紅の大賢者とブレスレット
本部の訓練場。
ランドン聖騎士長と翔真は、互いに言葉を交わすことなく剣を構えていた。
静かな庭に、金属がぶつかる音だけがリズムを刻む。──ドンッ、バシッ。
翔真はランドンの動きを鋭く観察する。
長年の訓練で培われた筋肉の動き、足の置き方、手首の返し方。小さな違和感も見逃さない。
一方のランドンも、ただの若者ではない翔真の底力を感じ取り、目を細める。
互いに言葉はないが、無言のやり取りで意思を通わせている──まるで呼吸を合わせるかのように、剣の軌道が重なり、交差し、また離れる。
汗が額に滲み、剣の音が庭の静寂に反響する。
一瞬の隙も見逃さず、互いに攻防を繰り返す。
それはまるで、言葉を超えた会話のようだった。
──ドンッ、バシッ、スッ。
翔真の心臓は早鐘を打つ。だが、身体は自然に反応する。
(幾ら学園が休みとはいえ、コレを永遠に繰り返してるのは……鬼畜すぎるだろ……)
思わず心の中でつぶやく。
だが同時に、どこかワクワクしている自分もいる。
「……ふふ、これも悪くないかもな」と、翔真は無言で笑った。
──その時、遠くの門が重厚な音を立てて開いた。
「ただいま――」
低く、しかし確実に響く声が訓練場を震わせる。
門の向こうに現れたのは、金髪で筋肉隆々の紅の大賢者、アルデビド・キル・ロッド。
身長はおよそ175センチ。鍛え上げられた肉体は日光に当たり、黄金色に輝き、どこかチャラい雰囲気を漂わせている。
その隣には、フードを深く被った使い的な者が静かに佇んでいた。
ランドン聖騎士長は手を振りながら、にこやかに声をかける。
「おぉ、ようやっと来たか」
「やっ、ランドン。久しぶり、半年ぶりだね」
アルデビドは軽く笑い、すんなり屋敷に戻るように歩を進める。
翔真の心臓は高鳴った。
──この日を、俺はずっと待っていた……!
────翔真の回想。転生して、すぐの時。
草原に佇む、遺跡の残骸を歩く。
「さっき、維持石って言ってたけど、あれって一体なんだ?」
「世界、ゲアの大地を安定させるための部品さ。いずれ聖域も解放せねばならぬ」
その一言に、翔真は思わず眉をひそめた。
世界の安定……って、俺に何かできるわけ?
何も知らない自分が、いきなり世界の仕組みに関わるのかと思うと、胸がざわつく。
「ふぅん。で、どこにあるの?」
質問を口に出す前に、頭の中でいくつも想像が渦巻く。
ブレスレットに加工されてる?ん?それって俺の身に何かあるってこと?ヒントが大賢者?……大賢者って、漫画かよ。
思わず口角が少し上がる。いや、上がるどころか、内心ではちょっと興奮していた。
「ヒントって……急ぎの用事じゃないのか?」
声に出したのは、半分呆れ、半分楽しみの混ざった調子だった。
こんな世界で、ただ歩くだけでも冒険みたいな感覚になるなんて……思ってもみなかった。
「我らに人間の有無は関係ない。お主が楽しめるかどうか、それが大事なのだ」
アトラーの声は変わらず冷静で、まるで人間の慌てぶりなどどうでもいいと言わんばかりだ。
でもその言葉で、翔真は少し背筋が伸びる。
楽しめるかどうか……俺が、この世界をどう受け取るかが大事だってことか。なるほど、俺向きってやつだな
「……そうか。つまり、ちょびっと複雑なRPGの世界に来ちゃったってことか」
翔真は思わず苦笑した。
だが、内心ではワクワクが止まらない。
しかも自由度高そうだし、やりがいありそうだな……いや、むしろ俺好みすぎる。
まさか、こんな状況で楽しめる日が来るとは……。
彼の胸の奥で、冒険心と好奇心が小さな炎のように揺れ始める。
────
「お前、ブレスレットはどうした?」
ランドンの問いに、アルデビドは肩をすくめる。
「ん?いや、どっかで落としちゃったみたい」
その瞬間、場に沈黙が走る。翔真の胸の奥で、軽く焦りと緊張が波打つ。
ブレスレット……かなり重要アイテムだが……、まさかこういう状況になるとは思わなかった。
「お前、かなりやらかしたな。仕方ない仕方ない!!今頃、誰か拾って商売してるよ」
ランドンが大声で笑い飛ばすと、空気が一気に軽くなる。翔真は少し拍子抜けしながらも、心の中で思わずツッコむ。あれだけ重要なものなのに、笑いで済まされるのかと。
「違いないね」
アルデビドの肩が叩かれる。見上げると、鍛え抜かれた腕と、金髪が太陽に輝いている。チャラい雰囲気が漂っているが、どこか頼もしい背中だ。
翔真はつい、目を離せなくなった。
「なぁに、あんなの無くてもヘッチャラさ……ところでそこの黒髪の青年は?」
大賢者の視線が、自分に向けられる。心臓が一瞬早鐘を打った。
質問のトーンは軽いが、なんだか鋭く見透かされているような気がする。
「聞いてくれたか? こいつ翔真って言って、俺の相棒さ」
ランドンの紹介に、翔真は内心で思う。相棒……だと?一体いつそんな立場になったんだ。戸惑いと同時に、少し面白さも込み上げる。
「はじめまして」
「はじめまして、翔真君。今日は天気がいいね。いつここに来たの? あと敬語とか要らないから」
軽やかな口調に、自然と緊張がほぐれる。
人懐っこさと威厳が絶妙に混ざった言葉に、つい心を許してしまいそうになる。
「安心しろ、コイツは敬語使うタイプじゃねぇ」
「そうは見えないけど」
翔真は肩をすくめ、少し苦笑する。会話のやり取りが軽快すぎて、自分までテンションが上がってくるのを感じる。
「1週間前です」
アルデビドはにやりと笑い、軽く頭をかく。笑顔から伝わるチャラさと余裕。思わず翔真は心の中で突っ込む。こんな大賢者、初めてだ。
かなりの間、大賢者のイメージが凝り固まっていたがこれはコレで安心する。
「ふーん、なるほどねぇ……家は?」
「無いです。山で自給自足してました」
山暮らし……なんて古風な暮らし方をしていると思われるだろうか?
でも実際はちょくちょく聖域に戻っている。
そんなことは、今は言う必要もない。
「山暮らしかぁ……うん、君、合格。この家に住みなよ。部屋いっぱいあるから」
部屋いっぱい……か、まさか、ここに来て、また豪邸に住むとは思ってもいなかった。
「じゃ、召使いでもやります。大賢者様」
冗談めかして口に出すと、アルデビドは満面の笑みで応える。
あの笑顔は、まるで全てを許してくれるかのようで、翔真は少し安心する。
ランドンは誇らしげに自分を見る。その視線が、少し照れくさくも嬉しい。
「アルデビド、こいつ凄いんだぞ。体力が底知れないんだぞ。五星波動の扱いも器用なんだ。恐らく然も使えるぞ」
「へぇ、ランドンの相棒か」
「そういうことだ」
「然の使い手かぁ。ますます興味深いね」
言葉は短いが、確かに信頼と認識がそこにあることが伝わる。翔真は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
風呂から上がり、翔真はアトラーに告げる。
「アトラー。着替える。全身白で」
「はいよ」
足元からサンダル、ズボン、上着がみるみる形作られていく。鏡の中で、自分の姿が少しずつ整っていくのを見ながら、翔真は思わず感心した。
「いつも、ありがとうございます」
「お易い御用」
アトラーの声はいつもと変わらず冷静で、でもどこか安心感がある。
──
部屋に戻り、ドアを開ける。
目の前に上裸の同い年くらいの女の子がいた。
鏡を見ながら髪を結ぶ姿は、同い年くらいに見える。口には髪紐を咥え、白がかった金髪とハーフエルフの精巧な耳が印象的だ。
そして、視線が合った瞬間、翔真の目は思わず細部まで見てしまった。
スラッとした腰周り、程よく山なりに曲線を描く背中……ただの同年代の女の子ではない、どこか幻想的な存在感……。この世界に来て初めて見た蝶の色に似てなくも無い。
しかし……ハーフエルフとは、中々、珍しいな……。
視線が合う。
翔真の心臓は一瞬止まったかと思うほど、鋭く高鳴る。
いや、なんだこの状況は……。
言葉にできない驚きと緊張が全身に広がり、思考が少し止まる。
──沈黙が走る。
翔真はどう反応すればいいのか、一瞬の間で何度も考えを巡らせる。目は合ったままだ。
目の前の存在が、ただの見知らぬ女の子なのか?
それとも──この屋敷での生活に関わる特別な誰かなのか?
胸の奥で、緊張と好奇心が入り混じり、何とも言えない感情が渦巻いた。
その瞬間、翔真の目に映るのは、鏡越しに自分を見つめる少女の幻想的な瞳だけだった。
──沈黙の中で、時間がゆっくりと流れる。




