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6.イケオジは好きだが怖いもんは怖い

 

「……」

「……」

「……」


 長い長い沈黙が流れたが、私の脳内は大混乱に陥っていた。


(ロザリア様が? ダミアンを? え? 私の妄想が具現化した? 私がおかしくなった?)


 ロザリア様は私とは決して視線は合わせないが、顔は真っ赤に染まったままだ。怒ったように窓の外を見つめている。


「……初めてだったの。あんな風に褒めてもらえたの」


 沈黙を破ったのはロザリア様だった。その告白に、心臓がきゅっと縮んだ。

 どんなに優秀な成績をおさめても、どれほど完璧なマナーで社交界に臨んでも、「次期王妃だから当然」と言われてしまう。努力は認められず、成果は当たり前のもとして扱われる。

 誰よりも努力をしてきたのに、今まで褒め言葉一つさえももらえなかったのかと悲しくなってしまう。


「ダミアン様の役に立てればいいなと、ちょっとだけ、思っただけよ」


 そう言って私のことを睨むように見つめてくる。真っ赤にした反応を隠すような言動に胸がときめいてしまう。ロザリア様、そろそろkawaiiの致死量を超えて死んでしまいそうです!


 ロザリア様はむすっとしたまま、再び馬車の窓の外に視線を移した。


 窓の外には夏の日差しを受けてきらめく海と、遠くに並ぶ白い帆船が見える。長いまつげの影が頬に落ち、何かを思案するように遠くを見つめている。

 私はそんな彼女の横顔をずっと見ていた。

 どうかこの出会いがロザリア様にとって、よりよいものになりますように。そう願いながら。



 *


 今日は朝から雨が降り続いていた。

 窓を打つ雨音が、重苦しい室内の雰囲気をさらに重くしている。私は息苦しさを感じながら、目の前の光景を見つめた。

 

 執務室の奥にはヴァレンティーノ公爵家当主でもあり、ロザリア様の父でもある、セルドア・ヴァレンティーノが鎮座していた。険しい顔で手元の書類に目を落としている。

 セルドア様は五十代とは思えないほど若々しいイケオジだった。しかし身に纏うオーラは肉食獣のようで、眼光も鋭く、睨まれただけですくみあがってしまう恐ろしさがある。

 ロザリア様も明らかに緊張した面持ちで、背筋を伸ばして立っている。

 セルドア様は書類を乱雑に放り投げると、彼女の体がぴくりと震えた。怯えたような雰囲気がこちらにも伝わってきて、私の心臓も早鐘を打ち始める。

 セルドア様は静かに言葉を放った。


「いいだろう」

「では……!」

「あぁ、グラン港のギルドには釘を刺さねばと思っていたところだ。それに、ダミアン……だったか? サンベルク公爵家の三男だが、恩を売っといても損はないだろう」

「ありがとうございます!」


 ロザリア様の声に安堵が滲んでいる。私も胸をなで下ろした。

 そう、セルドア様が先ほどまで見ていた書類は「カゼッタ」に卸す魚の流通ルートを変更するための依頼書だったのだ。


「『カゼッタ』の店舗と、それぞれの流通量は後ほど渡す」

「はい、ありがとうございます」


 ロザリア様は一礼して、踵を返す。そのまま部屋を後にしようと扉に手をかけたとき、「ロザリア」とセルドア様が名前を呼んだ。ぴたりと足を止め、緊張した面持ちで振り返る。


「……お前が自分の意思で何かをしたいと言うのは、初めてだったな」

「そう、でしたか?」


 ロザリア様の返事に対し、セルドア様は居心地の悪そうな表情を浮かべるだけで、何も答えなかった。まるで言いたいことがあるのに、どう言葉にすればいいか分からないような様子だった。

 彼女は父親の沈黙を受けて、悩むように視線を左右に動かした。だが何も言うことなく、もう一度深く頭をさげると、静かに部屋を退出した。


 その後、疲れているだろうロザリア様のためにミントティーを淹れて、部屋に向かう。ノックをして入室すると、一仕事を終えたばかりだというのに、ロザリア様は次の書類を読み込んでいた。私はテーブルにカップを静かに置く。


「ミントティーです」

「ありがとう」


 手にしていた書類をテーブルの上に置き、カップを手に取った。ゆっくりと香りを楽しむように啜っている。

 窓の外は激しい雨が降り続き、ガラスを叩く音が響いていた。気圧の変化に敏感なロザリア様が気がかりで、私は声をかけた。


「今日は雨ですが、体調などは大丈夫ですか?」

「え? ……あぁ」


 ロザリア様は私の言葉に一瞬だけきょとんとして、窓の向こうの雨模様に目を向けた。

 そして驚くくらい穏やかな笑みを浮かべて言った。


「不思議ね、今日は悪くない気分なの」



 *



 後日、ポルーノとの取引成立の報告をするため、ダミアンのもとへ訪れた。

 報告を聞いた彼は目を見開き、頭を下げた。


「本当にありがとうございます」

「ヴァレンティーノの利益のためですから」


 ロザリア様は冷たく言い放っていたが、私の脳内では顔を真っ赤にしているロザリア様が浮かんでいて、にやにやと笑いを噛み殺していた。しかし彼女にはバレバレだったのか、ヒールの先で思い切り踏まれてしまう。

 それから商談がはじまった。

 卸す魚の量や種類、旬による仕入れの変動、さらに流通方法など細かく議論が交わされる。


「魚の鮮度を保つために、サンベルク家の者を使いましょう。氷魔法が使えますから」

「では、流通経路の補修費はヴァレンティーノ家が多めに負担しましょう」


 互いの利害を天秤にかけながら交渉が続く。夏の光が窓から差し込み、二人の横顔を照らしていた。夏期休暇中もビジネスで忙しそうなロザリア様だが、その横顔は何だか晴れやかに見えたのだ──あの日までは。




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