13.体格差って最高だよな
翌日。学園に登校すると、空気が明らかに違っていた。
ロザリア様が馬車から降り立った瞬間、まるで待ち構えていたかのように、数多の貴族たちが一斉に押し寄せてきたのだ。つい昨日まで距離を置いていた者たちでさえ、今は親しげな笑顔を浮かべ、こぞって声をかけてくる。
「ロザリア様、昨夜のパーティは素晴らしかったですわ!」
「真珠のネックレス、本当に見事でしたわね」
「真珠パウダーというものがあると聞きましたが……」
内容はもちろん、すべて真珠のことだった。矢継ぎ早に飛んでくる質問を、ロザリア様は笑みを浮かべて受け流していく。
ようやく人混みを抜け、私たちは校舎へと向かった。だが教室に入れば再び質問攻めに遭うのは目に見えている。そこで談話室に身を隠すことにした。
私は紅茶を淹れてロザリア様の前に置く。そして先ほどの貴族たちの様子を思い出し、呆れ半分で口を開いた。
「一晩で手のひら返しして……」
「そんなものよ」
ロザリア様は紅茶を飲みながら平然と言った。
今までロザリア様を遠目に見て避けていたのに、手のひらを返したように媚びへつらう。その変わり身の早さや浅ましさに呆れると同時に、怒りが沸々と湧いてくる。
「ソレイユ」
「はい!」
「この手紙を届けてもらっていいかしら? 私が直接届けるとまたうるさそうだから」
二通の手紙を受け取り、宛名を確認する。
そこには「ジゼル・ラヴェル侯爵」「サン・テティ伯爵」と美しい筆跡で記されていた。
「お茶会のお誘いですか?」
「まぁそんなところね。その二人と真珠の取引をしようと思っているの」
二人の名前を見つめながら、貴族たちの情報を思い出す。ラヴェル侯爵家は代々王家の装飾品や衣装を手がけてきた、由緒正しい家柄だ。真珠を売るのにふさわしい相手だろう。宝飾品の価値を見極める目も確かなはずだ。
「ラヴェル侯爵家は分かりますが……テティ伯爵にもですか? 確かヴェリタ地方の一部を治めていただけのような」
地方の一伯爵家に、なぜ手紙を送るのか理解できなかったが、ロザリア様の言葉で謎が解けた。
「テティ伯爵夫人はマグリット夫人の取り巻きの一人なの」
「!」
マグリット夫人といえば、王都で最も影響力のあるサロンを主宰している女性だ。
定期的に開かれるお茶会や詩の会は、常に流行の発信源となっており、彼女のサロンに招かれることは貴族女性たちの憧れであり、一種のステータスでもある。
そんなマグリット夫人に真珠の存在を知らせることができれば、一気に箔がつく。彼女のお墨付きを得られれば、絶対的な価値となるだろう。
(そこまで見通していらっしゃるなんて……! 流石ロザリア様!)
「さて、そろそろ行こうかしら」
ロザリア様は椅子から立ち上がり、部屋を退出する。私も教室までお見送りするため後ろから従った。もうすぐ授業がはじまるからか、廊下は閑散としており、天気がよくないためか薄暗かった。
その時、思わぬ人物たちが前から歩いてくる。
アランとフィローレだ。
二人がロザリア様に気づいた瞬間、空気が一変する。フィローレは怯えた表情を浮かべ、アランは憎々しげな眼差しをこちらへと向けてくる。
ロザリア様は、歩みを一切ゆるめなかった。背筋を伸ばし、顎を高く上げ、女王のような威厳をまとったまま凜として歩いて行く。
そしてすれ違う直前、にこりと微笑んだ。
「ごきげんよう、アラン様、フィローレ様」
それだけ言って、二人の傍を通り過ぎた。あの日、馬車の前で怒りを露わにしていたロザリア様とは別人のようだ。
私も後に続きながら、思わずちらりと後ろを振り返る。その瞬間、体がびくりと震えた。フィローレと視線が合ったのだ。
水色の瞳が氷のように冷たく光っている。先ほどまで目に涙を溜め、今にも泣きそうになっていたはずなのに。
(一体、あの表情は……?)
背筋を冷たいものが駆け抜ける。ちょうどその時、窓の外から雷鳴が轟き、重い雲が学園を覆いはじめた。
「……嫌な天気ね」
ロザリア様は窓の外を眺めながら、ぼそりと呟いた。
*
二ヶ月後、ロザリア様はポルーノを訪れ、ダミアンと向かい合って座っていた。机を挟んだ二人の間には、張りつめた空気が漂っている。
今日はついに、真珠アクセサリーや化粧品の売り上げ報告を聞く日なのだ。「アストレイヤの会」での華々しい宣伝、ラヴェル侯爵家の売り込み、マグリット夫人のサロンでの口コミ──どれも手応えは感じていたが、数字で聞くのは初めてである。
ダミアンは手元の書類を見つめながら真剣な表情を浮かべていた。
「大変なことになっています……」
その一言に、ごくりと喉が鳴った。息を詰めて彼の次の言葉を待つ。
そして──ダミアンが顔を上げ、破顔した。
「想定を遙かに超えて、十倍の利益が出ています!」
「十倍!?」
さすがのロザリア様も驚きを隠せなかったのだろう。目を丸くしている。
ダミアンは「えぇ」と頷いた後、書類をめくりながら詳細を説明し始めた。
「まず、ラヴェル侯爵家が王家に献上したドレスに、ポルーノの真珠を使ってくださったのが大きかったですね」
ダミアンの声が熱を帯びる。
「これで『王家御用達』という箔がつき、真珠の価値は一気に跳ね上がりました」
ロザリア様が小さく頷くと、彼はさらに言葉を続けた。
「それに加えて、マグリット夫人が公の場で真珠のネックレスを着用されたのが、大きな宣伝効果になりました。上流階級の夫人方からの注文が止まらない状況です」
加えて、小粒の真珠を粉末にした化粧品も飛ぶように売れているらしい。
今は店舗を持たないため、限られたルートでしか購入できない。その希少性が逆に功を奏し、我先に手に入れたいという購買欲を刺激しているのだ。
「化粧品に関しては、どこか店舗を構えるのもいいかもしれませんね」
「売上が芳しくない『カゼッタ』の店舗を閉店させるという話も出ているので、そこの跡地に……だけど裏通りにあるので、立地としては微妙かもしれません」
「いえ、むしろ隠れ家的な立地の方がいいでしょう。特別感が演出できますから」
「なるほど」
ロザリア様は頷き、書類にペンを走らせていく。私は会話を聞きながら、推しカプが話している事実に感謝を捧げていた。何時間でもいられる、この時間よ、永遠に続いてくれ。
三時間に及んだ商談はようやく一段落し、二人の表情には疲労と同時に大きな達成感が浮かんでいた。
ダミアンが先に立ち上がり、「馬車までご案内します」と申し出る。
ロザリア様も立ち上がろうとした──その瞬間、長時間座っていたせいか、ふらりと体が傾いた。
「ロザリア様!」
私が慌てて手を伸ばすより先に、ダミアンが素早く動いた。彼の腕が、倒れかけたロザリア様の体をしっかりと受け止める。
「大丈夫ですか……!?」
「は、はい……」
(た、体格差……!!!!)
目の前で抱き合う二人を見て、私は心の中でスタンディングオベーションをかましていた。
ダミアンの逞しい腕が、ロザリア様の体をしっかりと支えている。ロザリア様も女性にしては背が高い方だが、彼の広い胸板にすっぽりと収まってしまう。その姿はまるで騎士が姫を守る絵画の一場面のようで、私は総立ちで拍手喝采を送っていた。
ダミアンは無駄のない引き締まった均整のとれた体つきである。対照的に、ロザリア様は女性らしい柔らかさと華奢さを兼ね備えている。そして身長差は二十センチ。最高の体格差である。最高だ、最高すぎる、誰か絵画職人を呼んでくれ。
その後、私たちは屋敷を出て馬車に乗り込んだ。ダミアンは今日も、馬車が見えなくなるまで見送ってくれていた。
私は先ほど見た光景が忘れられず、ニマニマとだらしない笑みを浮かべていた。ダミアンの腕の中のロザリア様、あの体格差、あの抱擁──思い出すだけでご飯三十杯はいける。
ロザリア様は私の表情に気づいたらしく、キッと睨んでくる。しかし耳まで真っ赤なので全く怖くない。何ならかわいい。
「それ以上間抜けな顔を晒したら、来月の給金減らすわよ」
「構いません。金貨1000000億枚の価値がある光景を見させてもらったので……」
うっとりと言えば、虫けらを見るような目で睨まれてしまった。
体格差って最高だよな(n回目)