深藍に沈んだ物語
白黒なんて存在しない。ただ、混ざり合った色が広がっていただけだった。
〝それ〟を片手に、海を見つめながら思い出す。———あの人の笑顔を。
昔、灰融衡と言う組織があった。表では生物の調査や町の治安維持などを、裏では人体実験や戦争のために武器の開発などを行っていた。
とてもグレーな存在だったが、同時に国の大きな柱でもあった。
しかし、組織の中で大きな対立が生まれ、表での役割をこなす白衡と裏での仕事をこなす赫衡の二つに組織は分かれた。
そして、国内で睨み合いながら二つの柱として国を支えている。
僕たちはその国で男女の双子として産まれた。それぞれ藍、碧という名前を与えられて愛情深い両親から偏りなく育てられた。僕も碧も幸せだったしお互いのことが大好きだった。
でも六歳になる頃、その当たり前は崩れてしまった。気づけば赤く染まった両親が床に倒れている。
理解が追いつかないまま、僕たちは知らない人に連れていかれた。
他国との戦争が始まり、何らかの形で巻き込まれたのだ。
「大丈夫だよ、すぐに母さんと父さんに会えるよ!」
「帰ったらまたお菓子でも買ってもらお!」
僕たちは狭い檻の中で、お互いの言葉を励みにして過ごしていた。
数日後、僕たちはこの檻から出され、また知らない場所に連れていかれた。
そこには鎖で繋がれた見たこともない大きな生き物が二匹、こちらを凝視していた。
僕と碧はその鋭い目から視線を外すことができず、声も出ないまま恐怖で震えていた。
「この水龍たちは君たちと同じ双子なんだ。きっと仲良くできる。」
白い服を着た人がその言葉を放った瞬間から、僕たちの地獄の日々が始まった。
道具がたくさん並ぶ場所に連れてかれては体をいじられる痛みで泣き叫び、狭い檻に戻されては勉強を強いられる毎日だった。
最初こそお互いに笑顔を保っていたが、いつしかその余裕も消えていった。そして泣くことすらできなくなってしまった。
この日々が繰り返されて、10年が経った頃も僕たちはいつものように連れていかれるのを待っていた。
でも、その日はいつもより騒がしかった。そして、迎えに来たのは武装した知らない人たちだった。
この戦争に反対した国民がデモを起こし、巻き込まれた被験者たちを助けてまわっていたのだ。
僕たちは久しぶりに泣きながら外に出た。
それから僕たちは教えてもらった施設で過ごすことになった。また幸せになれる、地獄の日々はもう来ないと、そう信じていた。
でも、そこに僕たちの居場所なんてなかった。
僕たちは施設の人たちから差別を受けた。
「お前たちは赫衡に作られた化け物だ。」
「ここにいられるだけいいと思え、いつだって白衡に通報できるんだぞ。」
毎日のようにそう言われ、強く嫌がらせを受けた。
特に碧は気が弱く、さらに実験の影響で自分の性別がわからなくなっていたため目をつけられていたが、僕は恐怖で見て見ぬ振りしかできなかった。
一年が経つころには碧は人形のように喋らなくなり、僕は碧の声を忘れてしまった。
国に反対する大人たちは、結局自分たちのエゴのためだけに僕たちを助けただけで、会いには来なかった。
月日が流れ、十八歳になった僕は碧を連れて施設を出た。
碧には新しい家で休養をしてもらい、僕は二人分の生活を支えていくためにすぐに仕事を探した。
でも、差別を受けることを避けたくて、赫衡から人体実験を受けたことを知られずにできる仕事は犯罪に関するものしかなかった。
碧は相変わらず人形のようだった。でも、時々悪夢を見るようでその度に震えながら泣いていた。僕はまた何もできずに慰めることしかできなかった。
それでも、どれだけ辛くても、僕は碧には笑顔で話しかけ続けた。
まもなくして、僕は殺しの仕事を始めた。これが何もできなかった僕の罪滅ぼしになるならと。
ある日、仕事から帰ると碧が紙に描いた花を形に沿って千切っていた。
今までは窓から外を見ているか、僕が買ってくる絵本をつまらなそうに読んでいるだけだった。
昔、碧は切り絵が好きだったがそれでも両親が死んで以来やってはいなかったので初めてのことだった。
そして、碧はその歪な花を渡しながら言った。
「ありがとう」と。
表情は変わらなかったが、数年ぶりに聞いたその声は懐かしく、気づけば僕は碧を抱きしめながら泣いていた。
次の日、僕は碧のためにハサミを買った。最初は怪我をしないか心配だった。
でも使い方は覚えていたみたいで、いつもそばにあるほど気に入ってくれた。
そして二十歳になる頃には、最低限の会話ができるまでに回復した。それでも笑ってはくれなかったけど、僕は十分嬉しかった。
生活が安定した頃、僕は自分たちに行われた人体実験について調べていた。
いろいろな情報を頼りに、赫衡が人を攫い、戦争兵器にするために実験をしていること、白衡がその実験の恐ろしさから、赫衡に関わった被験者を排除してまわっていることを知った。
僕たちの体は不完全ながら身体能力が高かったり、水の中に長時間入ることができたりなどと水龍の力をいくつか受け継いでいた。
しかし、力を強く引き出そうとすると理性を失ったり、鱗や角が現れたりなどと扱いが難しく、その行動や見た目から街中で症状が出ればすぐに通報されてしまうだろう。
調べたことは碧にも最低限話しておいた。
僕たちは嫌でも自分たちについて知っておく義務がある。そう思ったからだ。
それから僕たちは同じような日々を過ごした。あの頃とは違って何もない平凡な毎日だった。
きっとこれを幸せというのだろう。だから僕はずっと続いて欲しいと願っていた。
でも、そのささやか願いは自分で壊してしまうことになった。
僕は仕事中に力を使いすぎて理性を失い、正気に戻った時には白衡に赫衡に関わっていた被験者として存在を知られてしまったのだ。
碧には旅行だと嘘をついて、僕たちはすぐに家を出た。幸いにも家から出なかった碧の存在は知られず、僕はせめて碧だけでも国外に逃がすことにした。
この国は島国だから、海を目指して船に乗せることにした。
隠れながら移動することは恐怖心との戦いだったが、それでも僕はいつものように笑顔で碧に話しかけていた。
そして、数週間の移動の果てに僕たちは海にたどり着いた。
船を目の前にした時、僕は碧に海に出てもらうための言い訳を必死に考えていた。
言葉に詰まった瞬間、銃声が聞こえた。
白衡が情報を聞くために住民を脅しているのだろう。もう、すぐそこまで迫っている。
このままでは二人とも連れていかれてしまう。そう絶望した時、
「本当は白衡に追われていたの知ってたよ。一緒に逃げても生き残れないよね。」
と碧は言った。そして同時にあのハサミで自分の髪の毛を切り始めた。
髪の毛を短くした君はまるで…僕と合わせ鏡のようだった。
「何…してるの?」
僕は震えた声でそう聞いた。
そして碧は笑いながら…泣きながら…僕にハサミを渡して言った。
「二卵性だけど似てるから大丈夫。ハサミをくれたこと、嬉しかった。藍の優しさが暖かかった。本当にありがとう。また、会えるなら…会えるなら今度は私が藍を支えるよ!」
その言葉の意味を理解した時には碧に突き飛ばされて、海に落ちていた。
最後に見た光景は角が生えている碧の後ろ姿と、銃を持った白衡だった。
僕は足掻きながら、水中に溶け込む涙に気づかないまま叫び続けていた。
気がついた時にはベッドの上だった。
あのあと漂流して国外の漁師に助けられたらしい。ハサミはずっと握っていて離さなかったそうだ。
もちろん、そこに碧の姿はなかった。
僕は毎日泣き叫んだ。今まで笑顔で押さえ込んできたものも碧をなくしたショックと一緒に涙として溢れ出した。
ひどい時は碧を守るために使えなかった溢れた力を憎んで理性を失い、暴れまわっていたそうだ。
本当は僕も叫びたいほど辛かったんだ。
それでも周りの人はとても優しくてどんな時でもこんな僕を支えてくれた。
そして今も僕は生きている。
生きてしまっているんだ。
あれから何年が経っただろうか。
碧の行方は誰も知らない。
きっとこの世界にはもう…と考えてしまう。
今日は二月九日、僕たちの誕生日だ。
「碧、僕はこの数年間考えていたことがまとまったんだ。」
海が見える花畑の丘の上であのハサミを持っている。
「君に会いに行くよ――。」
僕は笑顔でそう言い、その場を一色に染めた。
私が初めて作った小説です。