茜赤に揺れる物語
私はあなたに会いたい。
その為に白衡に入ったんだ。
顔も名前も今どこにいるかもわからない。
生きているかすらも曖昧だ。
それでも、きっとあなたは優しい人だったはずだから…
私はこの国の裕福で剣術で名の通った一族、いわゆる名家で産まれた。
美和という名前を与えられて何不自由なく暮らしていたはずなのになんとなく、何かが足りなかった。
私は物心が付く前に、病気で母を亡くしていた。
一族の大体がこのとても広い屋敷で暮らしていたので困ることはなかったが、私の面倒を見てくれていたのは家族ではなく雇われた使用人だった。
お父さんを含め、大人たちは皆仕事で忙しく、従兄弟や再従兄弟も勉強や稽古で一緒に遊ぶ暇はなかった。
「お前は大人になったら名家と結婚して跡継ぎを産むんだ。そしてこの家に代々伝えられてきた剣術を教えろ。」
家族は私の前ではそう言うだけだった。
私も学校に入る前から勉強や稽古をさせられ、家族の言うことは当たり前のように受け入れていた。
「なんであんな病弱な人が直系に嫁いできたんだか。」
「まぁあっちも相当な名家だったんだ、美和をさっさと嫁がせて男の子を産ませるしかない。」
でも、写真でしかわからないはずの母親の悪口だけは嫌悪感を覚えていた。
私は7歳になって学校に通い始めた。
最初の学習内容は既に家で習っており、私にとってテストで100点を取ることは普通だった。
わざわざ知っていることを繰り返し聞く授業は正直、とてもつまらなかった。
名家ということもあり、なかなか周りの話についていけずに友達ができないまま私は10歳になった。
その日も、周りに馴染めずに一人で本を読んで過ごしていた。
すると同じように名家で、私とは違い人気者である女の子が私に近づいてきた。
「あなたも名家なんでしょ?お友達にならない?」
こんな私にその子は笑顔でそう話しかけてくれた。
「あなたがいいなら友達になりたい!」
私は初めてのことで、嬉しくなって元気にそう答えた。
これでやっと友達ができる!学校が楽しくなるかも!
明日からの学校生活に期待で胸がいっぱいだった。
そんな期待がことごとく裏切られる事も知らずに。
私は次の日から、その子から嫌がらせを受けるようになった。
最初は悪口を言われたり、軽く叩かれるぐらいだった。
今まで友達ができなかった私は不思議に思いながらも、ずっと笑顔で喋るその子を見て普通の事なのかなと思っていた。
そして、私がいつものようにテストで100点を取った日だった。
「なんでいつもお前が一番なんだよ。私の方が、私の方が頑張ってるのに。」
その子はいつもと違って、私を睨みつけながらそう言った。
そこで初めて理解した。
あぁ、あの子は私を嫌っているのか。結局友達じゃなかったんだ。と
それを境に、さらに嫌がらせがエスカレートしていった。
叩く力も強くなったし、私物も隠されたり壊されたり、とにかく陰湿なものも多くなった。
周りのクラスメイトや教師たちも気づいていただろう。
それでも名家を敵に回したくない、名家同士だからというだけでみんな見て見ぬ振りをした。
そして私も、家族に言うことができなかった。
他の名家と問題を起こしてはいけない。それが暗黙のルールだったからだ。
私はどんだけ辛くても、一族のために我慢をするしかなかった。
でも、長くは続かなかった。
あの日、私はその子にハサミで無理やり髪の毛を切られた。
その瞬間、私の中で何かが壊れた音がした。それと同時に、何か別のモノが私の中で動き出した気がした。
一瞬だった。
気づけば目の前でギャーギャーと叫びながら、血まみれになった顔を抑えて床に座り込んでいるその子がいた。
私は血まみれになったハサミを持っていた。
周りは大混乱で座り込むその子を心配する子や、教師にワーワーと何かを伝えている子、そして私を何か化け物を見るような目で怯えながら見てる子、とにかく色々だった。
「私じゃない私じゃない私じゃないよ違うって違う違うそんなはずない私じゃない絶対に私じゃ、私じゃないってば、違う違う違う私じゃないよねぇなんでなんでなんでなんでなんで…………………」
私は目の前の出来事を受け入れられず、呪文のように否定し続けていた。
そのうち白衡もやってきてその子は運ばれ、私は家に戻っていた。
「なんてことをしたの!!!この恥晒しめ!!!!」
「お前は一族の名に泥を塗ったんだぞ!!!どう責任を取るんだ!!」
「あの名家ともたくさん契約をしていたのに!!!全て水の泡だ!!!!」
家族からはとにかく罵倒の嵐だった。
「そろそろ再婚しようと思っていた。もう美和は名家には嫁げんしいい機会だ。再婚相手にはお前の存在を隠すことにする、だからもうお父さんと呼ぶな。」
お父さんは他の家族とは反対に、これからのことを静かに言った。
そしてあの子は、両目を大きく損傷したらしく失明したそうだ。
この件をなかったことにするためにたくさんのお金を出したらしい。
私は学校を辞めて家の敷地内から出ることを禁じられ、用がない時は自分の部屋で過ごすことになった。
それでも私じゃないとずっと思っていた。
私にはあの瞬間の記憶がなかったからだ。
今回が初めてではなく、今までも時々記憶が曖昧になることはあった。
でも家族には、ただ物忘れがひどいだけだと言われたので私もそう思っていた。
それからお父さんは再婚して、男の子が産まれた。
私は勉強を続け、一人で剣術も練習していた。
私が15歳になった日、私はお父さんだった人に呼ばれた。
「誕生日おめでとう。お前のお母さんに15歳になったら渡すように言われていたものがあるんだ。」
そう言われて渡されたものは手紙だった。
「私は読んでいない。自分の部屋に持っていきなさい。」
私は自分の部屋に戻りその封筒を開け、読み始めた。
『美和、15歳の誕生日おめでとう。そばにいてあげられなくてごめんね。
でもあなたに伝えなければいけないことがあり、この手紙を書きました。
きっと覚えていないだろうけどあなたには兄がいます。あなたを庇って赫衡に連れてかれてしまいました。
私たち一族は返してもらうために、とにかくお金を用意して赫衡に交渉したのですが、どれだけ名家であっても戦争が始まったからと取り合ってもらえませんでした。
唯一の跡取りだったのでみんなとてもショックを受けてました。戦争が終わって帰ってきたとしても人間ではなくなっているだろうと判断した私たちは、最初からいなかったことにしてしまいました。
私にとってはとても最近の出来事ですが、あなたにとっては約13年前になるでしょうか。
そして美和にお願いがあるのです。家族のために決められた道を進むんじゃなくて、あなたには好きな道を進んで欲しい。
どうかあなただけは幸せになって欲しい。自分のことを大事にして欲しい。
本当に産まれてきてくれてありがとう。これからも元気にいてね。 母より』
兄がいただって…?
私はここに書いてあることが信じられなくて理解するのに少し時間がかかってしまった。
な、なんで?私の代わりに連れてかれた?
私はその日、そのことで頭がいっぱいだった。
数週間悩んだ末に、私はある決心をした。
それから3年が経ち、私はお父さんだった人と相談して一族と縁を切り、家を出ることにした。
そして私は白衡に入るための試験を受けた。
受かるにはとても難しい内容だったが、勉強や稽古をしていたおかげで無事に合格することができた。
入ってからは幹部の一人が面倒を見てくれた。
その人は男女の区別が付かないような容姿をして、和風なメイド服を着ており、大きな刃物を武器としていた。
でもその人の本当の名前は誰も知らないらしく、みんな無名と呼んでいた。
性別に関しても本人はどっちでもいいと言っている。
私の武器は刀で、無名さんは丁寧に教えてくれた。
「美和はどうして白衡に入ったんだ?」
休憩の合間、無名さんはそう私に聞いてきた。
「昔、赫衡に兄が連れて行かれてしまったんです。顔も名前も生きているかすらもわからないんですが、白衡なら赫衡の被験者と関わる機会が多いだろうと思い、入りました。それにやりたいことも他にないですしね。」
「そうだったか、実は2年前に赫衡に実験された被験者と対峙したことがあるんだ。その人は双子で片方を助けるために身代わりになってな、暴れたら満足して静かに眠ったよ。毎年墓参りにも行ってる。」
私はそれを聞いて衝撃を受けた。
白衡は赫衡の被験者を排除してまわっているが、普通は埋葬すらしてもらえずに解剖したらそのまま物として廃棄されていると説明されたからだ。
この人は何か他の人とは違うのだろうか…
「優しいんですね。これからも無名さんにずっとついていきます!!」
「ありがとう、あとそれ本名じゃないから呼び捨てでいいしタメ口でもいいよ。」
「じゃあよろしく、無名!」
2年後、私は白衡に入ってから最速で幹部に上り詰めた。
今は無名の提案で昼は私が、夜は無名が仕事をしている。
今日も疲れたなぁ。
最近はなんだかすごく眠い。
早く寝ても、疲れが取れてない感じがするんだよなぁ。
最近は無名も忙しそうだな。
兄についてはまだまだわからないことばっかりだけど、これから少しずつ探っていこう。
会えたらお礼も言いたいし、一緒に暮らしたいなぁ。
そして私は意識が飛ぶように深い眠りに落ちた。
今回は白衡のとある幹部のお話でした!
記憶と兄についてはまた別の物語で明らかにしようと思っています。