表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しの悪女の侍女になりました 〜断罪フラグ? 推し愛で全てへし折ります〜【書籍化・コミカライズ】  作者: 海城あおの
第三章 ダミアン過去編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/52

9.推しが美しいのは、ぜんぶ雪のせいだ

 


 エルフェリア王国より遙か北に位置する国、グリフレア国。

 馬車から降りた瞬間、切り裂くような冷気が頬を打つ。吐く息さえも凍りそうなほどの寒さに身をすくめながら、後ろを振り向いた。

 ロザリア様を見た瞬間、先ほどまで私を容赦なく襲っていた寒さがどこかへ吹き飛んだ。


(か、か、かわいい~~~~~!!!!!)


 真っ白なファーの帽子と手袋。そして純白のロングコート。

 寒さを避けるために重ね着しているせいか、シルエットがふっくらとしている。とても愛らしい。まるで雪の精だ。

 見蕩れている私に、ロザリア様は淡々と言い放った。


「何ぼおっとしてるの」

「すみません!」


 我に返って、頭を下げる。慌てて姿勢を正し、差し出した手をロザリア様が取った。


「寒いわね……」


 白い息がふわりと浮かび、空へとほどけていく。

 視線の先には、雪化粧をまとった街──タタンがあった。

 グリフレア国の首都であるタタンは、やわらかな雪にすっぽりと包まれていた。レンガ造りの家々が肩を寄せ合い、煙突から立ち上る白い煙が空へと溶けていく。

 通りには屋台が並んでおり、色とりどりのランタンが揺れていた。子どもたちが笑って駆けていき、鈴の音がそれに重なる。うっすらと吹く風の中、香ばしい焼き菓子の匂いが漂ってきた。

 寒そうに息を吐くロザリア様を見て、罪悪感が胸を刺す。


「すみません、寒いのが苦手なのに」

「本当よ」


 ロザリア様に睨まれてしまって、ぐさりと心臓が痛む。

「でも……」と彼女は街並みを見ながらぼそりと言った。


「……貴方の提案は、幸運を呼び寄せるから」


 独り言のように小さな声だった。

 ロザリア様はそれ以上何も言わず、ふいっと街へと歩いて行ってしまう。

 彼女の言葉を反芻し、理解した瞬間──マイナス十度くらいだった体温が五十度くらいまで跳ね上がった。


(そ、それはつまり……ダミアンと出会ったことも幸運だと……!?)


 寒さで凍えていた体が一気に沸騰しそうになる。ありがとうございますロザリア様。まさか、ダミアンと出会えたことが一番の幸運だと言ってもらえるなんて(※言ってない)。ダミロザオタク冥利に尽きます……!

 ゆるむ頬を押さえながら、私はロザリア様のあとを追いかけた。


 街の中心へ行くと多彩な屋台が軒を連ねていた。

 香草を練り込んだソーセージを吊したお店、色とりどりのキャンドルが並んでいる雑貨店もある。その合間を、鈴の音を響かせながら子どもたちが駆け抜けていく。


「賑やかね」

「お祭りに参加されるのははじめてですか?」

「えぇ。招待されたことはあったけど、仕事ではなく一般人として歩くのは初めてね」


 エルフェリア王国の公爵令嬢となれば、祭りは「楽しむ場」ではなく「顔を見せる場」になる。だが今日は違う。

 彼女を知っている者がほとんどいない他国で、一人の女性として歩いている。格式張った服装も、護衛の行列もない。一般客に紛れた護衛たちが、背後で私たちを見守っているだけだ。

 いつもは冷静なロザリア様が、珍しく興味津々といった様子で辺りを見回した。私は声をかける。


「ロザリア様、何か買ってきましょうか?」

「そうね、何が良いかしら」

「うーん、あ! ホットワインがありますよ!」


 街の一角にある屋台を指さす。銅鍋から湯気が立ち上り、ランタンの光をゆらめかせていた。スパイシーな香りが、雪混じりの風に乗って甘く広がっている。

「いいわね」とロザリア様の表情がゆるむ。私は屋台に駆け寄り、店員に小銭を渡す。ふくよかな女性の店員が、湯気の立つ木のコップを差し出した。

 毒味を終えた私は、「大丈夫です」とロザリア様に渡す。

 彼女はそろりとコップに口づけた。が、すぐに眉をひそめた。


「……熱いわ」

「ロザリア様って、もしかして猫舌ですか?」

「悪いの?」


 赤い瞳で睨まれてしまったので、「とんでもない!」と両手を振る。あの美しいロザリア様が猫舌だなんて可愛すぎる。ギャップにやられてしまいそうだ。

 私も一口飲むと、ほのかに苦い葡萄の味が広がった。そのあとシナモンの香りが鼻から抜けていく。寒さで強ばっていた体が、内側からゆっくりとほぐれていった。

 ロザリア様がくすりと笑う。


「息がまっ白ね」


 私の息が白くて、笑われてしまった。

 淡い笑みを浮かべるロザリア様がかわいい。ぎゅんと心臓が握り締められる心地がした。

 その後もロザリア様と並んで、屋台を見て回った。

 この厄払いの祭りは、北部の中でも最大級のお祭りらしい。本格的な冬がやってくる前に、人々が笑い、歌い、騒ぐことで、寒さとともに訪れる厄災や病を遠ざけるそうだ。

 子どもたちが雪を蹴り上げ、鈴を鳴らして走り回る。「いいぞ、もっと騒げ」「悪魔を追っ払え!」と大人たちが楽しそうに囃し立てていた。

 賑わう通りの喧騒を横目に、私はひとり焦っていた。

 厄払いの祭りは想像以上に規模が大きく、人が多かった。この広い祭りの中で、目的の人物を見つけられるかという不安が再び胸を刺す。


(私が知っているのは、元サンベルク公爵家の次男で、今は金細工職人ということだけ……。名前も顔も知らない……)


 そんな僅かな情報だけで、ロザリア様を連れてきてしまってよかったのだろうか。

 彼女がダミアンのことで悩んでいる姿を見たとき、どうにか助けになりたいと思った。せめて何かの糸口になればと、この旅を提案した。


(すべて自分の空回りだったら、どうしよう)


 黒いモヤが胸の内に広がっていく。

 私はロザリア様の幸せのために、働きたいと思っている。心から思っている。だけど──


(すべて、私の独りよがりだったら? 忙しいロザリア様が、実は迷惑に感じていたら?)


 焦りのようなものが湧き上がってきた。

 そのとき、ロザリア様は二杯目のホットワインに口づけ、ふと口を開いた。


「ねぇソレイユ」

「はい」

「楽しいわね」


 私は驚いてロザリア様を見た。

 私があまりにも勢いよく顔をあげたせいで、ロザリア様がきょとんとしている。私の驚きが顔に出ていたのかもしれない。ロザリア様は「本心よ」と、やわらかく言葉を続けた。


「最近色々あったから、気分転換できてよかったわ」


 その何気ない一言で、涙がこぼれた。

 安堵なのか、嬉しさなのか、自分でも分からない。

 慌てて裾で拭い、ロザリア様に気づかれないようにする。

 ロザリア様を街を駆け回る子どもたちを、優しい眼差しで見つめていた。私はそんな彼女を見ながら、自分に言い聞かせる。


(そうだ、不安になってどうする!)


 拳を握り締めた。

 ロザリア様の迷惑になるかもしれない、余計なことかもしれない、そう不安になるのは簡単だ。

 でもそんな言葉で、自分の想いを殺したくない。立ち止まりたくない。

 私は私なりに、彼女の幸せのために動いてきた。その行動に自信を持とう。

 きっとロザリア様にも、この気持ちは伝わっているはずだから。


 するとロザリア様は、一つの店舗に目を留めた。そのまま迷いなく歩き出したので、私も慌てて後を追う。

 店員はすらりとした三十代くらいの女性だった。私たちに気づくと「いらっしゃい」と目を細める。ロザリア様は返事もせず、並べられた商品を食い入るように見つめていた。

 そこはアクセサリー屋だった。指輪やネックレス、ブローチなど様々なものが置かれている。この街は金細工の名産地として知られているため、似たような店が数多くあった。

 しかしロザリア様がここまで興味を持ったのは初めてだ。

 ロザリア様は顔をあげ、店員に尋ねた。


「こちらは貴方が?」

「いえいえ。別の者が作ってるんですよ」

「その方はどちらに?」

「今は工房ですかねぇ。ものすごく無愛想でねぇ……めったに人前に出ないんですよ」


 店員は困ったように笑う。

 ロザリア様は頷いて、並んだアクセサリーを指さした。


「すべて購入しますわ」

「え!? す、すべてですか!?」

「えぇ。その代わり、この作品を作った方と会えないかしら?」


 女性は戸惑いの表情を浮かべ、腕を組んで小さく唸る。


「構いませんが……本当に無愛想で気難しい人ですよ? 大丈夫ですか?」

「えぇ」


 ロザリア様が微笑むと、女性は観念したように頷いた。

「こちらで足りるかしら?」とロザリア様は小袋から金貨を五枚渡す。彼女は目を丸くし、すぐに満足げな笑みを浮かべた。


「少しお待ちくださいね」


 そう言って女性は裏路地へと消えていった。

 その背中が見えなくなったのを確認してから、私は問いかけた。


「ロザリア様……一体、なぜこちらを?」


 私が尋ねると、ロザリア様は呆れたように私を見つめた。

 そしてブローチを一つつまみ上げ、指先を傾ける。


「ものすごく腕のいい職人がつくってるわ。見て分からないの?」

「わ、私にはさっぱり……」


 ブローチの中央には繊細な植物の彫りが施され、金の縁取りが光を受けて淡くきらめいていた。美しいとは思う。しかし、どこに技術が宿っているかまでは分からない。

 ロザリア様はさらに呆れた声で言った。


「私の侍女として、もう少し目を養った方がよさそうね」

「う……頑張ります……」


 確かに、前世でも今世でも、私はブランド品や宝石などに何も興味がなかった。私の美しいの基準はすべてロザリア様だったからだ。

 ロザリア様が身につければ、ガラス玉でもダイアモンドに見える。どんな布きれでも、彼女が纏えば光り輝くドレスに見える。

 そう思ってしまう時点で、私の目は確かに偏っているのかもしれない。

 しばらくすると店員は、一人の男性を連れてきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ロザリア様がたまにソレイユにデレてくれるのが堪らない。 あれ?わたし飴鞭にかかってる?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ