4.断罪ルート回避できる!?
落ちた際に開いてしまったページには、貝殻のデザイン画が描かれていた。
絵を見る限り、どうやら化粧品のようだ。扇状の貝殻のコンパクトが開き、パウダーが収まっている。留め金には小さな真珠が一粒埋め込まれて、上品なアクセントになっていた。
丁寧に描かれたスケッチに、思わず呟いてしまう。
「……きれい」
「何してるの?」
ロザリア様の呼びかけに我に返り、落ちたものを素早く鞄にしまい、ノートだけはテーブルに置いた。勝手に見てしまったのは事実なので、バツの悪さを感じながらも正直に答える。
「すみません、目に入ってしまって……」
「あぁ、これね」
「どなたが描いたのですか?」
「私よ」
「え!?」
私が驚くと、ロザリア様は懐かしそうに貝殻の絵に触れた。
「亡くなった母は絵が上手でね。私も時々描いていたの。気晴らしにね」
「素晴らしいです……!」
美貌と知性と品格も兼ね備えた上に、芸術的才能まで持ち合わせているなんて。ロザリア様の多才ぶりに、私は改めて感嘆の声を漏らす。
もう一度スケッチを目に焼き付けようと視線を落とせば、絵の脇に字が隙間なく書き込まれていることに気づく。複数の薬草名や「白粉」「ローズエキス」など素材の名前が細かく記載されていた。
「これ……もしかして、化粧品ですか?」
「よく分かったわね。薬草学の授業で興味が出て、色んな素材を調合して試してみたの」
「調合まで!?」
(推しが天才過ぎる……!)
戦慄しながら、手で口元を押さえる。
ロザリア様は皮肉めいた笑みで自嘲した。
「美しくなれば、アラン様の心も離れないと思っていたのよ。馬鹿よね」
その言葉を聞いた瞬間、胸に鋭い痛みが走り、泣きたくなるほどの苦しさが襲った。
たった一人の男性に振り向いてもらうために努力を重ねるロザリア様の姿が、切なくて、痛ましくて、見ているだけで辛い。
私は耐えきれず話題を変えようと、スケッチを指さして尋ねた。
「これはファンデーションですか?」
「違うわ、化粧の仕上げ用のパウダーよ。肌に自然な艶を与えてくれるの」
「へぇ……!」
そういえば前世で似たような商品があったなと思い出す。
この世界ではそんな化粧品はなかったので、ロザリア様の発想でつくられたことになる。流石ロザリア様……と、そこまで考えて私は閃いた。
(これ、断罪ルートを回避できる道になるんじゃない!?)
私はノートを指差して勢いよく提案した。
「こちらを商品化すればロザリア様の実績になるのでは!」
「無理ね」
一蹴されてしまった。
私が肩を落としていると、ロザリア様が理由を説明してくれた。
「一番の問題は素材ね」
「素材?」
「えぇ、このパウダーには真珠が必要不可欠なの。でもエルファリア国では真珠が採れない。輸入は高いし、不安定。商品化するには現実的じゃないわ」
「真珠……」
そう呟き、私の頭の中では原作の展開が蘇ってきた。記憶の断片が繋がり、一つの場面が浮かび上がる。一年後に「幸運の女神」の逸話が生まれるエピソードだ。
(……間に合う、今なら原作より先に動ける!)
活路が開いた気がして、私は大興奮の中、叫んだ。
「ロザリア様っ、一緒に行っていただきたい場所があるんです!」
*
一週間後。
「……本当にこんな場所に来たかったの?」
ロザリア様がそういうのも無理はない。
ここはエルファリア国の南端にある港町ポルーノ。港町と聞けば賑やかな街並みを思い浮かべるが、目の前に広がっているのは想像とは正反対の景色だった。
家は古びて朽ちかけ、木造部分は海風で腐食し始めている。通りを歩いているのは老人が数人だけで、若者の姿は見当たらない。明らかに寂れた町だった。
ここに到着するまでの一時間も過酷だった。道の整備もされておらず、馬車がものすごく揺れた。おかげでロザリア様がとても不機嫌である。
「はい! ある人と約束を取り付けましたので、会っていただきたいのです」
「その人に気に入られるように行動すれば、私にメリットがあると言ってたわね?」
「はい、お約束します! もしロザリア様が不利益をかぶることがあれば、私は首でも心臓でも何でも捧げます!」
「……そこまでしなくていいわよ」
「まぁアンタには世話になってるしね」とぶっきらぼうに言う。
学園での一件から、ロザリア様の態度が確実に変化した。口調は冷たいままだが、奥底に彼女の優しさを感じる。ツンデレロザリア様って最高だなと感じる毎日である。
もちろん、ロザリア様が不利益をかぶることなど私は提案しない。
現在は寂れた港町ポルーノだが、一年後には良質な真珠の産地として生まれ変わるのだ。
原作ではアランとフィレーユが旅行帰りにこの港に立ち寄り、荒廃した街並みを見たフィローレが心を痛める。それがきっかけでアランはポルーノの商業ギルドと契約を交わす。その後、真珠が発見され、フィレーユは「幸運の女神」と呼ばれるようになる……というエピソードだ。
だったらその前に行動を起こせばいい。
(名付けて「ロザリア様と商業ギルドの長を引き合わせてしまえばいいじゃない」作戦!)
「それにしても大丈夫? 屋敷出たときからいつもより挙動不審だけど」
「へへ……はは」
笑って誤魔化す。
実はこれから会う人物のことを考えると、昨夜は大興奮で眠れなかったのだ。
すると屋敷の中から一人の男性が歩いてきた。私の興奮が最高潮になる。
次回、ソレイユが興奮しすぎて発狂します。