11.違う、そうじゃない
<アストレイヤの会 当日>
ヴァレンティーノ家の屋敷の前には、次々と馬車が到着していた。
夕暮れの光を受けて、車輪が石畳の上を転がる音が絶え間なく響いている。馬車の扉が開くたび、色とりどりのドレスを着た令嬢たちが優雅に降り立った。彼女たちの華やかな声が、期待と興奮に満ちて会場へと向かっていく。
そんな中、ひときわ豪華な馬車が停車した。そこから降りてきた二人を見て、招待客の間にざわめきが広がる。
真っ白なスーツに身を包んだアランと、桃色のドレスを着たフィローレが現れたのだ。彼女の耳元には、エメラルドのイヤリングが輝いている。
二人は仲睦まじく寄り添い合い、アランが彼女の耳元に唇を近づけて囁く。
「フィローレ。とてもよく似合っている」
「ありがとうございます、アラン様」
「今日のパーティの主役はきっと君だろう」
「でも……よろしいのでしょうか。ロザリア様が主催のはずなのに、アラン様の隣を歩いてしまって」
「いいんだ、私がエスコートしたいと思ったのだから」
彼の言葉にフィローレはうっとりと頬を染め、水色の目を細めた。その反応に満足したのか、アランも優越感に満ちた笑みを浮かべる。
二人が会場に到着すると、ざわめきはさらに大きくなった。貴族たちは扇で口元を隠しながら、興奮を抑えきれない様子で囁き合う。
「アラン様も何を考えているのか……」
「次期王妃はフィローレ様かもな」
「ロザリア様の立場がないな」
周囲のざわめきに耳を傾けながら、アランは勝ち誇ったように笑った。
どうやら大部分の貴族が、フィローレの味方についた方が得だと判断したらしい。まるで蜜に群がる蜂のように、二人の周囲に人だかりができ始めた。
「フィローレ様、今日は一段とお美しい」
「そのイヤリング、見事ですね」
お世辞が次々と飛び交う。
そのとき会場の喧騒を切り裂くように、パーティの進行を取り仕切っている執事の声が響いた。
「お待たせ致しました。本日の主催者、ロザリア・ヴァレンティーノ様の登場です!」
会場の視線が一斉に大階段の上にある扉へと注がれた。扉がゆっくりと開き、二人の人物が姿を現す。
そこにいた人物を見て、今までロザリアを嘲笑していた貴族たちの視線が完全に変わった。
ロザリアは漆黒のロングドレスに身を包んでいた。肩を大胆に露出させ、鎖骨のラインが美しく浮かび上がっている。
耳元にはダミアンから贈られた真珠のイヤリングが光り、角度を変えるたびに虹色の輝きを放った。首元で揺れる大粒の真珠のネックレスは、一粒一粒がまるで星々のような輝きを放ち、神秘的な魅力を彼女に与えていた。
彼女は女王のような威厳をまとい、招待客たちを見下ろした。会場に集う者たちは、その姿に見惚れ、誰一人として言葉を発せなかった。
そして──アランと一瞬だけ視線が交わる。だがロザリアは微動だにせず、無表情のまま、塵でも見るように冷ややかに視線を流した。アランの顔が屈辱に歪む。
「ごきげんよう、皆様。どうぞ今夜は存分にお楽しみくださいませ」
ロザリアの凜とした声が、大広間全体に響き渡る。
貴族たちのざわめきの内容が変わっていくのを、アランとフィローレは否応なく聞かされていた。先ほどまでの嘲笑めいた囁きは消え、賞賛と驚嘆の声に変わっていく。
「見ろ、あの真珠……! この国では採れないはずだろう?」
「輸入したにしても、あれほどの粒は珍しい」
「ロザリア様の隣の男性はどなたかしら?」
「遠目からでも目を引く美しさですわ」
彼らが噂していたのは主に二つ。
一つ目が「真珠のアクセサリー」、二つ目が「ロザリアをエスコートしている男性」についてだった。
その人物は、ヒールを履いたロザリアと同じくらいの身長で、薄茶色の髪の毛を後頭部で一つに結んでいる。華やかな顔ではないが、目鼻立ちは整っており、凜とした雰囲気を纏っていた。令嬢たちの視線を集め、「あの方は誰?」「初めて見るお顔だわ」という囁きが広がっている。
彼──いや、彼女は笑顔を貼り付かせながら、内心冷や汗をかきまくっていた。
(なぜ私がロザリア様のエスコートを!???!???)
そう、ロザリアをエスコートしていたのは男装したソレイユだった。




