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推しの悪女の侍女になりました 〜断罪フラグ? 推し愛で全てへし折ります〜【書籍化・コミカライズ】  作者: 海城あおの
第二章 ブランド誕生編

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13.私はロザリア様の侍女だから

 

 一週間後、三番地にあるロレアの店では、怒りに満ちた令嬢たちが詰めかけていた。

 焦りと苛立ちが顔に滲み、声を荒げながら、次々と怒りをぶつけていく。


「ここのアイシャドウを使ったら目が腫れたんだけど!」

「パーティがあるのに!」

「責任者出しなさい!!」


 怒声が王都に響き渡り、通りすがる者たちも何事かと足を止める。

 誰もが興奮気味に手を振り上げ、戸を叩き、今にも店を押しつぶさんばかりの勢いで詰め寄っていた。

 しかし店側は何一つ応じることなく、扉を固く閉ざしたまま沈黙を貫いた。

 そして三日後。ロレアの閉店が発表された。


「一体……」


 怒涛の展開に何が起きているか分からず、私は呆然と呟く。

 するとロザリア様は紅茶を一口飲み、落ち着いた口調で説明してくれた。


「新商品のパーティで言ったわよね? 『特別な素材を調合した』と」

「は、はい」

「そのあと、素材名を聞き出そうとしてきた貴族は二十人いたわ」


 頭に浮かんだのはリリスの父親だった。私は頷く。


「そして『手土産』を持参してまで聞き出そうとしたのは、三人」


「手土産」というのは、ロザリア様にとってメリットのある情報や取引材料のことだろう。

 ダミアンは確認するように、名前を挙げていく。


「イザベラ・リュミル伯爵、セシリー・グレイブス侯爵、そしてリリス・グレモア伯爵ですね」

「えぇ。そして私は、その三人に異なる素材を教えた。発色はよくなるけど、肌には刺激が強い素材をね」


 その言葉を理解した瞬間、思わず息を呑む。

 リリスとの会話が脳裏に浮かんだ。具体的な内容は聞こえなかったが、ロザリア様が「素材」と口にしていたのは確かだった。やはりあの時、ロザリア様は素材名を教えていたのだ。

 ロザリア様はテーブルに並んだアイシャドウの容器を、指先で軽く叩く。


「このアイシャドウに、教えた素材が使われていれば──その人物が犯人になる」

「じゃ、じゃあ……ロザリア様ははじめから……」


 愕然とする。

 あのパーティはアイシャドウを披露する場なんかじゃない。はじめから犯人を特定するための場だったのだ。

 私はかすれた声で尋ねる。


「な、なぜ……私に……」


「教えてくれなかったのですか」という言葉は消えた。

 この一ヶ月、私は生きた心地がしなかった。日に日にやつれていくロザリア様を前に、どうしたらいいか分からず、ただ必死に支えることしかできなかった。

 もしロザリア様が壊れてしまったら──

 そんな恐怖が、常に私の胸の奥に巣食っていた。思い出すだけでも足先が冷たくなるような心地がする。

 ロザリア様は私の思いを見透かしたように、静かにカップを置いた。

 そして、ぽつりと呟くように口を開く。


「……犯人を騙すためよ」


 ゆっくりと言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私は『追い詰められているロザリア』を演じる必要があった。余裕を失い、冷静な判断ができない『悪手を繰り返す女』だと思わせる必要が」


 一息に説明し、ロザリア様は消え失せそうな声で呟く。


「貴方が私を本気で心配する姿を、計算に入れるしかなかった。そうしないと勝てないと思ったから」

「……」

「私は貴方を、利用したの」


 ロザリア様はそこで言葉を切り、ぽつりと言った。


「……いくらでも、責めていいわ」


 ロザリア様は私をまっすぐに見据えた。

 その赤い瞳には、どんな言葉が返ってきても受け止めるという、静かな覚悟が宿っていた。

 その目を見た瞬間、こみ上げてくるものを抑えられなくなる。


(ロザリア様は、ずるい……)


 喉の奥がぎゅっと締め付けられ、視界がじんわりと滲んでいく。

 私はその場に片膝をつき、ロザリア様のやつれてしまった指先を握った。


「ロザリア様は……もう苦しまれていないのですね?」


 私が震える声で尋ねると、ロザリア様は少しだけ驚いたような顔を浮かべた。

 そして「……えぇ」と静かに頷く。私は言葉を続けた。


「もしかして食事をとられなかったのも、クマを作られたのも……」

「……私が弱っている姿を見せる必要があったからよ。明日からは元に戻すわ」


 胸の奥がきゅっと締まるのが分かった。

 相手を騙すため、食事も睡眠も制限して、あえて自らを痛めつけた。自分の体を、心を、削ってきた。すべては「ルストレア」というブランドを取り返すために。

 ロザリア様は、すでに十分すぎるほどの傷を負っていたはずだ。

 心身ともに限界まで自らを追い込みながら、ロザリア様は私に「責めていい」と言った。

 ひとりで苦しみ抜いた末に、それでもなお、痛みを受け入れようとしている。

 なんて強くて、なんて不器用な人なのだろう。


「……私は、ロザリア様が苦しまれていないのなら、それでいいんです。騙されても、何も知らされなくても、責めたりなんかしません」


 私は涙が浮かんだ目で、ロザリア様を見つめた。


「私は、ロザリア様の侍女ですから……!」


 そう叫んだ瞬間、ロザリア様は目を見開いた。彼女の手に力が入る。


「……そう」


 ロザリア様の短い相づちが部屋に響いた。どこか安堵したような、張り詰めていた糸がほんの少しゆるんだような、そんな声だった。

 ロザリア様は目を一瞬だけ伏せ、すっとダミアンの方へと向き直った。そして静かに問いかける。


「アイシャドウの成分の特定は終わりましたか?」

「えぇ、トリト水と反応したことから、使われているのはザビラという薬草で間違いなさそうです」

「ザビラと伝えたのは……」


 ロザリア様の赤い瞳が細められる。目には明確な怒りが宿っていた。


「リリス・グレモアね」



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― 新着の感想 ―
某デス・○ートのエピソードで、『L』が犯人を炙り出す為に、わざと都市ごとに違う名前(ターゲット)を公表するシーンがありました。 どのターゲットが狙われるかで、犯人がどの都市圏に居るかが判る、という作戦…
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