を崩す。
翔真の体は痛みに悲鳴を上げながらも、重心をずらして衝撃を受け流す。
血と砂で滑る地面の上で、必死に耐える彼の姿は、まるで戦場のど真ん中に立つ一人の狂戦士のようだ。
翔真は顔色ひとつ変えず、血を流しながら立ち尽くしている。
「なんなの……?」
ルーナの声は震え、蒼白な表情が一層際立つ。
地面には血の水溜まりが広がり、そこから滴る赤が闘技場の砂と混じって不気味に光る。だが、翔真の目は静かに光り、恐怖を示す様子は微塵もない。
(異端者にも、堕天にも、こんな感覚はなかった……いや、これは恐怖なのか?)
自身の血が生み出した異常現象に、理性を保ちつつも内心の昂ぶりが走る。
そして、その血の水溜まりが突如ボコボコと沸騰し、赤い泡が立ち上る。泡の隙間から、血の色をした鋭い剣がゆっくりと現れた。
その刃は滴る血で光り、まるで翔真の意思を映すかのように、闘技場に異様な存在感を放つ。
ルーナの瞳が一瞬、完全に剥かれる。口を開けるも言葉は出ず、ただ剣の出現に息を呑む。
翔真は静かにその血剣を見下ろし、手を差し伸べる。
(さあ……始めようか)
ルーナの砂嵐が翔真を包み込む。砂粒は雨のように降り注ぎ、鋭利な刃のごとく肌を打つ。だが翔真の表情は変わらない。
「今日の講義の応用をしましょう」
彼は静かに声を出す。闘技場に轟く砂の風を切り裂くように。
「ルーナさん、あなた、どうせノート取ってませんよね?」
ルーナは一瞬眉をひそめる。確かにノートは取っていない。
けれど、その余裕は、攻撃の合間に観察する目線や、砂嵐の制御ぶりからも感じられる。
(この青年、ただの然術使いじゃない……!)
心の中で震えながらも、ルーナは攻撃の手を緩めず、砂を増幅させる。
翔真は砂嵐の中で足を踏みしめ、薄く血の剣を展開する。
「見ての通り、この砂粒……生物的には死んでいる、存在的にも死んでいる、つまりただの砂ですね」
彼は指先で砂の渦をかき分け、血の刃を操る。
「でも扱い方次第で第三段階、時空的死的に力を付与できるんです。ほら、こうやって触れただけで、元の形や勢いを操れる」
ルーナは攻撃の合間、砂の渦の中で眉をしかめ、心の中でつぶやく。
(何なの、この余裕……砂嵐の一粒一粒まで認識して、段階的に分析している……!まるで死の概念を操ってるみたい……)
翔真は砂嵐の一撃ごとに血の剣を軽やかに受け流す。攻撃を受け止めるというより、砂の存在段階を理解し、扱うべき死の「段階」を選別しているかのようだ。
翔真は、砂の一粒一粒を意識するように説明する。
「砂でも、紙でも、概念として認識すれば、死の段階を超えて力を与えることができる。これ、今日の講義の応用です」
ルーナは目を見開き、驚きと興奮が入り混じった笑みを浮かべる。
(何?この子、常識を超えてる……!)
砂の攻撃を止めることはできないが、その動きはわずかに迷いを見せる。
攻撃の波が押し寄せるほど、翔真の余裕は増していく。
砂と血の舞う闘技場で、彼はまるで支配者のように立ち、死の段階を軽やかに解説する。
そして、静かに嵐が止んでいく。
「分かった。降参よ。それに、こんな事してたら賢者失格だわ」
ルーナは深く息をつき、砂の嵐を止めた。
翔真の傷が静かに塞がり、血溜まりは血の剣に変化して、ふわりと空間ボックスに収められる。
「あなた、波動の使い方、随分、器用ね。関心しちゃう」
ルーナの瞳には、驚きとわずかな尊敬が光る。
(ただの青年かと思ったのに……ここまで自在に操るなんて……!)
「まぁね、君が全力で来てくれたから、こちらも本気で遊ばせてもらっただけだよ」
翔真は軽く微笑み、肩の力を抜く。
ルーナは少し頬を赤らめ、砂の残り香を払いながら言った。
「ふふっ……それにしても、冷静すぎるわ。まるで、何もかも見通してるみたい」
「いや、見通しているわけじゃない。ただ、今日の講義が生きてるだけさ」
翔真の声は静かで、でも力強い。
(死の段階を理解して、砂の攻撃の性質を見極めただけ……でも、それで全てを制御できるんだから面白い)
「貴方ほどの人がなぜ、賢者でないのか、不思議でたまらないわ」
「だって俺、旅師登録してませんもん」
翔真は肩をすくめて、気の抜けた調子で答える。
「頭も切れるし、余裕もあるのに勿体ないわね。社会活動しようぜ。もっと」
ルーナはため息混じりに笑う。その瞳には皮肉よりも、どこか切ない光が宿っていた。
「本当、あなたを見ていると弟を思い出すわ」
「弟ですか?」
「貴方のように余裕もあって強かったわ。かなり前に死んじゃったけどね。それで私、旅師になって賢者になったの」
その瞬間のルーナの顔は、戦士でも賢者でもなく、ただの「姉」の顔だった。目元の柔らかさに、翔真は少しだけ胸を打たれる。
「強いですね」
思わず口をついて出た言葉は、慰めでもお世辞でもなかった。
ただ、彼女が抱えてきた痛みを受け止めた上で、それでも歩き続けている強さを、率直に讃えた言葉だった。
ルーナはしばし沈黙し、やがて小さく笑った。
「ありがとう……そう言ってもらえるの、悪くないわね」
「因みに旅師になると、なんかいい事あるんですか?」
「そこからかい!」
ルーナは思わずずっこけそうになり、額に手を当てる。
「だって俺、登録してないんで。知らないんですよ」
翔真は真顔で返す。その真剣さが逆におかしく、ルーナは苦笑した。
「旅師になれば、まず各地を自由に往来できるし、依頼を受けて報酬ももらえる。依頼によっては、一生食べれるだけの大金も手に入ったりするんだから」
「旅師になれば、まず各地を自由に往来できるし、依頼を受けて報酬ももらえる。依頼によっては、一生食べれるだけの大金も手に入ったりするんだから」
ルーナが淡々と語るその利点に、俺はふと前世で遊んだRPGの数々を思い出した。
(……いや、これ完全にギルドで依頼受けるやつじゃん。しかも「一生食べられるだけの大金」って、レア装備やら裏ボス倒した時の報酬枠だろ。前世じゃ何度も聞いたフレーズだぞ)
思わず吹き出しそうになるのを必死に堪える。ここで「ゲームで見た!」なんて言ったら完全に怪しまれる。というか、その後の立ち回りが面倒だ。
(俺にとっては懐かしいテンプレだけど、この世界じゃ現実なんだよな……妙に感慨深い)
「へぇ〜。自由に行き来できるのは確かに便利そうですね」
「便利どころか必須よ!あなた、ほんとに無自覚に生きてるのね……」
ルーナは呆れながらも、少し羨ましそうに見つめた。
翔真はニコリと笑う。
「ありがとうございます!明日辺りにでも登録しますわ」




