4.かくなる上は
「はぁ、わざわざジゼル様と引き合わせたのに損したわ」
「す、すみません……!」
怒りと呆れと疲労が混じった声に、私は必死に謝罪を繰り返す。
会場に流れ始めたのは、穏やかなテンポのバラードだった。これなら踊れそうだと胸を撫で下ろしながら、ロザリア様をリードする。
「ただ、ロザリア様をモチーフにしたドレスを着たい令嬢は、たくさんいると思うんです!」
「……いるわけないでしょ」
呆れたように言うロザリア様に、「そんなことありません」と小さく首を横に振る。
「周りを見てください」
私が促すと、彼女は訝しげな表情を浮かべた。そして視線だけ動かし、周囲を見渡した。
その瞬間、赤い瞳がわずかに大きくなった。
周りの令嬢たちはうっとりとした瞳で、ロザリア様を見つめていた。尊敬や崇拝が宿ったまなざしが、確かに彼女に注がれている。
やがて、ロザリア様がゆっくりと私の方を見た。
私は口元をほころばせ、言葉を紡ぐ。
「──私も、同じ気持ちです」
ロザリア様の美しさに心を奪われた彼女たちと、私の気持ちは何も変わらない。ただ私だけが、近くでその輝きを見ることができる幸運に恵まれているだけだ。
ドレスの裾を優雅に翻し、シャンデリアの光が紫の髪を照らしていた。美しいという言葉では足りないくらい、彼女は輝いていた。誰よりも美しく、誰よりも気高い、私のご主人様。
ロザリア様の頬がほんのりと紅色に染まる。目線をわずかに伏せて、そっけなく言った。
「……生意気ね」
「本当のことですから!」
私が胸を張って言い切ると、ロザリア様の唇が弧を描いた。
「馬鹿ね」と笑うロザリア様があまりにきれいで、私は思わず呼吸を忘れてしまう。
彼女に見蕩れながらダンスをしていると、ロザリア様は思い出したように言った。
「そういえば普通に踊れているのね」
「たくさん練習しましたから!」
「つまらないわね」
がっかりしたように言うロザリア様。
(まさか私がダンスを踊れず、あたふたしているところを期待していたの……!? 意地悪すぎる……!?)
そう思いながらも、意地悪なロザリア様もかわいくて何も言えない。推しがやること全部尊いの辛い。
しかし今日のために二週間、猛特訓してきたのだ。ちょっとくらい仕返ししても罰は当たらないだろうと思い、私はロザリア様に問いかける。
「ロザリア様」
「何よ」
「私がダミアン様だったら、どう思われますか」
唐突な問いに、ロザリア様の赤い瞳がぱちりと瞬く。一瞬、ロザリア様の時間が止まった。
三秒ほどの沈黙のあと、さっきの比ではないくらい真っ赤に染まる。
まさかそんな反応が見られると思わなくて、私は思わずにやけてしまう。しかしホールのど真ん中でニヤニヤするわけにはいかない。私は必死に唇を噛みしめた。
その瞬間、足に激痛が走る。ロザリア様のヒールが、めりめりと容赦なく突き刺さっている。
「ろ、ロザリア様! 踏んで! 踏んでおります!!」
「変なこと言うからよ」
冷たい声で一蹴されてしまう。
こうして私とロザリア様の二回目の「アストレイヤの会」は、私の足の痛みと共に幕を閉じた。
*
「新商品を考えているのですが……」
「アイシャドウの色違いとは別に、アクセサリー関連で何か一つ欲しいですね」
「アストレイヤの会」が終わり、一週間後。
ロザリア様とダミアンは久々に顔を合わせていた。
今日の議題は「ルストレア」の新商品についてである。久々に二人が存在する空気が吸えた私は、ほくほく顔でロザリア様の後ろに控えていた。
私はちらりとダミアンの顔を見る。
涼しげな目元や高い鼻筋、そして容姿だけではなく、立ち振る舞いや言葉遣いからにじみ出る包容力。アランのように一目で「イケメンだ!」という華やかさはないが、大変整っている顔だ。
やはりダミロザ、ダミロザが至高カプや……!と確信する。
その時、「ダミアンには気をつけてほしい」というマリエッタの言葉が、ふと脳裏をよぎった。
(でもやっぱり、ダミアンに裏があるとは思えない)
彼女の声色は切実だったが、とても信じる気にはなれなかった。少なくとも、目の前のダミアンは穏やかで、冷たさは微塵もない。
ロザリア様も同じだったのだろう。普段通りに商談を続け、マリエッタが屋敷を訪れたことを口にすることもなかった。
商談が終わった後、ダミアンは思い出したように言った。
「そういえば『ノワール』が開店したんですよね? おめでとうございます」
「えぇ」
「酒好きの知人たちから、評判を聞いていますよ」
「父が張り切って揃えていましたから」
ロザリア様が言うと、ダミアンは愉快そうに笑った。部屋の空気がふっと緩む。
「セルドア様のセンスであれば、間違いなさそうですね」
「そういえば、この間トリト国から輸入したウイスキーが入ったとか言ってましたね」
その言葉を聞いた瞬間、ダミアンの目がぱっと輝いた。
だがすぐにロザリア様の視線に気づいたのか、我に返って目線を泳がせる。彼女はわずかに首を傾げて尋ねた。
「ご存じなのですか?」
「トリト国のウイスキーは『幻の酒』とも呼ばれていて、めったに手に入らないんです。セルドア様はどうやって手に入れたのか……気になりますね」
ダミアンが説明する声の奥に、わずかな興奮が滲んでいた。
ロザリア様はそんな彼の表情を、観察するように静かに見つめた。そしてやわらかな声で提案する。
「もしよろしければ、案内しましょうか?」
「……よろしいのですか?」
ダミアンの目が大きくなる。冷静を装っているのだろうが、喜びが隠しきれていない。
なんだかダミアンの反応が子供のようで、かわいらしい。
ロザリア様も同じことを思ったのか、くすりと笑った。
「えぇ、父に打診すれば席はとれますので。二週間後など、いかがでしょうか」
「ありがとうございます」
ダミアンは深々と頭を下げた。
「幻の酒」が飲めるという期待感がにじみ出ていた。その姿を眺め、私は微笑ましく頬をゆるめる。
だが、次の瞬間、脳裏に光景が流れ込んだ。
静かで重厚な店内、グラスの中で揺れる琥珀色の液体。ドレスアップしたロザリア様と、タキシードのダミアンが囁き合い、微笑み合う姿……
エロい。
エロすぎる。
妄想の中のダミロザが尊すぎて、鼻血どころか意識が飛びそうだった。
(あまりにも最高のシチュエーションなのでは……!?)
暴走しかけた妄想を堅牢(※当社比)な理性で抑え込みながら、貧血を起こさないように踏ん張る。
まさか至高のダミロザが見ることができるなんて……! 本当にロザリア様の侍女になれてよかった……!
そう思っていたのだが、
「行けるわけないじゃない」
「え?」
馬車の車輪が石畳を踏む音が、やけに遠くに感じられた。ダミアンとの商談が終わり、屋敷へ戻る途中のことである。
ロザリア様の言葉が信じることができず、思わず聞き返してしまう。
彼女は呆れかえったように説明した。
「『ノワール』は貴族専用の高級バーよ。貴方が入れるわけないじゃない」
「い、一応、子爵家の貴族籍を持っているのですが……!」
「同じことを店で言ってみなさい。鼻で笑われて追い返されるわよ」
一刀両断。情けは一切無かった。
事実を突きつけられ、私は何も言い返せなかった。
確かに五大公爵家と比べたら、子爵家など塵に等しい。しかも「ノワール」は、今や王都でも指折りの人気を誇る店。選ばれた者しか通されない扉を、私ごときが通れるはずもなかった。
(そ、そんな……バーでのダミロザが……!!)
あまりに悔しくて涙があふれそうになる。宗教画に等しいお姿をこの目で拝められないだと? どうにかして見たい。どうしても見たい。どんな手を使ってでも見たい……!
ロザリア様は「ノワール」の話は終わったと思っているのか、「ルストレア」関連の書類に視線を落としている。
(かくなる上は……!!!!!)
熱い闘志が胸の奥で燃え上がり、私は決意を固めた。
今年はありがとうございました!
皆様のおかげで書籍化やコミカライズが決まって、とても嬉しい年になりました。
来年もよろしくお願いします!




