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あの夜、君は星だった

作者: 莉月 暁星

小高い丘の上にある展望台。


町の灯火が下に見え、星空がひらけている。


薄明の帳が降りる頃、少年・輝蒼(そら)は、一人で望遠鏡を担ぎ、その展望台を訪れていた。


不意に視界の隅に映りこんだベンチには、名前も知らない誰かの姿があった。


白いワンピースを着た少女。


風に髪が揺れている。


“彼女のことを知りたい”


輝蒼は少女の何かに惹かれ、吸い込まれるように少女に向かって歩き出した。


「……こんばんは。」


口から放たれた言葉は、彼自身も驚くほどに小さかった。


「こんばんは。星、見に来たの?」


彼女は名は名乗らず、ただ「星が好き」と言った。


話す声は静かで、でもどこか芯がある。


「ここ、星が綺麗に見えるから好きなんだ。私のお気に入り。」


少女はそう言って星空を指した。


二人は隣に座り、夜空を見上げる。


互いに何も話さないが、その静寂が、輝蒼には不思議と心地よかった。


「ねえ、星言葉って知ってる?」


「少しだけ。どんなのがあるの?」


朧月に照らされて、二人だけの世界が紡がれていく。


「たとえば……アルタイルは“誠実な心”。デネブは“旅立ち”。ベガは…“再開の約束”。」


彼女はまるで、星と心を繋ぐように語る。


その瞳は朧月のように、掴みどころのない儚さを秘めていた。


風が吹き、月が雲間から顔を出す。


「……星はね、ちゃんと見てくれる人がいると、もっと輝くの。」


そう小さく呟く少女は、どこか寂しげに笑った。


その笑顔は月光よりも淡く、星よりも儚い。


「……じゃあ、君は今、輝いているんだね。」


輝蒼は割れ物を扱うような優しい声色で、その言葉を口にした。


その言葉を聞いてか、少女は輝蒼を振り返ると、驚いたような、でも、少し嬉しそうに笑みをこぼした。




────時計の針が深夜零時を指す。


空気が冷たくなるのを肌で感じる。


それに比例するように、少女の足元の影が少しずつ薄れていく。


「もう、帰るの?」


輝蒼は少女に尋ねた。


少女は明るく色づき始めた地平線を見つめて、心悲しげな表情を浮かべる。


「ううん、消えちゃうの。……もうすぐで、朝がくるから。」


まだ夜の広がる空に薄らと浮かぶ星々が、色なき風に揺られる。


「……君はどこから来たの?」


「どこでもない空の上から。願い事が集まる場所から。……君の願いに呼ばれて、降りてきたのかもしれない。」


輝蒼の喉が震える。


そばにいるのに、手を伸ばしても彼女には触れられない。



その時、空に流星が走った────


少女はそれを指して、ふわっと立ち上がる。


「お願いごと、した?」


その問いに、輝蒼は顔を上げて少女の瞳を見つめた。


「……うん。君に、もう一度会えますようにって。」


「そっか……。あなたはずるい人だね。でも、ありがとう。」


彼女の微笑みは、星がひとつ増えたような温かさだった。


少女の姿が、空に溶け込むように淡くなっていく。


最後にそっと微笑みながら、彼女は囁いた。


「君が夜空を見上げる度に、私はちゃんとそこにいるよ。」


輝蒼は口を開きかけて、そっと目を閉じる。


目を開けたときには、もう少女の姿はなくなっていた。


空が星を手放すように、輝蒼も彼女を見ることしか出来なかった。


彼女の姿が完全に消えたあと、輝蒼はベンチに一人。


風が止み、自然の音すら静まった夜の中、輝蒼は空に瞬く星を見上げた。




翌朝、展望台に行くと、少女が座っていた場所に押し花になった一輪の白い花が落ちていた。


それを拾い、輝蒼は夜空の星を見上げながら優しく微笑む。


花の名前は“スターチス”――花言葉は「変わらぬ心」。











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