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きまぐれ★プレートテクトニクス 〜太平洋を横断した陸塊「大東島」〜  作者: 扶桑かつみ
第二章「世界進出ルート」

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109 ファイト、国内国家たち(閑話休題)

不快な表現もあるので、読み飛ばしていただいて構いません。


■馬名行義(-1544-1615)


 日本の織田信長が「第六天魔王」と恐れられたのに対して、大東の馬名行儀は「英雄」や場合によっては「勇者」と称えられる事が多い。

 

 行義は幼い頃から人当たりの良い人格者とみられていた。

 自信に満ちた態度と、耳に心地よい声の美男子。

 広く家臣や民の声に耳を傾け、落ち着いた目で真実を容易に見分ける英主。

 しかも一度決断すると躊躇なく果敢に相手をねじふせる行動力をも具有した。

 個人としての武勇にも優れていた。

 

 権力者が得てして不得手な弱者の感情の理解も深く、常に有用な人生訓を二つ三つ用意しながら喋る優秀な頭脳と併せて、誰もが従う指導者の器であった。

 

 兵法・経済・漢文や詩に通じ、ギリシャ起源の幾何学にも詳しい天才的な男だった。

 

 先を見通す力に優れ、信長が海軍増強を目指すや、すぐさまその意図を理解した。

 

 信長の対外拡張路線が、ただの領土拡張欲に根差すものでも、戦国の幕が降りたが故の口減らしを意図したものでもないことを誰よりも理解していた。

 

 古事記にはじまる歴史にも詳しい行義の考えでは、信長は大東国を利用して、日本と大東を(あわよくば両国を統合した大日本を)もっと広い世界に引きずり出すつもりなのだ。

 

 おそらく、行義は信長よりも遥かに頭が良いのだろう。

 

 ここまでが、後世に残されている馬名行儀という歴史上の人物だった。


 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 しかし、頭が突出して優れた者の多くは、劣った他者の存在価値を認めず独善に陥る傾向がある。

 確かに行義自身もわずか9歳の頃に、世間の人間の愚かさがどうにも我慢ならずに、その鬱積をある方法で晴らすことを覚えた。

 

 彼もやはり、自分だけが唯一大切な個人主義者で、愚かしいばかりの同族の命や国家の繁栄などどうでもよかったのだ。

 みな死んでも一向に惜しくはなかった。

 

 行義がストレスを解放したあと、しばらくは劣った連中につきあって愚かしいゲームに興じ、素晴らしい支配者の演技をすることもできた。

 そしてストレスが溜まると、その折々に鬱積を解放する。

 

 行義が密かに気になっていたのは、ストレスを解放する頻度が歳をとるに従い激しく、残酷なものになっていることだった。

 


 その日もストレスを気持ちよく解放して屋敷に戻ると、行義は乳母に朗らかに微笑みかけ、それから子供たちに優しく話しかけた。

 

 彼を知性で追い越すことは永久にできそうにない愚劣な子供たちの頭を撫でると、子供たちは大好きな父上に撫でてもらいたくて争って彼に抱きついた。

 彼は子供たちみんなが平等に扱われていると感じるように計算しながらも、母親の異なる庶子たちの中のひとりを、その日に限っては殊更に可愛がった。

 優しい目をしながら。

 


 東京御所にほど近い、領主の巨大な屋敷が立ち並ぶ地域。

 そこに馬名家の別邸があった。

 

 高い塀に囲まれた庭は、雑草一本ない白砂利に覆われている。

 広大な庭の真ん中には、たっぷりとした床面積の旧大東造りの屋敷がひっそりと建っていた。

 それら全てが、満月の冷たい光に照らされている。

 

 屋敷の堅牢な石作りの床、その下に通じる階段の行き止まりは重そうな黒い鉄扉で塞がれている。

 ここには外界のどんな騒音も到達しないだろう。

 またその逆もしかり。

 

 ここが行義の秘密の遊び場であり、新たな国家戦略を弄ぶ風変わりな書斎でもあった。

 

 地下室の床は、隙間なく計算されてはめこまれた暗色の大理石で、その上にこぼれた固体や液体を目立たなくしてくれる。

 造りは非常に良いが、それでもわずかな隙間に入り込んだ液体が僅かな腐臭を発している。

 

 彼の祭壇はへその高さがある。

 そして、四隅に設置された頑丈な拘束具は人の力では破壊できるものではない。

 殊に女の細腕では。

 

 祭壇には、今や行義にとりコレクションの一つとなった物体が室温と同じになりつつある。

 彼の側女の一人。

 より具体的には、彼の子を産んだ女性の一人。

 その顔は驚愕と絶叫の形のまま固まっている。

 


 最初は首を絞めるだけだった。

 

 やがて相手を支配したいという欲求、命の支配がもたらす快楽は堪えがたいものになっていった。

 

 支配したいものは幾何級数的に増加する。

 自分も、世の中も、一人の人の持つ未来も、その心の全ても。

 

 支配とは彼にとって即ち”安心”であった。

 

 やがて、適当に捕まえてきた女性を切り裂き、その精神を恐怖が丸裸にすることに興味を覚えた。

 仮面を脱ぎ捨て、全てを剥ぎ取られた精神の美しさ、ひたむきさ、純粋さに心を奪われた。

 

 助けてくれと懇願し、泣き、わめき、震え、まるで神の前に立たされたように秘密を全て白日にさらす。

 最後には余りに深く体を壊されたことを悟り、苦痛の中に絶望の色が瞳を過ぎる。

 

 小さな刃は、彼の楽しみに仕える優秀な道具となった。

 


 数年前からは、それでも不十分に感じられた。

 

 もっと高い場所から精神を打ち砕きその中身を味わうために、行義に身も心も許した女性を切り刻むようになった。

 

 ある日、行義の側女は心から信頼し敬愛する夫に連れ添われ、とっておきの二人だけの饗宴に誘われる。

 

 彼女たちの精神は、皮下脂肪にちょっとばかり切れ込みを入れたくらいでは鎧を剥ぐことができない。

 何らかの希望が邪魔をしているのだろう。

 心底からの本音が聞けるのは、乳房があった場所が円形の切株のように切断面を露わにする頃だ。

 

 もとより頭に期待はしていないが、若く健康な女たちはなかなか耐久力があることを、彼は充分に承知していた。

 

 かつて彼の子を産んだことのある子宮と、その柔らかな付属物を本人にみせつける段階に達しながら、健気にも息がある女性のなんと多いことか。

 

 密かな楽しみの味を知る前には想像もできなかったほど、本当の女性は強く美しかった。

 その隠れた美しさを最大限に引き出すことが自分にはできる。

 彼はそう信じきっていた。

 


 夜の香りが漂う東京の寝殿。

 一人の長身の男が高い位置から外を眺めている。

 

 行義の心に、顔をあわせた事もない西の魔王、織田信長の姿がありありと見えた。

 

 信長の姿には、彼が必ずや行義にもたらすであろう興奮と苦悩、そしてストレスの影が霞のようにつきまとっている。

 それは、もしかしたら先日終わったばかりの南北戦争よりも、激しく行義を苛むことになるのかもしれない。

 

 こんな夜、行義は時に不安になるのだ。

 

 これから信長が落すであろう長い影が行義の心を覆うとき、いったいどれほどの慰めが必要になるのだろうかと。

 

 そのとき、何かの動きが視界をよぎった。

 

 最近屋敷で働くようになった、南部出身の浅黒い肌をした女中が外廊下を早足に渡っていた。

 わずかに褐色をした直毛の髪が腰まで伸び、小さな結い紐で結ばれている。

 

 ふと、このごろ近海に現れはじめたという紅や金の髪をした者どものことを考えた。

 

(異国の女は……もしくは異国の高貴な女はどんなものだろうか……)

 新しい欲望の種は密かにまかれる。

 

 行義の視線は、女中が見えなくなるまでその姿を追ったのだった。

 



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 後年の調査で、馬名行儀の狂気を記した文献を発見。

 行儀に非常に近い側近が密かに残したもので、彼自身は行儀が生きている内に暗殺されているため信憑性が非常に高いと言われる。

 

 その文献が正確だとすれば、馬名行儀が殺した女性の数は、生涯で500名以上に上る。

 

 オカルトと一笑する者も多いが、オカルトマニアの間では通説であり、彼は魔王に魅入られたか、吸血鬼だったとされている。

 


 一方では、仮に500名の女性を快楽殺人で惨殺したとしても、彼がもし存在しなければその後の大東の発展と近代化の第一歩がなくなるどころか、戦国時代はさらに長引き数十万の人命が失われていたとされる。

 

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