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推しの悪女の侍女になりました 〜断罪フラグ? 推し愛で全てへし折ります〜【書籍化・コミカライズ】  作者: 海城あおの
第二章 ブランド誕生編

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6.推しカプの会話で寿命が伸びる

 

 週末、ロザリア様と私はポルーノに出向いていた。

 一年前の寂れた港町は見る影もない。波止場では漁船が次々と帰港し、銀色に光る魚がかごいっぱいに積まれている。船員たちのかけ声や市場の喧騒が混じり合い、活気を生み出していた。

 ロザリア様はそんな様子を目を細めながら眺め、ダミアンの屋敷へと歩いて行った。


 応接間に案内され、ロザリア様とダミアンは世間話を交わす。

 ポルーノの様子や街の人の流行など、他愛もない会話が続き、二人の間には心地よい空気が流れている。


(あぁ、この会話を録音して、聞きながら眠りたい……! とても良い夢が見れそう……!!)


 そんな妄想を繰り広げていると、ダミアンは鞄から箱を取り出した。本題に入るらしい。


「店舗展開と同時に出す商品のサンプルができました」


 箱に入っていたのは貝殻の容器だった。だが今まで売っていたものとは、デザインが一新されており、装飾を抑えたシンプルなデザインになっていた。

 容器を開くと、仕上げ用のパウダーが収まっている。照明の光で、上品な輝きを放っていた。


「中流貴族をターゲットにした商品なので、値段を抑えるために装飾を簡素化しました」

「表面の彫り込みがないんですね」

「はい。留め具の真珠も無くしています」


 容器は貝殻のシルエットを残しながらも、表面は鏡のように滑らかだった。シンプルなデザインだが、洗練されており、高級感が漂っている。

 価格を抑えるため、真珠の含有量も調整したとダミアンは説明した。

「これは提案なのですが」とダミアンは前置きし、容器をテーブルに置いた。


「いくつかサンプルを持っていって、パーティで披露するのはどうでしょう」


 パーティで口コミを広げさせる作戦だ。

 実際に使った人が話題にすれば、信憑性のある評判が広がる。

 ロザリア様は頷いて賛同しながらも、考え込むような素振りを見せた。そして何かを決断したように、勢いよく顔をあげる。


「商品と共に、ブランドを発表するのはいかがでしょう」

「ブランド、ですか?」

「えぇ、今は真珠の化粧品を『ロズ商会』の名で販売しています。ですが、商会名だと華がありませんし、どうしても商売の匂いが強くなってしまいます。ならば、独自のブランドを立ち上げて、その名を世に広めるのです」


 以前のパーティで老婦人と会話をしたとき、ロザリア様は「味気ない」と呟いていた。おそらくパーティの時からずっと考えていたのだろう。

 ダミアンは彼女の提案に、少しだけ悩む素振りを見せた。わずかに眉を寄せ、思案している。


「素晴らしいアイデアですが、ブランド名の選定やロゴデザインなど決めるべきことが山積みです。コストと労力を考えると、今すぐではなくても……」

「そうですか……」


 ダミアンの現実的な指摘に、ロザリア様の表情が曇った。

 確かに、現状でも商品は順調に売れている。ブランド化に踏み切る必要性はない。ダミアンの言うとおり、コストと労力を考えれば、見送るのが賢明だ。

 ロザリア様も分かっていたのだろうが、彼女の横顔には未練が残っていた。

 しかし感情よりも利益を優先すべきと判断したのか、「分かりました」と静かに頷いた。


「今のお話は忘れてください。パーティ会場には」

「あの!」


 ロザリア様の言葉を遮って、私は声をあげた。

 彼女とダミアンが驚いたように私を見る。今まで何度も二人の商談には参加してきたが、こんな風に話に割り込むのは初めてだった。公爵家相手に無礼を働いていることは分かっていた。それでもロザリア様の曇った表情を見て、声をあげずにはいられなかった。


「あの、商品の持ち帰り用の袋にブランドのロゴを描くのはいかがでしょうか」

「袋に?」

「はい。お客様がその袋を持ち歩けば、それ自体が宣伝になります。宣伝効果は、想像以上に大きいはずです」


 この世界では、商品の包装は質素なものばかりだった。無地の布袋や飾り気のない箱など、味気ない包装ばかり。もちろん店の名前を入れている袋など見たことがない。

 だからこそ、ブランド名入りの美しい袋は目立つだろう。歩く広告塔として、計り知れない宣伝効果にもなるはずだ。

 私の提案に、「なるほど」とダミアンは再び思案した。


「ただブランド名やロゴを外注する時間がない。信頼できる業者を探すのも時間が……」

「私がやりますわ」


 ロザリア様の突然の宣言に、ダミアンは驚いたように目を向けた。

 先ほどまでの落胆した様子は消え、決意が固まった目でダミアンを見据えている。


「私がブランド名の考案、ロゴを作成しますわ。それでよろしいですか?」

「ですが、パーティの準備やアイシャドウの開発もあるのに、これ以上は……」

「だからこそ、です」


 ロザリア様は胸元に手を添え、強い意志を込めて言い放つ。


「ここまで努力を重ねたからこそ、自分が納得いくブランドを立ち上げたいのです」


 彼女の言葉に、ダミアンは息を呑んだ。一瞬の沈黙のあと、深く息を吐く。

 降参だ、という風に肩をすくめ、やわらかく微笑んだ。


「分かりました」

「ありがとうございます」

「ただ絶対に無理は禁物ですよ。ロザリア様が倒れたら元も子もありませんから」

「心得ていますわ」


 ロザリア様は安心させるように微笑む。


(あ~~~~~~ロザリア様を心配するダミアン尊い……このセリフだけで寿命が延びる……)


 感謝の祈りを捧げていると、ダミアンは私の方を向いた。


「ソレイユのアイデアも驚いた。どこで思いついたんだい?」

「えっと……」


 発想の元は、ある日本企業の話だった。

 日本の有名アパレル企業が、銀座の一等地に赤字覚悟で店を構えた話。賃料が高すぎて利益は出ない。しかし客が持つロゴ入り紙袋が街中で動く広告塔になる──その宣伝効果を考えれば、赤字でもいいというスタンスだと聞いたことがあった。

 ブランドの認知度をあげることは、数字以上の意味を持つ。それを、この世界でも応用できると思ったのだ。

 もちろん本当のことは言えないので、言葉を濁す。


「ほら! 紙袋って地味なものが多かったので、可愛い紙袋があったらいいな~ってずっと思ってたんです!」


 苦しい説明になってしまったが、幸い納得してくれたようだ。それ以上は深く聞かれなかった。

 ダミアンは姿勢を正し、ロザリア様に向き合った。


「では、ブランド名とロゴ、よろしくお願いします」

「ええ、お任せください」


 ロザリア様の返事には、喜びが滲んでいた。私も微力ながら貢献できたことが何よりも嬉しい。

 こうして今日の商談は終わった。


 夜十時。

 ロザリア様の執務室は、まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。無数の紙が床に散らばり、机の上にも山積みになっている。どれもブランド案で埋め尽くされていた。

 商談が終わってから、ずっと同じような感じだった。食事もせず、ひたすらペンを走らせ続けている。没頭しすぎて、時間の感覚すら失っているようだった。

 流石に限界が来たのか、椅子に身を預けて天井を仰いだ。


「参考までに聞きたいんだけど」

「はい!」

「ソレイユだったらどんなブランド名にする?」

「え……そうですね」


 悩む。

 ロザリア様の美しさや孤高さや気高さや素晴らしさが伝わるようなブランド名……と頭をフル回転させる。そして、やっとの思いで一つの名前が思いついた。ロザリア様の何か参考にしてもらえるかも!と希望を抱きながら口を開く。


「『BWR』というのはいかがでしょうか」

「略語もありね。何の略なの?」


 私は一瞬の間を空け、胸を張りながら答えた。


「『ビューティフル・ワンダフル・ロザリア』です!」

「アンタに聞いた私が馬鹿だったわ」


 冷え切った声で切り捨てられてしまった。




【急募】ソレイユのネーミングセンス



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― 新着の感想 ―
あんまり日本人らしいことを出すともう一人の転生者に気づかれそうだなぁ。
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