番外編:マグリット夫人のお茶会 前編
ポルーノで真珠が見つかったあたりの話です。
(第1章13話前後の内容です)
学園が休日の日、私はロザリア様の部屋で執務にあたっていた。
外はあいにくの雨である。しとしとと降る音に包まれながら、ロザリア様はミントティーを口に運んだ。
机の上には、真珠の販路や価格設定に関する書類が広がっている。書類をめくる音と、ペンが走る音だけが部屋に響いていた。
そんな中、不意にロザリア様は小さく呟いた。
「……どうしようかしら」
その声に、私は顔をあげた。ロザリア様は前髪をかき上げ、どこか思案するような表情を浮かべている。私は首を傾げつつ、声をかけた。
「どうされたのですか?」
「マグリット夫人からお茶会の手紙が届いたのよ」
「! おめでとうございます!」
思わず声が弾んだ。
流行の中心にいるマグリット夫人。彼女のサロンに招かれることは、女性貴族たちの憧れでもある。だが、どれほど願っても誘いはほとんど断られるのが現実だ。
そんな人物から、お茶会の誘いが届いたのだ。
名誉であることは言うまでもないし、商会にとっても追い風だろう。なぜロザリア様が浮かない顔をされているのか分からず、首をひねる。
すると彼女は、私の気持ちを見透かしたように口を開いた。
「マグリット夫人へのお土産に悩んでいるのよ。真珠は当然として、もう一品くらいは添えたいの」
「なるほど……」
そういうことかと、ようやく合点がいく。
マグリット夫人のお茶会は、誘われれば終わりという場所ではない。気に入らないお土産を持参したり、流行から外れたドレスを着ているだけで、その場で追い返されてしまうのは有名な話だった。
しかも追い返されてしまった貴族の名は、瞬く間に社交界へと知れ渡る。
ロザリア様のドレスのセンスなら問題ないだろう。しかし、お土産となると話は別だ。
確かファンブック情報だと、マグリット夫人は四十代。学園で流行っているものを持っていっても、かえって逆効果になる可能性がある。
(ん? ファンブック?)
ちり、と小さな閃きが頭の隅をよぎった。
私は人差し指をこめかみに当て、記憶の引き出しを必死に探る。前世で私は、あらゆる人物のプロフィールを徹底的に読み込んできた。主要人物は当然のこと、物語の端にしか登場しないサブキャラの設定まで、何度も何度も読み返してきた。すべては素晴らしきダミロザを書くために。
(頑張れ私、思い出すのよ……!)
その時、ひとつの文章がふっと浮かび上がった。
『マグリット夫人は、珍しく、見た目が華やかなものを好んでいる。反対に、安易に流行の品を持っていくと逆鱗に触れるので気をつけたい』
(そうだ……)
流行っているからといって安全ではない。
むしろ誰でも選びそうなものは、彼女にとって価値がない。後でロザリア様にさりげなく助言をしようと決意する。
さらにお茶会まで、それほど時間がない。できることなら「珍しく」「見た目も華やかな」お土産を、ロザリア様に提案したい。私は必死に考えを巡らせる。
その時、ミントの香りがふわりと鼻先を掠めた。
視線を向けると、ロザリア様のカップはもう空になりかけていた。新しいミントティーを淹れるため、サイドテーブルへと移動する。
新しい茶葉を用意し、お湯を注ぐ。立ち上る湯気と共に、清涼感のある香りが広がった。
同時に、胸の奥から懐かしい感覚が蘇る。
(そういえば前世では、色んな国から茶葉を取り寄せたり、ハーブをベランダで育てたりしたなぁ……)
仕事に追われながらも、香りや味に癒やされた日々。その記憶に浸りながら、茶の色が深まっていくのを待つ。
私が試したのは、ハーブティーだけではない。飲み物全般に興味が出て、コーヒーや日本茶をはじめ、世界各国のお茶を色々と買い集めていた。
産地や製法によって香りも味も変わる。その奥深さに惹かれて、気づけば棚が飲み物だらけになっていた。
その記憶を辿っていたとき、一つのお茶が脳裏に浮かんだ。
「あ……」
思わず声が漏れる。ロザリア様が不思議そうに顔をあげた。
淹れ直したミントティーを、ロザリア様の前に静かに置く。そして彼女の赤い瞳を見つめながら、口を開いた。
「ロザリア様、少し退出してもよろしいでしょうか? お見せしたいものがあるんです」
「? 別に構わないけれど……」
首を傾げるロザリア様に一礼し、部屋を退出する。
胸の鼓動が少し速くなっているのを感じながら、自分の部屋へと急いだ。
(確か、取り寄せたものがあったはず……!)
部屋に飛び込み、本棚へ一直線に向かう。上段に並んでいるのは本ではなく、小さなガラス瓶の列だった。中には色も香りも異なる茶葉が詰められている。
どれもロザリア様の体調や気分を考えながら集めてきたものだ。
私はその中から、一つの瓶を手に取った。
(これなら……)
すぐに部屋を出て、ロザリア様の元へ戻る。ノックして入ると、彼女は私に視線を向け、すぐに私の持つ瓶に目を留めた。
その瞬間、露骨に怪訝そうな顔になる。
「それ、何?」
「マグリット夫人へのお土産に、いかがかなと思いまして!」
ロザリア様の眉間の皺が、さらに深くなる。
この見た目では無理もないと思いつつ、私は急いで準備に取りかかる。新しいティーポットに茶葉を入れ、静かにお湯を注いだ。
目の前で広がる光景に、ロザリア様の目が見開かれる。私はカップに茶を注ぎ、ロザリア様に手渡しながら尋ねた。
「いかがでしょうか?」
「……面白いわね」
先ほどまでの怪訝な表情はすっかり消え、ロザリア様の唇には満足げな笑みが浮かんでいた。
後編は明日21時ごろに更新します!




