351 Start Cold_War(4)
■閑話休題「もし日本が枢軸陣営だったら?」
全ては仮想に過ぎない。だが、第二次世界大戦の特に初期の頃に大いに言われた事だった。
実際、日支戦争の行方一つで、情勢が大きく変わった可能性も高かった。
ボタンの掛け違えで、日本が枢軸に、中華民国が連合に加わった可能性は十分にあった。
もしくはイギリス、中華民国の動きによって、日本の意思に関わらず情勢が変化していた可能性も高い。
ここでは、日本が枢軸陣営だった場合、戦争はどうなっただろうか。
米ソの想定のようになっただろうか。
そして戦争の行く末はどうなったのだろうか。
実際に、日本の総力戦研究所では、参戦前の1939年と終戦後の1946年に大規模で詳細な模擬演習が実施された。
ここでは、1946年の概要を見てみよう。
史実との違い、最初のターニングポイントで日支戦争の調停が失敗に終わる。
史実では1940年11月に日支戦争が終わるが、日本はイギリスに与する事なく日支戦争はその状態のまま続く。
第二次世界大戦自体は、日英の関係が冷却化した以外は、しばらくは史実と大差なく進む。
だが、日本の艦船が西に向かうことはなかった。
1941年6月の独ソ開戦を日本は千載一遇の機会と捉え、夏に対ソ連開戦。
これにより日本は半ば枢軸側に、中華民国は自動的に連合側に与する形になる。
ソ連は極東から兵力を引き抜けず、欧州では敗退を続けてモスクワが陥落。極東でもバイカル湖まで占領される。
一方で、イギリスがソ連と組んだ事で、日本はイギリスの敵となる。欧州の他の自由政府も同様となった。
これで天然資源が手に入らなくなった日本は、同年秋に資源確保を目的に東南アジアへの侵攻を開始。
日本は明確に連合の敵となる。ただしそれまでの外交関係が薄いドイツとは、あまり深い関係にはならなかった。
その一方で、日本にとって特に戦争をする理由がないのでアメリカは無視した。
鉄も油も必要な分があった。アメリカから欲しいのは優れた機械(工作機械、自動車など)くらいだが、日本には国内で代替できる程度の工業力もあった。
しかもアメリカは、東太平洋の太平洋沿岸より西にテリトリーがない。
日本は、念の為の兵力をハワイなどに置いてアメリカを牽制だけして、翌年春からはイギリス打倒と資源獲得を目的として豪州、インド洋を目指す計画を立てる。
アメリカを意図して無視したのだ。
日本の拡張戦争に業を煮やしたアメリカは、1941年12月に突如対日宣戦布告。ハワイの日本艦隊を拠点の真珠湾ごと撃破。
秘密裏に戦争準備を進めていたので、そのまま太平洋を一気に押し渡る。
これに対して日本は、奇襲攻撃を受けたのもあり対応が後手後手に回るも急いで各地から戦力をかき集める。
1942年6月、茶茂呂諸島沖の大規模な海戦でアメリカ海軍は大敗を喫し、戦線は一時降着。
ここでの戦いのシミュレーションでは、基本的には従来の戦艦同士の大規模な戦闘が行われたと想定されている。
だが、1942年の前半での戦いであるなら、新世代の兵器である航空母艦を用いた大規模な戦いが行われた可能性も十分にあっただろう。
日本は、予定していた豪州侵攻作戦を棚上げして総反攻を実施。準国土と言えるハワイ奪回を目指す。
アメリカは現状の主力艦隊を大きく損なったので、大西洋からの増援が揃うまで防戦に追いやられる。
だが大西洋からも根こそぎ戦力を集める。
同年12月、ハワイ沖にて双方の洋上戦力を結集した日米の大海戦が発生。
アメリカ海軍は残存部隊を全て集めても日本側に劣ることもあり敗北し、日本は翌月までにハワイを奪回。
その他、北太平洋の領土の大半も奪回する。
アメリカは主な海軍力をほぼ全て失ったのもあり、艦隊が再編されるまで積極的な行動が取れなくなる。
そして日本もアメリカ本土まで攻め込む理由も力もないので、米西海岸とパナマ運河間の潜水艦による航路封鎖を実施するにとどまる。
アメリカも、日本に対する潜水艦を用いた通商破壊戦を実施した。
その間も日本は他方面では積極的に動き続け、インド洋の封鎖作戦を実施。ソ連に対しては長距離爆撃機によるウラル爆撃程度で、地形が険しく広い山岳地帯なのもあって地上侵攻は行わず。
中華戦線は戦線の整理にとどめる。ソ連を叩き、インド洋を封鎖したら武器、物資の供給先を失って、中華民国は立ち枯れすると考えられたからだ。
ヨーロッパでは、他で日本が暴れているのもありドイツが有利に戦争を展開する。
1942年にはソ連の継戦能力が大きく低下。
一方で大西洋の通商破壊戦は、アメリカが参戦した事もあって一進一退。ドーバー海峡を挟んだ航空戦は、ドイツが徐々に劣勢となる。
地中海では、日本がインド洋を抑えたのもあり有利に展開。秋にはエジプト主要部を占領する。
日本軍との初の物理的な連絡も、1942年秋に航空機による最初の接触が行われた。
しかし、1942年の終盤くらいから、アメリカの巨大な生産力が戦時生産となって本格的に動き始める。
だが日本は東太平洋の海上封鎖のみで、可能だった米本土侵攻は行わず。豪州に対しては、特に必要な資源もないので通商破壊戦を行う以外は半ば無視。
余剰戦力をインド洋に集中。
ただしインド本土には上陸せず、必要な島の占領とインドの封鎖によるイギリスの締め上げとドイツとの本格的な連絡の確保を急ぐ。
1943年の春までにアラビア半島、紅海へと進軍し、ドイツ軍との握手に成功する。
1943年春、枢軸陣営は臨時首都がウラル山脈にまで交代したソ連に対する最後の総攻撃を開始。ソ連は秋までに実質的に滅亡する。
1943年夏が、枢軸側の絶頂期となる。
そして秋以後は、余剰となった枢軸側の戦力が他方面に転用されていく。
一方で、イギリスはインドを封鎖されて青息吐息。アメリカの支援で何とか戦争を継続。中華民国は、日本が積極的に攻撃しないのもあって、他の連合国から忘れられた状態。
アメリカは洋上戦力がまだ回復途上なので、日本に対する攻勢には出られず。
大西洋では、なんとかUボート(通商破壊)を封じられるようになる。
1943年11月、連合軍は北アフリカ西部に上陸。ようやく反攻を開始。
だがドイツは、ソ連に向いていた戦力が本国や他の地域に戻り始め、特に空軍力が大幅に強化される。
陸軍部隊も、再編成されると続々と別方面に姿を見せるようになる。
このため連合軍の北アフリカでの反攻は、予定より上手くいかずに停滞。
1943年春から開始された西欧北部、ドイツ北部に対する戦略爆撃は、1944年春にはドイツ空軍の分厚い防戦の前に被害甚大により定期爆撃の中止を余儀なくされる。
太平洋での日米の戦いは、島が少なく距離が開いているのもあって航空戦は難しく、互いに通商破壊戦のみ。
アメリカは物量に任せて、太平洋を大きく迂回して豪州に橋頭堡を作ろうと画策するが、距離がありすぎるのと日本の激しい通商破壊戦により頓挫。
1944年6月、アメリカは大艦隊を再編成して北太平洋の要であるハワイへと再度侵攻。待ち構えていた日本海軍との間に、一大海戦が発生。
地の利と、島からの航空隊が使える日本が勝利。アメリカ海軍は撤退し、洋上戦力の不足で半年は侵攻できなくなる。
日本は防戦以上行う気はなく、防備を分厚くするのみ。
一方、大西洋でも連合軍が北アフリカで大規模な攻勢を実施。
本来なら欧州への上陸作戦を実施する予定だったが、ドイツが防備を固めているので自殺行為だと判定された。
北アフリカでは、連合軍はようやくチュニジアまで進軍。
しかし、地中海は越えられなかった。
そして10月、アメリカはかなり強引にハワイではなく北にある先島へ侵攻。ここでも大規模な戦闘が発生したが、やはり地の利がある日本が勝利。しかも艦隊戦力で日本の方が優勢だったので、アメリカは大敗を喫する。
欧州、太平洋の双方で、連合軍は当面手詰まりとなる。少なくとも、戦力が備蓄できる翌年初夏まで攻勢は不可能となった。
この時点で残る主な交戦国はドイツ、日本、イギリス、アメリカ。イタリアもいるが既に限界を超えており、殆どドイツに依存していた。
他の国もすでに疲弊し、遅れて参戦したアメリカだけが余裕を残していた。
だがもう2年戦争が続けば、アメリカも経済的な限界が来る。そしてそれまでにドイツと日本を完全屈服させるのは、非常に難しいと分析された。
日独の片方だけに絞っても、2年で降伏させられるかは微妙と判断された。
勝利するなら、日本かドイツと電撃講和して連合に組入、もう片方を倒す他ないと分析される。
また対ドイツ戦は、翌年初夏の大規模反攻作戦が万が一失敗した場合、2年どころかその時点で戦争の終了を考えなければならないと予測された。
しかも現状では、ドイツ軍は各地を分厚く防衛しているので、上陸作戦が成功する可能性は非常に少ないと分析される。
対日戦は、日本本土侵攻の為に数百万の大軍に海を越えさせるだけでも、一大事業であり極めて難しかった。
その上、大東島の首都東京を陥落させても、西日本列島で徹底抗戦する可能性が非常に高いと分析された。
それどころか、朝鮮半島、満州へと後退して戦うとまで考えられた。
そうなっては、泥沼どころの事態ではなかった。
そして1944年11月、アメリカで大統領が変わった。
今までほど好戦的ではなく、「無条件降伏」発言についての軌道修正も行おうと動く。
既にソ連もなく、無条件降伏に固辞する国もなくなっていた。
その上で、枢軸各国に対して水面下で停戦に向けた話し合いの開催を打診する。
これに対して枢軸側は、日独双方ともに現状の固定を停戦の前提条件として求める。
ドイツとしては軍事的安定のために英本土も欲しいが、自国の戦争経済が限界に達しつつあったので現状容認に動いた。
日本はアジア植民地の開放という建前の、日本の勢力圏への編入ができるのならと停戦に前向きだった。
日本としては豪州などオセアニア地域も勢力圏としたいが、それは流石に無理だと割り切っていた。
インド地域についても、インド洋の制海権は欲しいがインドそのものは必要ないと考えていなかった。
一方の連合国側だが、枢軸側の求めは全く認められない条件だった。
特にイギリスにとっては、小国に転落するのが確定と言える条件でしかない。また欧州各国の自由政府にとっては、ほぼ死刑宣告だった。
死刑宣告なのは中華民国も同様だったが、最初は枢軸寄りの姿勢を示し大戦中は殆ど何もしなかったので、誰も見向きもしなかった。
日本は中華地域の共産党が目障りだったが、ソ連が滅びた以上問題も小さいと考える。
そしてソ連が滅びたロシア地域について、誰も何も言わなかった。
そうして大きな戦闘が起きないまま戦争が続くも、1945年4月末から停戦の準備会議が中立国で始まる。
そして8月半ば、現状の固定、枢軸側の実質的な勝ち逃げにより第二次世界大戦は幕を迎える。
だが平和の到来を意味しなかった。
米英と日独による対立構造は残り、5年後の第三次世界大戦へと繋がっていく。
■第三次世界大戦へ
シミュレーションでは、この仮想世界の第三次世界大戦については触れていない。
だが戦間期については、大戦後アメリカは内向きとなり、イギリス本土は実質的に見捨てられたと記されている。
中華民国は、日本以外誰も見向きもしなくなっていた。
またドイツは広大すぎる帝国の統治に非常な苦労が伴い、内政の失敗、戦後復興の停滞を誤魔化すべく、何より世界一の富を奪って何とかするべく、英米との戦争を決意すると記されていた。
そして日本だが、日本も広大な占領地の統治に苦労する。
だが日本は、支配した地域の殆どに対して資源供給地、限定的な市場としか考えていないので、ドイツほど苦労はしなかった。
その一方でアメリカへの警戒はさらに強まり、またソ連、中華民国という敵がいなくなったので、アメリカにだけ力を入れるようになる。
そして内向きとなったアメリカは、せっかく巨大化した軍隊の多くを解体してしまう。
健全な財政にするためには当然の措置だが、仮想敵がいる状況では当然とは言い切れない。
だが軍隊の8割を解体し、英本土にだけ駐留軍を置くようになる。
つまり、この後起きる「第三次世界大戦」は、北米大陸が戦場であり、アメリカの敗北を示唆している。
遅れて参戦し、半ば漁夫の利を得ようとしたアメリカは、多くが中途半端だった事が、生き残りに全てを賭けた国に敗北する要因となったと言えるのだろう。




