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学園での大試験が終わり、午後の陽が校舎の窓を柔らかく照らす頃。


 翔真は校長室の扉を軽くノックし、静かに中へ入った。机の上には、3つの旅の契約書が整然と並んでいる。


「マルちゃん。俺、今日から普通に学園生活送るわ」


 翔真の言葉に、マルエン校長はわずかに目を細め、微笑を浮かべる。


「やっと普通に通う気になってくれたか。普通に……」


 机の向こう側で、校長は契約書の一つに指を置き、にやりと笑った。


「まさか、その目は……ハーデンの天才娘、ランドンちゃんの娘、そしてイデア侯爵の三男の枠を埋めると言うのか」


 翔真は軽く肩をすくめ、真剣な目で校長を見返す。


「なんでもお見通しですね。流石、球の賢者と言われるだけある。いや、学園という舞台以外の所でも本気を出そうと思う」


「……さすがと言うべきか」


 旅の契約書の一説に目をやる。


 そこには、旅師も学生も一般の民も、軽傷・重症・死亡しても一切保証はしない――と、はっきり書かれていた。


(……やっぱり、この地は相当過酷なんだな)


 翔真は心の中でそう呟き、しかし不安よりもむしろ、挑戦のワクワク感が胸に広がるのを感じた。


「ならば、ルールはルールとして受け入れるだけか」


 こうして、翔真はマステルで修行に励むイリーナやアイシェの姿を思い浮かべながらも、自分は学園という日常の舞台で、学園の生徒として過ごす。


 ――いや、学園の生徒として全力で挑む決意を固めた。


「因みになんだが、坊主のクラスは──」


 マルエン学園長の口が続こうとしたその瞬間、翔真はくるりと背を向け、講堂の扉へと足を運んだ。


 ──


「今日は転校生がやってきます」


 無機質的に響く声と共に重厚な扉が開かれる。


 ジリジリと熱を孕んだ視線が、講堂の中央に立つ少年へと一斉に注がれた。


「初めまして。翔真です」


 凛と告げた声の直後、笑い混じりの嘲りが場を満たす。


「フッ、まだガキじゃねぇかよ」

「この『院』に来るって事は……アイツ」

「死にに来てるんだろ?自ら」

「舐めてんじゃね?」


 ここは『院』。


 聖騎士、賢者、旅師志望、貴族や王族、果ては現役の戦士までもが集う、超エリート養成の舞台。

 

 当然、年齢層は翔真より遥かに上。


 教授も、生徒も、その全身から放たれる脈は濃く淀み、まるで空気そのものが圧を持って押し潰そうとしていた。


 五星の祝福を持つ者のみが許される選ばれし場──。


(あれ?来るクラス間違えた?)


 翔真は額にうっすらと汗を浮かべる。


「キミの席は……、あっ間違えた。そこの床で」


 冷たい宣告。


 転校生であり、経験もない年下は即ち“下僕”。序列の最底辺。


 だが翔真は不思議と肩を竦めただけだった。


 ──空席。


 前の世界では、いつの間にか用意されていた《《勝手な席》》。


 この世界に来てから、《《空席》》ばかりで正直、本当に都合がいい。


 余裕を見せた矢先、背後からひらりと紙切れが飛んできた。


 宛先は自分。開けば、荒々しい筆致で一文。


『東方の海の深淵に消えあがれ』


 清々しいほどの差別。

 要するに、純粋な東方の民に対する差別の言葉。


 翔真は小さく息を吐いた。


(……普通に、悲しいな)


 上席では、重量級の賢者たちの脈がぶつかり合い、空気さえ揺らめいていた。


「脈が見えないぞ? あの小僧、一体何を考えていると思う?ルーナ」


 豪熱の芯の賢者、ファイ・ゼ・ボイルが、マグマのように脈を噴き出す。全身からの圧力で、周囲の空気が焼けるようだ。


「うーん、うーん、うーん……」


 ルーナ・カシペ。斬撃の賢者。全身に脈が漏れなく流れ、静かな殺意のオーラを放つ。授業の前から、この場が戦場のように感じられる。


「静粛に。ロビル教授の授業が始まるよ」


 その声は、ランドン聖騎士団第2階隊長ザルバ・グラン。清々しい笑みを浮かべるが、その背後に潜む底知れぬ戦力と統率力は、誰の目にも隠せない。


「はぁい」

「はぁい」


 ──


「それでは授業を始める」


 翔真は背筋を伸ばし、周囲の波動を意識する。

 

 上席の者たちの脈──芯、端、魂……混ざり合う力の奔流を、視覚的に体感した。

 

 だが、どこかで冷静さを保とうと、心を整える。


(この中で、俺はどう立つ……?)


 小さな問いが頭をよぎる。

 

 だが同時に、確かな手応えもあった。

 

 自分の五星波動が、空席から徐々に世界を読み取り始めている感覚。


 授業は始まった──。


「今日は転校生が来た事ですし、リフレッシュの一環として、隣同士で席をかけた戦闘を行ってもらいます。諸君、自由に指名をしたまえ」


 教授の言葉とともに、講堂の空気が一変する。


 生徒たちはざわめきながら、机や椅子を押し退けて立ち上がった。


 金属と木が擦れる音が、まるで戦場の前哨のように轟く。


 戦場はすでに、視覚と脈の奔流で満ちていた。


「そこの坊主。俺と戦おうや。俺はランドン聖騎士団のハルトル。現実を見せてやる。庭園のコロシアムに来い」


 金髪の長身で無骨なが、挑発的な笑みを浮かべながら手を差し出す。


 その瞬間、翔真の視界に脈がちらつく。


 芯の色は赤く燃え、端の波動が周囲に張り巡らされている。戦闘慣れした者のそれだ。


「いいでしょう。盛大に負けを見られるでしょう」


 翔真は静かに椅子を押し、立ち上がる。


 心の奥で小さな戦慄が走るが、同時に昂ぶる感覚もあった。


 今の自分に何ができるか、どこまで渡り合えるか──試す絶好の機会だ。


 講堂の中で、戦いはすでに始まっていた。


 生徒たちの視線、脈の流れ、声と体の動き。


 すべてが翔真を中心に、ぐるりと渦を巻く。


 ここが、彼にとって初めての「院での戦場」となる。


 ──庭園のコロシアム。


長い歴史を刻んだ石の舞台は、無数の戦士たちの息吹を吸い込んでいるかのように重く、空気すらも張り詰めていた。


 翔真とハルトルは、舞台の中心に立つ。緊張感は尋常ではなく、周囲の観客や脈の流れさえも息を潜めているかのようだ。


 ハルトルは錆びた大剣を引きずりながら近づく。その鋼鉄が石床に擦れる音が、まるで戦慄を呼び起こす鐘のようだ。


 翔真は丸腰。掌に力を込めながら、独り言を呟く。


「アトラー、……」


「独り言とは気持ち悪いな。翔真と言ったか?……ん?いや、お前、よく見ると……いい面構えをしている」


 ハルトルは目を細め、少し笑う。その眼光は戦士としての誇りと、何十度も生き残ってきた者の冷徹さを宿していた。


「君も、生まれながらの貴族や騎士という感じの雰囲気では無さそうだね」


「その通り。スラムでトップを張って十数年、あの上に座る第2階隊長ランドン聖騎士団長に拾われ、戦場も2度も経験してきた」


 翔真は小さく頷き、観察を続ける。


「アトラー、この人、悪い人では無さそうだね」

「ふむ」


 そして、両者の視線が一瞬ぶつかる。空気がさらに重くなる。


「さて、席を取るのはどちらか?初め!!」


 ハルトルが声を張り上げる。

 それを合図に、コロシアムの空気は一気に戦場へと変わった。


 丸腰の翔真と、重い大剣を振るうハルトル。


 二人の間に漂う緊張は、歴史を刻む石の床に刻まれた戦いの記憶に、新たな一頁を刻もうとしていた。


(なぜだ……この青年、妙に落ち着いている……。怖気づいているのか……?)


 周囲の戦士たちは息を飲み、誰もがそう思った。


「来ないのか? 殺すつもりで来い」


 翔真の声は静かで、しかし堂々としていた。その瞳と仕草には余裕が漂い、まるで戦場を見下ろすかのようであった。


(いや、おかしい……おかしすぎるだろう! いや、気のせいか……? コイツからは、王の資質に似た何かが垣間見える……。なんなんだ、この余裕は……!)


 ハルトルは大剣を振り上げる。その鋼の重さが、戦場に轟音を刻む。


(刃は潰してあるとはいえ……翔真、前腕で受け止めるつもりか……!? いかん、止めねば……!!)


 ロビル教授は自らの波動で制止しようとする。しかし、その必要はなかった。


「……よ」


 受け止めるのかと思いきや、翔真の構えは違った。それは、戦闘の構えであり、冷静に敵の動きを読むためのものだった。


(ナニ……!!!)


 突如、低く身を構え、くるりと旋回する。


 その肘はまるで端の脈の糸を解くかのようにハルトルのみぞおちを捉えた。


((マズイ……!!!))


 呼吸が止まる。身体中が熱に焼かれるような感覚。圧力に押し潰されそうになる。


 膝をつくハルトル。その目には、驚愕と信じがたい光が宿る。


「君には気絶してもらう」


 ハルトルは、何か重力の糸を断たれたかのように、忽然と意識を失った。


 翔真の静かな瞳の奥に、戦場の王者の風格が垣間見える。


 そして、この瞬間、庭園のコロシアムに新たなる、そよ風が駆け巡ったのである。


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