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12.ロザリア様の犬です、わんっ!

 

 ロザリア様の挨拶が終わり、大階段を下りはじめた。私は必死に学んだ作法を思い出しながら、できる限り自然に彼女をエスコートする。

 会場の床に足を踏みしめた瞬間、色とりどりのドレスを纏った令嬢たちが、待ち構えていたかのように押し寄せてきた。


「ロザリア様、とても素敵なパーティですわ」

「ありがとう」

「その真珠もお似合いです!」


 興奮冷めやらぬ声で褒めちぎる。私も内心首がとれそうなほど頷く。

 令嬢たちはロザリア様に話しかけながらも、ちらちらと私の方を盗み見ている。どう対応すべきか分からず、とりあえず微笑んでおく。すると数人の令嬢が顔を赤らめて扇で口元を隠した。


「その真珠は、どちらで手に入れましたの?」


 令嬢の言葉にぴりっとした緊張感が走った。明らかに探りを入れるような質問だったが、ロザリア様は笑みを崩さずにいた。

 和やかに談笑する仮面の下で、貴族たちは一言も漏らすまいと耳を澄ませている。その緊張が痛いほど伝わってきた。

 ロザリア様はゆるやかに扇を広げ、口元を隠す。そして密やかな声で言葉を紡いだ。


「実は私、商会を立ち上げまして。そこで独占契約を結びましたの」

「え! 商会を!?」


 一人の令嬢が声をあげて、慌てて両手で口を塞いだ。頬を真っ赤に染めながら、しまったという表情を浮かべている。

 他の令嬢たちが責めるように彼女を見るが、ロザリア様は涼しい顔で微笑みを保ったままだ。


(さ、策士だ……)


 声をあげた令嬢はミラリス伯爵令嬢だ。

 感情が顔に出やすく、口が軽いことで有名な令嬢である。よく言えば素直で裏表がない。悪く言えば無鉄砲。

 ロザリア様はその性格を逆手にとった。秘密を打ち明けるふりをして囁けば、案の定、ミラリス嬢は大げさに反応する。その瞬間、会場の注目は一気に跳ね上がった。

 好奇心に満ちた視線が四方から突き刺さり、空気がさらに熱を帯びていくのを感じていた。

 別の令嬢が興味津々な眼差しで、ロザリア様の頬を見つめる。


「ロザリア様、頬に何か塗っていらっしゃいますか?」

「あぁ、これですか。実は真珠を混ぜたパウダーを配合してみましたの」

「真珠をですか!?」

「えぇ、きれいでしょう?」


 ロザリア様はわずかに首を振った。

 その動きに合わせて、薄いベールのように纏ったパウダーが頬の上できらめく。シャンデリアの光を受け、まるでオーロラのような輝きを放った。

 別の令嬢が平静を装いながら尋ねる。


「私もぜひ手に入れたいのですが」

「ふふ、それはまた改めて。よい頃合いを見て、ご連絡を差し上げますわ」


 ロザリア様は涼しげな顔で、するりと質問を躱した。令嬢はぐっと言葉を詰まらせたが、公爵令嬢という圧倒的な身分の前では引き下がるしかない。


「簡単に手に入るものだと思われては困るわ」


 これはロザリア様がパーティ前に語った言葉だ。簡単に手に入るものに、人は価値を感じない。焦らし、渇望させ、手が届きそうで届かない──そう思わせるほど真珠の希少価値が上がっていく。そのためには情報を小出しにして、貴族たちの欲望を刺激しなければならない。


 さすがロザリア様だ……と内心頷いたその時、熱い視線を感じた。

 視線を向けると、ミラリス伯爵令嬢が潤んだ瞳でこちらを見つめている。まるで恋する乙女のように熱っぽい眼差しだ。

 目を逸らすわけにもいかず、とりあえず微笑みを返す。すると彼女の頬が茹でダコのように真っ赤に染まり、興奮を抑えきれない様子で叫んだ。


「あの、この方とはどのようなご関係なのですか!?」


 背中にどっと冷や汗が噴き出した。婚約者のアランではなく、別の男(女だけど)と登場したロザリア様に、真正面から質問をぶつけるとは。さすがミラリス嬢、空気を読まないことで有名なだけある。

 他の令嬢たちも興味津々でこちらを見つめている。


(な、なんと答えれば……!)


 頭の中が混乱でぐるぐると回る。ちなみに私は今、ソレイユの弟であるヴェル・フランとしてこのパーティに参加していることになっている。


「弟は屋敷で療養しているんでしょう? バレっこないわ」


 そんなロザリア様の一言で、私が男装してエスコート役を務めることになったのだ。


「絶対にバレます!」


 私が顔面蒼白で叫んでも、ロザリア様は聞く耳を持たなかった。

 さらに恐ろしいことに、他のメイドたちまで目を輝かせて協力し始めた。


「面白そう!」

「男装させたら似合うと思ってたのよね!」


 はしゃぎながら、見事な手際で私を変身させていく。気がつけば、完璧なヴェル・フランが鏡の中に立っていた。

 メイドたちがやりきった顔で私を見る。


「眉毛を太く描いて、肩幅を詰め物を入れただけでも、だいぶ男性らしくなったわね」

「胸が絶望的に小さいのも助かったわ」

「悪口?」


 そんなやり取りをしていたのが今朝のことだ。

 準備にバタバタしてしまったため、こんな直球の質問への対策など全く考えていなかった。答えに窮して固まっていると、突然、ロザリア様が動いた。すっと私の顎に指を添え、妖艶に微笑む。


「私の犬ですわ」

「!!!!」


 他の令嬢たちの顔が、一斉に真っ赤に染まった。分かる。ロザリア様の色気が半端ではない。

 ミラリス伯爵令嬢はあまりの衝撃に、口を金魚のようにパクパクさせている。頭が追いつかないのか、顔を真っ赤にしたまま、やっとの思いで言葉を絞り出す。


「い、犬って……どのような関係なのですか……」

「あら、知りたいですか?」

「いえ! 結構です!!」


 両手を振り、慌てて答える。

「犬」と呼ばれた私はロザリア様の色気にあてられ、完全に服従モードになっていた。「ロザリア様になら飼われても構いません」と言おうとしたが、ヒールで踏み潰される未来が見えたのでやめておいた。

 いつの間にか、彼女を中心に大きな輪ができていた。漆黒のドレスを纏ったロザリア様の周りに、パステルカラーのドレスを着た令嬢たちが蝶のように集まっている。


「アレストレイヤの会」は、こうして彼女の圧倒的な存在感とともに華やかに幕を開けた。


「ロザリア様、本当にお美しいですわ。ヴェル様もそう思われませんか?」

「わかります! しかも知性と気品も兼ね備えていて、天才で、だけど顔に出ちゃうところがまた可愛くて」

「ヴェル、それ以上喋ったら舌を引っこ抜くわよ」

「すみません!」


 笑いが弾け、令嬢たちとの談笑は華やかさを増していく。

 だがその最中、ふいに突き刺さるような視線を感じた。

 周囲を見渡すと、会場の隅にアランとフィローレが立っていた。

 ロザリア様の周りが令嬢たちで賑わうのとは対照的に、二人の周りには誰一人として近寄らない。彼らの瞳には、はっきりとした敵意が宿っていた。

 そして──ほんの一瞬だけ、フィローレの水色の瞳と目が合った。

 夜の湖のように冷ややかで、底知れぬ暗さを宿した瞳。不吉な予感が全身を駆け巡る。ひどい胸騒ぎがした。

 私は不安を押し殺しながら、視線をそっと逸らした。



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