15.断罪ルートは回避したと思ったのに
二ヶ月後──
学園が休みの日、ロザリア様は自室で書類の整理に追われていた。机の上には山のような手紙が積まれ、今はそれを振り分けている最中だった。
「男性からの手紙が増えましたね」
「アラン様と私の婚約破棄が濃厚になったから、私とお近づきになりたいと考える人が増えたのでしょう」
皮肉を込めながらも、どこか達観した様子だった。あの日、馬車でフィローレとアランに対して怒りを爆発していたロザリア様だが、現在はどうやら気持ちが吹っ切れたようだ。自ら婚約破棄を申し出ることはないが、彼らに近づくこともない、適度な距離感を保っていた。
手紙を整理している途中、ロザリア様の手がぴたりと止まった。一通の封筒を見つめ、表情が変わる。
「ロザリア様……?」
雰囲気が急に変わったことに気づき、声をかけようとした。その時、ロザリア様が手に持っていた封筒の紋章が目に入り、思わず息を呑んだ。
そこに刻印されていたのは、金色に輝く王家の紋章だった。
ロザリア様は慎重にペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出した。文字を追いかける彼女の顔が、次第に険しくなっていく。明らかに先ほどより重い空気が、部屋全体を包み込んでいた。
「何と書いてあったのですか……?」
「アラン様からのパーティの招待状ね」
「アラン様から……!?」
今までロザリア様をパーティに誘うことなどなかったのに。悪い予感を抱いていると、ロザリア様は手紙をすっと差し出した。
「よろしいのですか?」
「あからさますぎて、誰かに愚痴らないとやっていけないわ」
呆れ果てたようなため息と共に渡される。恐る恐る文面に目を落とすと、驚愕の内容が書いてあった。
まずは「自分が主催のパーティを開くため、ロザリアに参加して欲しい」という一見普通の招待文が並んでいる。問題なのは、同封された招待客のリストだ。
「ほぼ全員、メントリア家派閥の貴族じゃないですか!」
「そうね、あからさまな嫌がらせだわ」
メントリア家とは、国内五大貴族の一つでありながら、最も危険な家系だ。
王家派と教会派という二大勢力の中で、彼らは狂信的なまでの教会派である。さらに過激な思想を掲げ、話し合いより実力行使を好む。その攻撃的な思想は多くの貴族から避けられる一方で、同じ思想を持つ者からは絶大な支持を受けていた。
対するヴァレンティーノ家は、中立を貫く姿勢を崩さない。表立った敵対は避けてきたが──メントリア家だけは例外だ。
彼らは「味方でなければ敵」という極端な思考を持ち、中立すら許さないのである。
そんなメントリア家を支持する貴族ばかりを集めたパーティに、ロザリア様一人を放り込む。嫌がらせを通り越して、公開処刑に等しい。私は思わず叫んだ。
「断るべきです!」
「無理よ。アラン様の独断でしょうが、形式上は王家の命なんだから」
「せ、せめて私が前のようにエスコートを……!」
「それも無理ね」
私は藁にも縋る思いで提案したが、ロザリア様は一蹴した。そして手紙の末尾に書かれた一文をトントンと指さす。
「招待客リスト以外の人物の同伴・参加は固く禁じる」
つまり私は参加できない。メントリア派閥の貴族がヴァレンティーノ家の令嬢をエスコートするわけがない。つまり彼女は敵陣に一人で乗り込むことになる。
ロザリア様は苛立ちを隠さず、乱暴に髪をかき上げた。ふう、と疲れ切った息を吐く。
一方で私は、押し潰されそうな恐怖に襲われていた。
(まさか……これって婚約破棄イベントじゃ……!?)
原作ではロザリア様が一人でパーティに出席したところで、婚約破棄を言い渡されてしまう。当時の彼女はすでに貴族社会で孤立しており、誰一人としてエスコートを申し出る者がいなかったのだ。
だが、この世界は違う。
「ロズ商会」を立ち上げて以来、ロザリア様の評価は右肩上がりで、周囲の見る目も変わりつつある。アランとの関わりも最小限に抑え、原作の破滅ルートはもう避けられたとすっかり安心していた──そんな矢先に届いたアランからの手紙。
婚約破棄されれば、貴族社会の力関係も大きく揺らぐだろう。その影響で、ロザリア様の身に危険が及ぶ可能性すらある。
(ロザリア様を守りたいのに、私は何もできないの……?)
推しが危険な目に遭うかもしれないのに、何もできない無力な自分が情けなくて、悔しくて、私は血が滲むほど強く拳を握りしめた。
一方でロザリア様は、私に聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。
「アラン様はいつの間にメントリア派と繋がったのかしら……」




