8話
「よし、着いたぞ」
海に着いた俺たちは早速海水浴!
とは行かなかった。
「男どもは機材の搬入な!」
工藤明菜さんのお姉さんの指示で俺たちは大荷物を海沿いのコテージへと運ぶ。
機材とはアンプやスピーカーのことだ。
なんでこんなものを運んでいるのかって?
工藤さんのお姉さんからの交換条件だ。
お姉さんはバンドを組んでおり、この海沿いはそのメンバーの私有地だとか。
海水浴を楽しんでもらう代わりに、機材運びなどの雑用をするのが条件だ。
お姉さんたちは3日ほど滞在するらしく、俺達もコテージにて寝泊まりさせてもらえる。
そしてさらにメンバーの一人が、バーベキュー好きで、せっかくだからみんなでパーッと肉やら野菜やらを食べようということになっている。
さすがに毎日バーベキューをする余裕は無いので、料理のできる凜々・吉原さん・井上さんが料理当番となっている。
もちろん俺達も細かい作業は手を貸すつもりだ。
まぁ食器並べたり、料理の空になったそれらを洗うことくらいしかできないかもだけど。
「はぁはぁ……」
「疲れたなぁ……健人ちゃん……」
約30分後、俺たちは肩で息をしていた。
なかなかしんどい作業だった。
「サンキューな、お前ら!」
「お疲れ様、健人くん、雄一郎くん」
「雑務ご苦労」
吉原さんと井上さんも他のバンドメンバーの車で到着済みのようだ。
工藤さんのお姉さんがお礼に缶のお茶を差し出してくれた。
「「ありがとうございます!」」
床にへたり込んだ俺たちはありがたくいただく。
ゴクゴク。
お茶が喉を通り、胃の中へ溜まり、そこから体が冷え渡るのを感じる。
ぷはぁー!生き返るー!
「それじゃあ、あたいらは練習するからテキトーに遊んできていいぞ。何かあったら呼ぶがな」
二カッと快活な笑みを浮かべてくれる。
「それじゃあ、俺達も行ってきます!」
「いざ!」
「レッツゴー!」
「おう!」
と言ったのはいいものの、俺は30分くらい楽しんでから、砂浜にかけられたビーチレジャーシートの上に寝転がり、潮風とクソ暑い日差しを味わっていた。
「お隣、よろしいですか?」
「どうぞ」
視界が工藤紅葉さんの胸を覆う。
いかんいかん、平常運転平常運転。
俺の了承を得て横に体育座りする彼女。
「……………………」
「……………………」
ザザァ、キャー!やったなこのー!
波の音と海ではしゃいでいる連れたちの声が届く。
せっかくだから会話に華を咲かせたいが、話題が見つからん。
「健人さんは前世を信じますか?」
「えっ?」
突然の質問に面食らう。
「なぜ突然そんなことを?」
「わたくしに前世の記憶があると言ったら信じますか?」
ジーッと見つめられる。
「まぁ、はい」
「驚きや戸惑いの色が見えないとなると貴方もその記憶があるのですね?」
「俺たち以外にも前世の記憶持ってるのにびっくりはしてますがね」
「一応どんなものかお伺いしても?」
「俺と凜々が凍子に殺される記憶」
「まぁ……!」
そうなるよなぁ、殺された相手とこうして一緒にいるんだから。
「他に覚えてることは?」
「いえ、それだけです」
「なら、わたくしのことを話しても構いませんか?」
「はい」
「わたくしは明菜を除く、あの子のクラスメイトを皆殺しにして最後に自分の胸を刺す記憶です」
「んなっ!?」
思ったよりヘビーだった。
「その経緯を訊いてもよろしいですか?」
「構いませんよ。訊かれなくとも勝手に話すつもりでしたので」
ふぅと体内の空気の入れ替えをして彼女は語る。
「前世ではわたくしとあの子は姉妹でした。わたくしが姉。あの子が妹です。明菜は昔から緊張すると胃腸の調子が悪くなる子でした。そして最大の欠点は、自分の気持ちを主張できないこと」
「ふむふむ」
「小学生2、3年生の時の学芸会でのことです。あの子のクラスはシンデレラを演ることになりました」
ここまでは至って普通だ。
「彼女は主役のシンデレラに抜擢されました」
「ここまでは順調ですね」
「そうでもありませんよ」
紅葉さんの表情が曇る。
「全てはあいつらの思惑通りでした。あの頃の明菜は極度の人見知りで、人前で劇など出来る子ではありませんでした。明菜に恥をかかせてやろう。奴らは最初からあの子を貶める算段だったのです。あの子にシンデレラを推薦した子はニヤニヤと笑みを浮かべていたそうで、元妹は、彼女の、いえクラスメイト全員の計画を察したようです。それでもあの子は『嫌だ』と拒否できなかったのです。家に帰り、母親にその経緯を話しました。本当はやりたくなかったという気持ち以外は。
母は学校に行き講義したのですが、担任の先生からは『明菜ちゃんは自分でやると言いました』と告げられて帰宅してすぐに『あんた自分でやるって言ったんじゃないの!』と一方的に叱られて仕舞いには『あんたの言うことは信じない』クソババァが口にしてて、それを受け取った明菜のショックの顔は今でも脳裏に焼き付いています」
「酷い……!」
「まだ続きはありますよ」
それを打ち明ける前に喋りすぎて喉が渇いたのか、クーラーボックスから缶のりんごジュースをひとつ開ける。
カシュッと音を立てて蓋が開き、喉にそれを流し込む。
「学芸会が始まりましたあの子たちの番になり、明菜が壇上の中央に立ちます。が、緊張してセリフを忘れてしまい、立ち尽くしてしまいました。次第にザワザワとどよめきが立ち上がり、あの子のお腹の調子も悪くなります。『あ……あ……』と必死に声を絞り出そうとしますがついにお腹が限界を迎えます。便が出る音が響きわたり、体育館はおしりから出るあの臭いに満たされます。クラスメイトたちは段幕で鼻を押さえながらゲラゲラ笑っていたそうです。学芸会は中止になりました。しかし、あの子の悲劇の始まりはこれからでした。上級生下級生、仕舞いには他の学校の子達から『うんこマン』というあだ名で呼ばれるようになりました。一連の騒動があったにも関わらず、学校側は黙認。それに耐えられなくなったあの子はわたくしたちが住んでいたマンションから飛び降り自殺をしました」
「……………………」
あまりにも重い話でどう言葉をかけるか迷ってしまう。
「わたくしはあの子を自殺においやった奴らが憎くてしょうがなかったです。
ランドセルに包丁を忍ばせて、あの子のクラスに行き、シンデレラ役に推薦した子の心臓をそれで刺します。
キャー!わー!と混乱する声が上がる中、そいつの取り巻きの頸動脈を掻っ切りました。返り血がわたくしを紅く染め上げます。廊下へ逃げようとするやつらに『逃げるな!』恫喝し、足をすくわせていち早く外に駆け出していた男子の脇腹を刺しました。そこからの記憶は途絶えています。気づいた時には、教室・廊下はどす黒い血の海と化していました。わたくしはそこで涙を流しました。こんなことをしても妹は戻ってこない。絶望の縁に立たされたわたくしも自害する道を選びました。これがわたくしの前世の物語です」
「今の内容、明菜さんは?」
「知らないでしょうね」
「どうしてその話を俺に?」
「あなたが1番話しやすそうだったからです。わたくしからも質問よろしいですか?」
「どうぞ」
「先程、天野凍子さんに刺されたと仰っていましたが、彼女のことは憎くないのですか?」
俺もクーラーボックスから炭酸飲料をひとつ取りだして、口に仰ぐ。
「憎いっていうか戸惑いの方が強いですね。俺は紅葉さんのように、鮮明に記憶はありません。仲のいい凍子がなんでこんなことをしたのか、俺はその答えを知りたい」
「彼女はそのこと知っていますか?」
「はい。教えるためにひとつ条件を出されました」
「訊いても?」
「『あんたがあたしのこと本気で好きになったら教える』だそうです」
「ちなみに天野さんに傾きそうですか?」
「いやぁ、あの記憶があるせいか全然」
「ではわたくしから提案があります」
「提案?」
キョトンと首を傾げる。
「わたくしの目的は、転生してきたあのクソ野郎共を社会的に成敗することです」
「実際いるんですか?そいつら」
「実はわたくし、この次元に入る際に神様に会っています」
「えっ!?」
「普通は神が次の生を与えるかどうか、裁決を行うそうですが、奴らはそれを無視してこの世界に潜んでいるとか」
「それで提案というのは……?」
「わたくしに協力して欲しいのです」
「俺にメリットあります?」
「はい」
「どんな?」
「あなたが彼女と過ごせなかった空白の期間に、緑葉凜々さんと因縁の相手がその中にいると言ったら?」
「空白の期間!?」
なんだそれ。いやそれよりも。
「その空白の期間とやらを知ってるということは、俺や凜々のことなにか知ってるのか?」
「わたくしは神と意思疎通を図ることができます」
「本気で言ってます?」
「はい」
うーん、いまいち信ぴょう性に欠ける。
「わたくしがあの子のクラスメイトだった奴らを1人社会的死を与える事に、あなたの前世の記憶をお伝えします」
「そこに凍子を好きになれない理由があるんですね?」
「はい」
「……………………」
黙る。前世で何があったか知りたい。でも彼女の復讐に手を貸す理由になるか?
「……………………」
しばらく黙っていると視界の中央に文字列が現れた。
紅葉の提案に乗る
紅葉の提案に乗らない
なんだこれ?選択肢?
まるでギャルゲーのようだ。
このどちらかを選べということか……?うーん……。