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推しの悪女の侍女になりました 〜断罪フラグ? 推し愛で全てへし折ります〜【書籍①巻 8/3発売!】  作者: 海城あおの
閑話

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番外編:マグリット夫人のお茶会 前編


ポルーノで真珠が見つかったあたりの話です。

(第1章13話前後の内容です)






 学園が休日の日、私はロザリア様の部屋で執務にあたっていた。

 外はあいにくの雨である。しとしとと降る音に包まれながら、ロザリア様はミントティーを口に運んだ。

 机の上には、真珠の販路や価格設定に関する書類が広がっている。書類をめくる音と、ペンが走る音だけが部屋に響いていた。

 そんな中、不意にロザリア様は小さく呟いた。


「……どうしようかしら」


 その声に、私は顔をあげた。ロザリア様は前髪をかき上げ、どこか思案するような表情を浮かべている。私は首を傾げつつ、声をかけた。


「どうされたのですか?」

「マグリット夫人からお茶会の手紙が届いたのよ」

「! おめでとうございます!」


 思わず声が弾んだ。

 流行の中心にいるマグリット夫人。彼女のサロンに招かれることは、女性貴族たちの憧れでもある。だが、どれほど願っても誘いはほとんど断られるのが現実だ。

 そんな人物から、お茶会の誘いが届いたのだ。

 名誉であることは言うまでもないし、商会にとっても追い風だろう。なぜロザリア様が浮かない顔をされているのか分からず、首をひねる。

 すると彼女は、私の気持ちを見透かしたように口を開いた。


「マグリット夫人へのお土産に悩んでいるのよ。真珠は当然として、もう一品くらいは添えたいの」

「なるほど……」


 そういうことかと、ようやく合点がいく。

 マグリット夫人のお茶会は、誘われれば終わりという場所ではない。気に入らないお土産を持参したり、流行から外れたドレスを着ているだけで、その場で追い返されてしまうのは有名な話だった。

 しかも追い返されてしまった貴族の名は、瞬く間に社交界へと知れ渡る。

 ロザリア様のドレスのセンスなら問題ないだろう。しかし、お土産となると話は別だ。

 確かファンブック情報だと、マグリット夫人は四十代。学園で流行っているものを持っていっても、かえって逆効果になる可能性がある。


(ん? ファンブック?)


 ちり、と小さな閃きが頭の隅をよぎった。

 私は人差し指をこめかみに当て、記憶の引き出しを必死に探る。前世で私は、あらゆる人物のプロフィールを徹底的に読み込んできた。主要人物は当然のこと、物語の端にしか登場しないサブキャラの設定まで、何度も何度も読み返してきた。すべては素晴らしきダミロザを書くために。


(頑張れ私、思い出すのよ……!)


 その時、ひとつの文章がふっと浮かび上がった。

『マグリット夫人は、珍しく、見た目が華やかなものを好んでいる。反対に、安易に流行の品を持っていくと逆鱗に触れるので気をつけたい』


(そうだ……)


 流行っているからといって安全ではない。

 むしろ誰でも選びそうなものは、彼女にとって価値がない。後でロザリア様にさりげなく助言をしようと決意する。

 さらにお茶会まで、それほど時間がない。できることなら「珍しく」「見た目も華やかな」お土産を、ロザリア様に提案したい。私は必死に考えを巡らせる。

 その時、ミントの香りがふわりと鼻先を掠めた。

 視線を向けると、ロザリア様のカップはもう空になりかけていた。新しいミントティーを淹れるため、サイドテーブルへと移動する。

 新しい茶葉を用意し、お湯を注ぐ。立ち上る湯気と共に、清涼感のある香りが広がった。

 同時に、胸の奥から懐かしい感覚が蘇る。


(そういえば前世では、色んな国から茶葉を取り寄せたり、ハーブをベランダで育てたりしたなぁ……)


 仕事に追われながらも、香りや味に癒やされた日々。その記憶に浸りながら、茶の色が深まっていくのを待つ。

 私が試したのは、ハーブティーだけではない。飲み物全般に興味が出て、コーヒーや日本茶をはじめ、世界各国のお茶を色々と買い集めていた。

 産地や製法によって香りも味も変わる。その奥深さに惹かれて、気づけば棚が飲み物だらけになっていた。

 その記憶を辿っていたとき、一つのお茶が脳裏に浮かんだ。


「あ……」


 思わず声が漏れる。ロザリア様が不思議そうに顔をあげた。

 淹れ直したミントティーを、ロザリア様の前に静かに置く。そして彼女の赤い瞳を見つめながら、口を開いた。


「ロザリア様、少し退出してもよろしいでしょうか? お見せしたいものがあるんです」

「? 別に構わないけれど……」


 首を傾げるロザリア様に一礼し、部屋を退出する。

 胸の鼓動が少し速くなっているのを感じながら、自分の部屋へと急いだ。


(確か、取り寄せたものがあったはず……!)


 部屋に飛び込み、本棚へ一直線に向かう。上段に並んでいるのは本ではなく、小さなガラス瓶の列だった。中には色も香りも異なる茶葉が詰められている。

 どれもロザリア様の体調や気分を考えながら集めてきたものだ。

 私はその中から、一つの瓶を手に取った。


(これなら……)


 すぐに部屋を出て、ロザリア様の元へ戻る。ノックして入ると、彼女は私に視線を向け、すぐに私の持つ瓶に目を留めた。

 その瞬間、露骨に怪訝そうな顔になる。


「それ、何?」

「マグリット夫人へのお土産に、いかがかなと思いまして!」


 ロザリア様の眉間の皺が、さらに深くなる。

 この見た目では無理もないと思いつつ、私は急いで準備に取りかかる。新しいティーポットに茶葉を入れ、静かにお湯を注いだ。

 目の前で広がる光景に、ロザリア様の目が見開かれる。私はカップに茶を注ぎ、ロザリア様に手渡しながら尋ねた。


「いかがでしょうか?」

「……面白いわね」


 先ほどまでの怪訝な表情はすっかり消え、ロザリア様の唇には満足げな笑みが浮かんでいた。



後編は明日21時ごろに更新します!



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