動き
屋敷の廊下がざわめきで揺れていた。
「おい!パルス団長の脚が――!」
「……戻った?そんな馬鹿な!」
「いや、本当だって!さっき訓練場で歩いてたんだ!」
階上から顔を覗かせた者、甲冑を半分着かけのまま駆け出す者。
ランドン聖騎士団の本部は、まるで戦場の警鐘でも鳴らされたかのような混乱に包まれていた。
「奇跡だ!!」
若い騎士が両腕を広げて叫ぶ。
「神がパルス団長を見捨てていなかったんだ!」
「おい馬鹿、落ち着け!でも……本当に……?」
広間の扉が開き、そこに片足を失ったはずの男
――パルスが、何事もなかったかのように歩いて現れる。
陽の光に照らされ、均整の取れた身体が一歩ごとに堂々と床を踏みしめる。
「……う、嘘じゃない……」
「脚が……!両方ある……!」
「団長!!」
一斉に押し寄せる団員たちに、パルスはいつもの調子で片手を上げた。
「ははっ、大げさだな君たち。ちょっとした縁に恵まれただけさ」
「ちょっとした……?!」
「どう見ても奇跡だろう!!」
「神よ……!」
あまりに熱狂する部下たちに、パルスは肩を竦めて笑う。
だがその胸の奥では、確かに湧き上がっていた。
──これで奴らを倒せる。仲間を、皆を守れる。
という確信と、燃えるような歓喜が。
そして騒ぎの中心で、翔真は静かに立ち、何も言わずにその光景を見守っていた。
パルスの復活は、ただの奇跡ではない。
団全体を再び立ち上がらせる、戦いの狼煙となったのだ。
──
「いい湯だった〜」
部屋の扉を開けると、月明かりに照らされたフロルがベッドに腰掛けていた。
「お帰り、翔真君」
「上がるの早いね」
「えぇ。私、あまり長湯はしないんだ」
そう言って彼女は、ベッドの横に置かれていた大きな金属のケースを取り出す。
留め具を外し、蓋を開けた瞬間、翔真の視界に飛び込んできたのは──学園の制服だった。
「フロル……学園に行くのか?」
「うん。明日からね。──ていうか、私、ファーデン王国で留学してたんだよ?」
「えっ……そうなのか」
翔真は目を瞬かせる。今まで知らなかった一面に驚かされた。
確かに、アイシェやオルガのことを詳しく知っていた理由も、これで合点がいく。
「留学って、流石だね」
「父上の修行について行っただけなんだけどね〜」
フロルは肩をすくめ、照れたように笑った。
翔真は少し言い淀んでから口を開く。
「あぁ、えっと。実は俺さ……正確には学園じゃなくて院なんだ」
「そっかぁ、それは残念。でも、登校と下校は一緒にね」
フロルの言葉に、翔真の胸がどくんと鳴った。
ただの気遣いの一言かもしれない。
けれど彼にとっては、孤独に慣れてしまった心をやわらかく抱きしめられるような響きだった。
(……そんなこと、言われたのは初めてだ)
誰かと一緒に歩く。たったそれだけのことが、こんなにも嬉しいものなのか。
その小さな約束が、明日への希望に変わっていくのを、翔真ははっきりと感じていた。
思わず顔が緩むのを抑えきれず、口元を隠すように視線を逸らす。
けれど心臓の高鳴りだけは隠しようもなかった。
──
俺は彼女が眠りについたのを確認すると、静かに屋敷を後にした。
夜風に吹かれながら、聖域国家マステルにある玉座の間へ戻る。
月明かりに照らされる大理石の床を踏みしめる足音が、静寂に小さく反響した。
「さて……」
世界の中心へ向かうため、地下に設置されたテレポート装置へと足を運ぶ。
ひんやりとした空気に包まれた地下は、昼間の賑わいとはまるで別世界だ。
空間ボックスから、これまで手に入れた維持石ブレスレットを取り出す。
重厚な台座にそっと置くと、赤い石が淡く光を放った。
「アトラー、これで1個達成だな」
静かに響く俺の声に、どこからか謎の囁きが返ってくる。
小さくも、確かな存在感を感じさせるその声に、思わず胸が熱くなる。
この小さな一歩が、世界を動かす鍵になる──そんな直感が、俺の心を揺さぶった。
「あぁ、後はあと4つだ。頑張るぞ!」
翔真はブレスレットを台座に置きながら、思わず拳を握った。心なしか、胸の奥が小さく高鳴る。
「ところで、修行中の3人組はどうしてる?」
「宇宙に飛ばされました……と言うのは嘘です。お楽しみに。彼らも中々に……いや、驚くと思います」
「へぇ、楽しみだな」
翔真は思わずにやりと笑う。まだ会っていない彼らとの再会が、どこか胸躍る期待に変わった瞬間だった。
──次の日の朝。
「翔真!行くよ!」
フロルの元気な声に、翔真は少し苦笑いを浮かべる。
「2人とも本当に仲良しだな……」
(このまま結婚まで行くんじゃないか?アルデビドに報告だな)
ランドン聖騎士団長が、俺とフロルのやり取りを眺めて、ぽつりとつぶやく。
「はい、まぁ……」
翔真は思わず照れくさくなり、視線を逸らした。
登校の途中、フロルと一緒に歩くと、街の視線が否応なしに集中してくる。
それでも、街中でばら撒かれた「アゼル王都新聞」の大トリを飾っていたのは、やはりパルス団長の記事だった。
「翔真、見て見て!パルス団長、脚が戻ったんだって!!」
「わぁ!本当だ!」
翔真は平然を装いながらも、心の中で微かに笑みを漏らす。知らないフリをしつつ、驚きと喜びをかみしめていた。
「こんな事もあるのね」
フロルは窓の外を眺めながら、柔らかくつぶやく。
「そうだね……」
俺も同じ景色を見ながら答える。
男の約束って奴だから、実は俺が復活させたなんて口が裂けても言えない。
心の奥で小さく誇らしさと、秘密を抱える背徳感が混ざり合う。
言えないけれど、それでも、今日の平和な朝を二人で共有できるだけで十分だと思った。
──
その後、学園内で妙な動きがあった。いや、王都中でも同じような現象が起こっているらしい。
異端者の活動が、アゼルでも次第に活発になってきたようだ。
アゼル王都は、中世の趣と産業革命の技術が交差する平和な都市である。
石畳を歩く人々、屋台から漂う香ばしい匂い、街角を駆け抜ける馬車。
──日常の光景は賑やかで、どこか穏やかな時間が流れている。
だがその下では、異端者たちの影が静かに、しかし確実に広がっていた。




