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ノア

 ――ここは?


 意識が戻ると、木でできた簡単なベッドのような物の上に寝かされていた。


「おー!やっと気が付いたかい-?」


 いきなり大きな声が聞こえたので、ビクっとした。

 声のした方を見てみると、野菜を乗せた籠を抱えたおばさんがいた。

「全然起きないから心配したよ」


 ――誰?


「あのぉここは?」と恐る恐る聞いてみた。

「あたしの家だよ。グレタって呼んどくれ、遠慮はいらないからね」

「はぁ・・・グレタさん、あのぉ私はどうしてここに?」

「この村の入り口の所であんたが倒れていたのよ」

「そうだったんですか・・・ありがとうございます・・・」

 なんだか気の良さそうなおばさんだ。


 聞けば丸二日寝ていたそうで、完全に意識不明だったようだ。

 徐々に意識がハッキリとしてくると、これまでのことが思い出されてきた。

 あの森の中でなぜか寝ていた私は、この村を目指して歩いていたのだ。

 この村の入り口に辿り着くのと同時に意識を失った。

 そしてこのグレタさんに助けられたらしい。


 起き上がろうとして、強烈な体の痛みに悶絶した。

「うぐぐぐぐぐ・・・」体が痛かったのを忘れていた。

 それにしても、なぜこんなに激痛が走るのだろう?どこか怪我でもしているのだろうか。

 特にどこが痛いと言う訳ではない。体中がとにかく痛い。

「無理しちゃあダメだよ!寝てな。今スープを作ってるから」 

そういえば半端ない空腹感だ。

「ところでここはどこですか?」

「ルーヴェル村だよ」

「る、るーべるむら??」――ってどこ?


 何となくここが日本ではないような気がしていた。

 言葉も日本語ではないが、なぜかわかるし喋っている、いったいなに?どうなっている?それにるーべる村って何県?てかどこの国?


「ルーベルじゃないよぉ!ルーヴェル!」

「あっわかりました。それで、どこの国なんですか?ここは日本じゃないですよね?」

「にほん?なにそれ??ここはゼルフェリア王国じゃないか」

「ぜるふぇりあ王国?」そんな国聞いたことが無い。


 ――ここは一体どこ?


「知らないの?あんたどこから来たのよ」

「えっ?日本ですけど・・・」

「それは大陸のどの辺りだい?」

「大陸?いや日本は島国なんですけど」

しかし、なぜ日本ではない所にいるのだろう。

「知らないねぇ」


 そうか、日本を知らない人もいるんだな。

というか、なぜ言葉が分かるんだ?全く初めて聞く言語なのに。ぜるふぇりあ語?そもそもこのぜるふぇりあ王国ってどこにあるのだ?

 何もかもが???だ。いったい私はどうなってしまった?

 日本ではない場所にいる、なぜ?それに私は黒髪だったはずなのに、なぜピンク色?。


 本当に何もかもがなぜ?だ。

 さっぱり訳が分からない。


「さあスープができたよ、食べなさい」

 グレタさんがスープとパンを用意してくれた。

「ありがとうございます、いただきます」

 空腹の身体に湯気の立ち上がるスープはまさに命の救いだった。

 ひと口すすると野菜の甘味の中に、どこかスパイシーで初めて味わう香りが鼻を抜ける。


 ――不思議な味、でも嫌いじゃない。


 トロトロに煮込まれた根菜と一緒に、ひと口大の肉が入っている。

 ――この肉、鳥っぽいけどなんだろう・・・。

 噛めば噛むほどほんのりと柑橘に似た香りが広がって、思わずもうひと口。

 スープの奥には青い葉が浮かんでいた。見たことのないハーブのようだが、爽やかな苦みがいいアクセントになっている。

 添えられたパンは見た目どおりゴツゴツと硬く、そのままでは歯が立たなかった。

 スープに浸してみると、不思議ともちもちとした食感にかわり、クセになりそうな味になった。

 懐かしさなんてないのに、どこか安心する・・・そんな不思議な食事だった。


 全部平らげて、お腹も満たされたところでグレタさんに聞いてみた。

「ごちそうさまでした」と言って食器をもっていこうとすると「そのままでいいよ、どう?口に合ったかい?」

「はい、おいしかったです。それとこの国の地図ってあります?」

「地図?ええっと・・・この村の村長の所に行けばあるかもよ」

「村長さん、わかりました後で行ってみます」

「連れてってあげるからちょっと待ってな」

 本当にやさしいおばさんだ。まあ考えれば村長の所なんて知らないから、連れて行ってもらえるのはありがたい。

 少ししてから出掛けることにした。




 外に出てみて改めてこの村の雰囲気が分かった。

 のどかな所だと思い、どこか懐かしささえある。

 家は木造で、ほとんどが2階建てになっている。それぞれの家で畑があり、その自分の畑で作物を栽培しているようだ。

 村の人たちはみんな優しい、よそ者の私にも気さくに声を掛けてくれる。

 そもそもこの村には農業以外の仕事がないらしい。

 もの作りというものは穀物であったり、果物や野菜であったりで、例えば鍛冶屋とか、大工などはこの村にはいない。


 つまりここの村には畑以外は無い。

 商店や食堂の類もない。他の物はどうしているのかというと、行商人が定期的に町からやってきて、小さな市のようなものを開くらしい。

 そこで日用品とか肉や魚などを買うことができる。この村で手に入らないものを売りに来るということ。

 そして、商人はこの村から野菜などを仕入れて行き、それが村人達の収入になるというわけだ。

 グレタさんと連れ立って歩きながらこの村の色々な事を教えてもらった。


「ところであんた名前はなんていうんだい?」

「えっ?」名前?私の名前?私の名前って・・・。

 考え込んでしまった、完全に抜け落ちていた。

「なんだい自分の名前も忘れちまったのかい?」

「そうですね・・・思い出せないです。記憶が抜けてしまっているみたいで」

「そうか・・まぁ無理しなくていいよ、そのうち思い出すだろうしさ」


 名前か・・・私は誰なんだ・・・。

 はっきりと覚えていることもある、髪の色が黒だったこと、自分が日本人だということだ。

 それ以外は何も覚えていない。

 ――ん?まてよ・・・黒い髪?黒い髪を褒められたことがある。

 ――誰に?え?え?何か喋っていた・・・そこで褒められた?

 

 その時ドドドドドーっと猛烈な勢いで前方から2頭の馬が突進してきた。


「おーーーい!除けろーーー!!」「暴れ馬だぁーーーーーー!」

「キャーーーー」悲鳴が聞こえる。

「えっ?」と思った時にはもう目の前にいた。

 大きい!なんだこの大きさは!これが馬か?

 交わそうとしたが体が痛くて動けない。


「うわぁーーーーーーーーーっ!!」

 ドスーンと強い衝撃を受け、大きく飛ばされた。

「うがぁぁぁぁぁぁぁ・・・」変な声が出てしまった。

 背中から地面にドンと打ち付けられ、後頭部をぶつけた。

 一瞬意識が飛んで頭の中でガガガとノイズが走ったが、すぐに戻った。

 その場で蹲っていたが、体の痛み以外大丈夫そうだった。

 この辺りは道が土だったからよかったのかもしれない、これがアスファルトならこんな事では済まないだろう。


「あんた大丈夫かい?」グレタおばさんが駆け寄って来てくれた。

「あ、はいなんとか大丈夫みたいです」

 ――あれ?

 ずっと頭の中に靄がかかっていたが、なぜかすっきりとしている。

 頭をぶつけたからか・・・?


 その時、

 ガガガガ・・・と再びノイズが。

 さっきよりも強いノイズで、頭を抱えてしまった。

「あーーーーっ!!」思わず声が出てしまい、全身に鳥肌が立った。


 全てを思い出した! 鮮明に!


 そうだ、私は辻野茜、大学生でYouTuberをやっていた。


 ❝ノア❞という名で。


 そして、走馬灯のようにすべての記憶が蘇った。

「クソ野郎ぉぉぉ――!!あああああああああああああ――ーーっ!!」

 あの日私は・・・殺された・・・・家族と一緒に・・・。

 全身が震え、涙が溢れてきて強い怒りが沸き起こった。

 怒りと同時に憎しみという感情にも支配された。


 だが、あの時私はあの男を殺したはず。

 今更憎しみの感情なんていらない・・・か。

「はぁ・・・」と溜息が出た。


 でも、なぜ今こうして生きている?

 まだまだわからないことだらけだった。


 グレタさんが心配そうにしながらも、落ち着くのを待っていてくれた。

「グレタさん!思い出しました!わたしの名前はノアです」

 ノアはYouTuberとしての名だ、でも今は本名の辻野茜を捨てよう。


 これからはノアとして生きていこうと決めた。


ありがとうございます。

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