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推しの悪女の侍女になりました 〜断罪フラグ? 推し愛で全てへし折ります〜【書籍化・コミカライズ】  作者: 海城あおの
第一章 婚約破棄編

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10.ロザリア様をダミアンがエスコートしたら…という妄想でご飯百杯はいける


 三日後。

 本棚が壁一面を覆う執務室で、ロザリア様は緊張した面持ちでソファーに座っていた。彼女の不安が波のように伝わってきて、私も思わず息を詰める。心臓が激しく脈打ち、今にも音が漏れてしまいそうだ。

 ロザリア様の向かいに座っているセルドア様は、手にしたカップを一口だけ啜ると、静かにソーサーに戻した。そして鋭い眼差しでロザリア様を見据える。


「で、話とは何だ?」

「私の商会を立ち上げたいと考えています」

「商会だと?」


 セルドア様の片眉がぴくりとあがる。


「何を扱う? まさか魚介などという話ではあるまいな」

「ポルーノで真珠が見つかりました」

「!」

「さらにヴァレンティーノ家と独占契約を結びたいとの申し出を受けています」


 セルドア様の顔色が目に見えて変わった。疑念に満ちていた表情が消え、人差し指でこめかみ辺りを軽く叩き続ける。どうやら採算や利益を計算し始めたようだ。

 ロザリア様は畳みかけるようにして、用意していた書類をテーブルの上に広げた。


「これは?」

「真珠を使ったビジネスです。光沢があり、大粒の真珠はネックレスやブレスレットに加工する予定です」

「だが数が採れないだろう」

「はい、なので小粒で装飾品に向かないものはつぶして、パウダーに加工します」

「パウダー?」


 ロザリア様は細い指で自身の頬をとんとんと叩いた。

 透き通るような肌に、真珠の粉がもたらす艶が加わっている。光が当たるたびに、虹色のきらめきが頬の上を流れるように動いた。


「真珠を使った仕上げ用の化粧品です。光があたると艶めいて見えるので、パーティ好きの令嬢たちや貴婦人の間で評判になるかと」

「ふむ……」


 セルドア様は彼女の頬をじっと見つめた後、顎に手を当てて何かを考え込んだ。

 数分ほど重い空気が部屋に満ちる。時計の針が進む音だけが、静寂の中で異様に大きく響いた。ロザリア様は微動だにせず、背筋を伸ばしたまま、彼の答えを待ち続けた。

 やがてセルドア様は沈黙を静かにやぶった。


「……いいだろう」

「! ありがとうございます」

「真珠の使い道に関しては、私よりお前の方が向いていそうだ」


 セルドア様は手元のティーカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を飲んだ。先ほどの険しさが嘘のように和らいでいる。なんだか機嫌がよさそうだ。

 ロザリア様も同じことを感じ取ったのだろう。何かを聞こうとして口を開いたが、思い直したように閉じてしまった。

 そしてソファーから立ち上がり、「失礼します」と執務室を退出した。



 *


「『ロズ商会』の立ち上げ、おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 二週間後の昼下がり、ヴァレンティーノ家の応接間にダミアンの姿があった。セルドア様から商会設立の許可を得るまでの一部始終を聞き終え、ダミアンは祝福の言葉を贈る。

「ロズ商会」とはロザリア様が立ち上げた商会の名前である。ダミアンは感心したように言った。


「アクセサリーなどは考えていましたが、化粧品にするという発想は思いつきませんでした。流石ですね」

「偶然ですわ」


 ロザリア様は素っ気なく答え、視線をそらした。冷静を装っているつもりだろうが、耳の先が赤くなっている。照れ隠ししているロザリア様がかわいすぎて思わず口元が緩んでしまう。ダミアンも気づいているのか、優しい眼差しで見つめている。


「しかも化粧品の容器もロザリア様が考案されたんですよね?」

「えぇ、まぁ」

「素敵なデザインに恥じないよう、腕のいい細工職人とも契約してきたので。そうだ、サンプルを持ってきたのですが……」


 そう言って、鞄から貝殻の形をした化粧容器を取り出した。

 商会を立ち上げると決まった際、真珠の流通方法についてアイデアを送っていた。ロザリア様が描いた容器のデザイン画も送ったのだが、もう職人に作らせたらしい。仕事が早い。

 腕のいい職人というのは本当なのだろう。

 手のひらに収まるほどの容器には、筋模様が描かれ、縁取りには金細工が施されていた。蓋の開閉部分には小さな真珠があしらわれ、細部までこだわった跡が素人目でも分かった。

 ロザリア様は容器を両手で受け取り、窓の光に当てながら角度を変えて眺めた。そのたびに真珠貝のような光沢が虹色に輝き、見惚れるように息を漏らす。


「きれい……。ありがとうございます」

「喜んでもらえてよかった」


 ダミアンが微笑むと穏やかな空気が流れた。この場にいるだけで浄化されそうだ。

 その時、彼は思い出したように「そういえば」と口を開く。


「真珠パウダーってロザリア様が頬につけてらっしゃるんですよね?」


 ダミアンの問いに、ロザリア様は頷く。すると彼のじっと見つめる視線に気づいたのだろう。ロザリア様の体が固まった。手にした貝殻の容器を持ったまま、身動き一つできなくなってしまう。

 二人の視線が絡み合う。

 ダミアンの深い灰色の瞳と、ロザリア様の赤い瞳が言葉なく互いを映し合っている。美男美女が静かに見つめ合う光景に、私は息を全力で止め、まばたき一つせず網膜に焼き付けた。


(宗教画だわ……!)


 この永遠のような時間を、絵に閉じ込めて教会に飾って欲しい。毎日通い詰めるのに!

 ダミアンはにこりと笑った。


「すごくきれいですね」


 ロザリア様の顔が真っ赤に染まり、何かを言おうと口を開いた。しかし言葉が形になる前に、部屋の柱時計が正午を知らせる鐘を鳴らした。ボーン、ボーンと重い音が、応接間に響き渡る。

 ダミアンは我に返ったように、慌てたように立ち上がった。


「申し訳ない、今日このあと別の予定が入っていまして……」

「お送りしますわ」

「いえいえ、忙しいと思いますので。ここで」


 人の良さそうな笑みを浮かべて、ダミアンは部屋を去って行った。

 静寂が戻った部屋にロザリア様と私が取り残される。先ほどまでの甘い雰囲気が、まだふわふわと漂っている気がした。

 ロザリア様は細い指を頬にあて、何だかぼんやりとした表情を浮かべた。夢と現実の境目にいるような眼差しで宙を見つめており、頬がほんのりと薔薇色に染まっている。

 ダミロザ最推しの私の血が騒ぐ。ロザリア様のかわいらしい様子をこの目に焼き付けたい。何時間でも見つめていたい。

 しかし彼女の無防備で乙女のような表情を見ていると、何か神聖なものを覗き見しているような罪悪感も同時に抱いてしまい、そっと視線を窓の外へとそらした。

 黄色の葉っぱがはらはらと落ちていく様子を眺めていると、不意に名前を呼ばれた。


「ソレイユ」

「は、はいっ!!」

「感謝するわ」

「え?」

「ポルーノのことよ。あなたがダミアン様と私を引き合わせなかったら、こんなことにならなかったもの」

「いえ! ロザリア様のお役にたてて何よりです!」


 ロザリア様は、ふっと片方の唇だけを上げて笑った。あぁこの表情こそ、いつものロザリア様だ。

 感謝の言葉をいただいたけれど、実際に成果を出したのは全てロザリア様自身だ。私がしたのは、ダミアンを引き合わせただけ。魚の取引も真珠の流通も、その発想はすべてロザリア様から生まれたものだ。

 

(結論──私の推しは天才である!)

 

 導き出した結論に「うんうん」と頷いていると──さっきまでの乙女のような表情はどこへ行ったのだろう。今のロザリア様はすっかりビジネスモードで、書類に視線を落としながらブツブツと呟いていた。


「真珠のアクセサリーとパウダーの宣伝はどうするべきかしら……。『アストレイヤの会』で私が使ってみて、反応を見た方が無難よね……」

「あ……」

「何?」


 ロザリア様の独り言に反応してしまい、彼女がすっと私に視線を移した。鋭い赤い瞳に見つめられて、少したじろぐ。それでも気になっていたことを言わずにはいられなかった。

 おずおずと口を開く。


「その……『アストレイヤの会』のエスコートはどうされるのですか……?」


 私の発言に、ロザリア様は目を見開いた。完全に頭から抜け去っていた顔だ。

 どうやら真珠ビジネスのことで頭がいっぱいで、「アストレイヤの会」のエスコートについてすっかり忘れていたらしい。

 その時、天才的アイデアが閃いた。


(ダミアンをエスコート役に選ぶのもありじゃない!?)


 妄想が暴走し始める。パーティ会場に、正装で身を固めたロザリア様とダミアンが登場する。深紅のドレスに身を包んだロザリア様と、黒いタキシードを着たダミアンが腕を組んで入場する姿──想像するだけで興奮が最高潮になる。

 私が妄想を繰り広げている一方で、ロザリア様は顎に手をあて何やら考え込んでいた。そして突然、なぜか私の顔をじっと観察し始めた。何かついているだろうか?と不安になって首を傾げると、ロザリア様はにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「いいことを思いついたわ」



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