ネコ探しのノア
薄暗い酒場の奥、普段は物置として使われている小部屋。
湿った木の匂いが漂う中、元トップパーティー《グランザイル》の残党三人が、粗末なテーブルを囲んで座っていた。
扉が静かに開き、黒い外套を纏った男が入って来る。
「来たな・・・」
リーダーのグレンが低く呟く。
男はフードを取らず、そのまま椅子に腰を下ろした。
「お前たち、ノアという女を知っているか」
その声には感情というものがほとんどなく、ただ冷たい。
「知っているも何も・・・あの女のせいで俺たちは恥をかかされたんだ」
グレンが唇を歪める。
「そうか、なら話が早い。――あの女・・・ノアを抹殺しろ」
テーブルに置かれたのは、小さな袋。じゃらりと金属音が響く。
「これは前金だ。成功すれば、残りと連邦国でそれなりの地位と保証を約束する」
「連邦国ねぇ・・・」
隣のメンバー、細身の魔術師カーレンガ目を細める。
「詳しい話は聞かない方がいい。お前たちはただ依頼をこなしてくれれば、それでいい」
「やる価値はあるさ」とグレン。
「ただし」男は低くくぎを刺した。
「あの女を甘く見れば命を落とす。油断するな、必ず計画を立てろ」
部屋の隅で腕を組んでいたゴツイ男バルゴが不敵に笑った。
「心配すんな。俺たちがあいつを必ず仕留める」
黒外套の男は何も言わず、椅子を引いて立ち上がる。
去り際、ほんの一瞬だけ覗いた口元は、笑っているようにも見えた。
バルデックの朝は、今日も賑やかだった。
パン屋からは焼き立ての香りが漂い、通りの屋台では果物や野菜を並べる声が響く。
そんな中、ノアは花歌交じりでギルドに向かっていた。
「今日はあるかな~・・・、あ、あった!」
掲示板の端っこ、金峰と同じ位置に貼られた『迷いネコを探して』
ノアは迷わずそれを剥がし、受付に差し出す。
「これやります!」
「またですか・・・」
受付嬢が呆れた顔をしたが、笑って依頼書を受け取った。
ナディアとエリナ、そしてウキが後ろから近づいてくる。
ゴルドは今日は、ローズスパイラルの害獣退治に同行している。
「ノアさんホント好きだよね」
「まあ、趣味みたいなもんやし」
「趣味で依頼受けるなよ」
ナディアは肩をすくめる。
それでも三人は並んで歩き出す。
道中、行商の馬車が通り過ぎ、荷台の上から顔馴染みの商人が手を振った。
「おう、ネコ探しのノア!今日も頑張れよ!」
「任せとき!」
笑顔で返すノア。
・・・その笑顔の奥に、ほんの一瞬だけ鋭い光が宿ったことに気づく者はいない。
探すのは白と茶のぶちネコ。
子供たちが道端で絵を描きながら「ノア姉ちゃん!」と手を振る。
「またネコ探し?」
「そだよ。みつけたら連れて帰るからね」
小さな頭を撫で、ノアはのんびりと町の裏道へと入って行く。
陽だまりの匂い、石畳の温かさ、そして・・・。
――ここから港まで行く商隊、最近やけに人が多い。
ネコ探しの足どりはあくまでも軽やかだった。
探し始めて三十分。
「いないね・・・」
ノアは腰に手を当て、路地裏を見渡した。
「普通迷子の子ネコってもっと近くにいるんじゃないの?」
エリナが首をかしげる。
「ネコさんは自由だから、気分次第でどこにでも行くよ」
「いや、自由にも限度ってもんが・・・」
ナディアが呆れかけたその時。
「姐さん!見つけたっす!」
ウキが建物の屋根の上を指差す。
そこにはしっぽをふわりと揺らしながら寛ぐぶちネコがいた。
「おーい、こっちにおいで~」
ノアが両手を差し伸べるが、ネコはぴょんと反対方向へ飛び降りた。
「うおっ、逃げた!」」
「追えーっ!」
そこからが大騒ぎだった。
裏通りを全力で駆け抜けるノア、屋根を飛び移るウキ、角から角へ先回りするナディア、そして途中で魚屋の桶に落ちてずぶ濡れになるエリナ。
最終的に魚の匂いをぷんぷんさせながら、エリナがネコを抱き上げてゴール。
「はい、任務完了」
ネコを依頼主に渡し、報酬を受け取った後、ノアは「ちょっと先に帰っといて」と仲間に言い残した。
路地裏に入ると、ウキが壁にもたれて待っていた。
「例の行商の件、調べたっす」
「で?」
「港の向こうで、連邦国の奴らがちょろちょろしてるんすよ。町の商人の中にも怪しい取引をしてるのがいるみたいっす」
「そうか・・・もうちょい探れ。くれぐれもバレんように」
「了解っす、姐さん」
次の瞬間、ギルドへ戻るノアの顔は、またあのほんわかとした笑顔に戻っていた。




