ランドン聖騎士団
──試合が終わった。
俺は結局、「下っぱから三番目くらいの席」に落ち着いた。
周囲の視線は冷ややかで、あざ笑う者もいる。だが、胸の奥では確かに何かが動き始めているのを感じていた。
最上階。
ランドン聖騎士団第2階隊長、ザルバ・グランは試合を見下ろし、その瞳を鋭く光らせていた。
数多の戦場を駆け抜け、生と死の境を幾度も越えてきた歴戦の男。
その眼差しは、異邦の少年――翔真――へと向けられている。
(あの若さで……あの構えと急所への肘打ち……。ただの訓練では身につかぬ技。まるで戦場を知り尽くした達人の動きだ)
ザルバは口元に微かな笑みを浮かべる。
(なるほど……これは、規格外か)
──試合後。
講堂へ戻ろうとした俺の前に、堂々たる影が立ちはだかる。
「君……翔真と言ったな」
振り返ると、鋼のような威厳を纏ったザルバの姿。
その背筋は戦場の風を背負う者のものだ。
「無駄のない一撃、そして迷いなき判断力……。その眼は、戦場の真実を知る者の眼だ。
──ぜひ、うちの隊に来て欲しい」
周囲の生徒たちはざわめく。
「第2階隊長に……スカウト……!?」
「アイツ、転校してきたばかりだろ……!」
「まさか、下っぱ扱いの少年が……」
俺は胸の奥で静かに笑った。
(下僕から、聖騎士団へ……?──面白いじゃないか)
──
放課後、俺は数名のランドン聖騎士団員に伴われ、貴族街へと抜ける。花の香りが漂い、屋敷が立ち並ぶ上品な街並みが視界いっぱいに広がる。
馬車が通り過ぎるたび轟音が石畳に響き、その静寂の中に確かな緊張感が混ざっていた。
「なんでこいつと一緒なんだよ……」
ハルトルが小さく呟く。
ザルバはそれを包み込むように答える。
「ハルトル、今、異端者や堕天が世界中で活発に動きだしているのは知っているか?」
ハルトルは肩をすくめる。
「まぁ、そりゃあ、知ってますけど……」
「今の団に足りないのは、常識を超えて戦える者だ。翔真君、君は戦場を経験したことはあるか?」
「無いです。ただ、毎晩、毎晩、悪夢は見ますけど」
ザルバは微笑んだ。
「ははは!そうか、悪夢か。面白いな君は。戦場の血の匂いや絶望を、夢の中で知っているというのは、ある意味、戦士としての訓練かもしれん」
ハルトルは眉をひそめる。
(夢……か。馬鹿馬鹿しい)
ザルバはさらに歩みを進めながら、口を開く。
「今、ランドン聖騎士団第3階隊長パルスらが、2000余りの団員を率いてギン王国の僻地で戦闘に臨んでいる。その間、本当に私達はこの一人の青年に対して何をしているのやら……」
隊長の目には、鋭さの中にどこか寂しさが宿っていた。
「……あぁ、今回は何人が無事に帰ってくることだろうね」
その重苦しい空気の中、1人の団員が呟く。
「でも、アイツらなら……と信じています」
ハルトルがそう言うと、ザルバは短く頷き、静かに言葉を継ぐと共に翔馬を見つめる。
「そうだな。だが、我々の眼の前には今、新たな可能性がいる」
俺はその言葉を聞き、胸の奥で小さく震えるものを感じた。
静かな貴族街の中、遠くから響く馬車の音や談笑の声、花の香りが漂う空気の中で、ザルバの視線は常に俺を追い、隊員たちの心の奥にも緊張と期待が渦巻いていた。
──
「到着だ」
広大な敷地の前に立つ。
塀で囲まれたその内部には、巨大な屋敷が三棟並び、訓練場や演習場が整然と配置されている。
屋敷の壁は漆喰で白く塗られ、屋根の尖塔は天に鋭く伸びる。花壇や石畳は丁寧に手入れされ、遠くからでも団の威厳と秩序がひしひしと伝わる。
歩を進めるたびに、馬車の車輪や自分の靴音が響き、周囲の静寂が逆に重厚さを際立たせる。
「さあ、ここがランドン聖騎士団の本拠地だ」
ザルバは胸を張り、俺に視線を送る。
「ここでなら、君の能力を正当に試せる──常識を超える戦士になれる。院では物足りないだろう?」
──
訓練場に足を踏み入れると、そこには想像を超える光景が広がっていた。
屈強な戦士たちが武器を振るい、盾を打ち鳴らし、自由奔放にトレーニングを繰り広げる。
水砲が飛び交い、火炎はハリケーンのように渦を巻き、砂やほこりが空を覆う。
五感全てがジリジリと刺激される、まさに五星波動のぶつかり合い。
「……なんという場所だ……」
思わず息を呑む俺に、ザルバは軽く笑った。
「ここでは自由が全てだ。だが、自由の中で己を
制御できる者だけが、生き残る」
「お疲れ様です! 第2階隊長!!」
訓練場のざわめきの中、団員の一人が声を張り上げると、周囲は一斉に姿勢を正し、敬礼した。
戦場さながらの緊張と秩序が混ざり合う光景は、圧倒的だった。
「翔馬君、君の規格外さを見せてやってくれ」
ザルバの声が、喧騒を突き抜け、訓練場全体に響き渡る。
「規格外さですって?」
俺は驚きと興奮を隠せず、眉を上げる。
「入団試験を行う。皆、翔馬を囲め」
その声に応えるように、大勢の戦士たちが円を描くように集まった。
圧倒的な人数の気配に、場内の空気が一瞬で変わる。
「君は何人倒せるかな?」
──
(まじか……これ全員か……!)
脳内でアトラーが小さく答える。
「125人だ」
「125人か……なるほど。アトラー、全員やるか」
「分かった。度肝抜かせてやれ」
──
戦闘が始まった。
最初の三人が前に出る。翔真の前に立つや否や、彼らはその体勢のまま翻弄され、まるで空中で回転する人形のように吹き飛ばされる。
「な、なんだコイツ!!!」
「ありえねぇ……投げ飛ばされていく……」
次々に襲いかかる戦士たちを、翔真は受け流し、跳ね返し、時折一撃で鎧を凹ませる。
地面に手をついた瞬間、小さな突起を作り、騎士たちを転倒させる様は、まるで舞踊のように優雅で正確だ。
戦士たちは悔しさよりも、畏怖と驚嘆の念を抱く。
(勝算はあるはずだ……でも……この青年……!)
翔真は目を閉じ、大きく手を広げる。
次の瞬間、36人の団員が空高く吹き飛ばされ、衝撃波が訓練場の隅々まで響き渡る。
「……これで、終わりか」
静寂が戻った瞬間、空気が変わる。
(凄い脈を感じる……!!)
胸が高鳴る。
やっと、その存在が視界に入った。
(やっと、来たな……)
大地を踏みしめる足音が、砂や土を震わせる。
誰もが自然と視線を向ける。
翔真の目はただ一つの目標──その正体を捉えた。
訓練場全体が緊張に包まれ、全員の息が止まる。
翔真の新たな戦い──伝説の幕が、今、静かに、しかし確実に開かれようとしていた。