7話
「健人ー、学校行くわよー」
「健人ー、今日お昼一緒に食べましょ」
「健人ー、帰るわよー」
絶対に好きにしてみせる。そう宣言してから凍子は以前に増してズカズカと俺にアプローチをしてきていた。
「なぁ凍子、なんでお前は俺の事好きなんだ?」
「今は教えない」
凍子はあの時以来、黙秘権を公使するようになっていた。
本当に今の前に生があったとして、その時に俺たちに何があったのか、俺は知りたい。
でもどうすれば?
現状、方法がない。
俺と凜々と凍子の3人で帰路につく。
陽は傾き、世界を夕焼けが支配する。
「ムーッ、健人ちゃんが構ってくれない」
凜々は頬を膨らませていた。
「悪い凜々」
「最近凍子ばっかりに構ってるぅー」
「構ってるってより、向かうから来るって言うか」
「言い訳は聞きたくありませーん」
プイッとそっぽを向く。
「ごめんねー、あなたの恋人(仮)を奪って」
ニヤニヤと勝ち誇っている凍子。
ギロッ。
言葉はいらない。
凜々はただ目線で相手を突き刺す。
しかし今の彼女には通用しない。
「怒ったー?ごめんねー」
ニヤリと心のこもっていない謝罪。
「はぁ……やめた……」
「凜々?」
呆れたようにため息をこぼす。
「何よ、張合いないわねー」
「どう転んでも、健人ちゃんはあんたになびかないからね」
「なんであんた決めつけるのよ!」
「女の直感ってやつ?今までだって私たち2人どちらか選んでってなっても迷わず私を選んでくれたし」
「くっ……」
あー、たしかに。
俺、凜々のこと好きだし。
もちろん彼女も俺のことが好き。
これが普通のラブコメなら、凜々と凍子が俺のこと好きで、俺は彼女たちどちらかを選ばなければいけない。
となるが、残念これは普通のラブコメではない。
俺と凜々、言葉を交わさずとも想いが通じあっているのである。
そこに凍子が入り込む隙間はないんだよなぁ。
でも今まで俺たち4人で過ごしてきて今更こいつを1人にするのは可哀想だ。
雄一郎も工藤さんという自分だけのヒロインの手を取ったし。
うーむ、どうしたものか……。
今日新たな課題が増えた。
それから1ヶ月半ほど月日は流れた。
梅雨はあけ、夏休みに突入しようとしていた。
都心の方では7月下旬から8月31日のようだが、俺の住む地方では7月20日をすぎた頃から8月20日頃までだ。
「健人ちゃーん」
「健人ー」
両隣の幼なじみ達から声がかかる。
「何よ?」
「私が先に話しかけたんだけど?」
いきなり喧嘩腰。
「お前らの話ちゃんと聞いてやるから争うな」
はぁっとため息がこぼれる。
トントンと教科書を机で揃えて答える。
「「夏休みどうする?」」
ハモった。
ビリビリと火花が彼女たちの間からほとばしる。
「夏休みなぁ。特に予定はないなぁ」
「お?だったら俺らと海行くか?」
雄一郎から声がかかる。
「ちょうど明菜ちゃん達と海行こうって話してたんだよ。健人ちゃんたちが一緒でもいいよね?」
「私は構わないよ」
「人数多い方が楽しいよね」
「賛成」
「あとは紅葉さんだけど……」
「わたくしが何か?」
「どぅわ!?」
紅葉さんがこちらの教室に来ていた。
「健人くんたちも海に誘ってたんだけど、紅葉もいいよね?」
「ええ、構いませんよ」
決まりだな。
「「私水着買わなきゃ」」
まーた同時に同じこと言ってら。
再び火花が散る。
「俺もせっかくだから新調したいし、お前らも来るか?」
「「行く!」」
「健人ちゃんは私を誘ったんですぅ!」
「いいやあたしよ!」
「2人を誘ったんだ」
はぁと呆れるため息がまたもや吹き出してしまう。
うん?このままだと俺、女の子2人と女性向けの水着見に行くことにならない?
それは気恥しいな。
「雄一郎」
「うん?」
「お前も来てくれ」
「なんでだよ?」
「男一人が女の子向けの水着売り場にいるとかあれじゃない?」
「どれじゃない?」
「言わせんなよ恥ずかしい」
「案外ウブだよな、健人ちゃん」
「それじゃあみんなで行こっか」
工藤さんナイス!
「いやー、あたしはパス」
「同じく」
吉原さんと井上さんが断る。
「なんで!?」
「彼氏に水着選んでもらうのもおつじゃない?」
「うんうん」
「「それだ!」」
凜々と凍子が同時に叫ぶ。
「どちらの水着が健人ちゃんに気に入って貰えるか決めようじゃない」
「望むところよ」
2人が燃えていた。
という事で夏休み直前にショッピングモールまで来ていた。
場所は女性の水着コーナー。
恥ずかしい。ひたすら恥ずかしい。
だって男が女性モノの水着売り場にいるって恥ずかしくない?
「あの子そんな趣味あるんだー」って思われたりしないよな!?
と思いキョロキョロと周りを見渡す。
雄一郎含む男女のカップルがキャッキャッと海で着るものを選んでいる。
「健人ちゃーん、これとこれどっちがいいかな?」
ぶっ……。水着……。水着が……!女性物の水着が……!
思わず目をそらす。
「んもぅ、ちゃんと見てくれないと決められないよぉ」
凜々に言われ、勇気をだして差し出されたものを見る。
ピンクと白のストライプのワンピースタイプと白のワンショルダーフリルタイプの水着。
もあもあーん、脳内で想像したものを再生してみる。
凜々はよくワンピースを着ている故、このタイプを着ていても違和感は無い。
一方フリルタイプも凜々のイメージには合う。
どっちも可愛い。
けど。
「ワンピースの方が似合いそう」
「だったらこれはひとまず候補だね」
「健人ー、私のも見てもらえる?」
凍子が持ってきたのは黒いビキニと赤いビキニ。
攻めてるなぁ。
まぁ、スタイルがいいこいつには似合いそうだ。
「もうちょっと大人しめのにしないか?」
「あんたを悩殺するんだからこれくらいじゃないと」
「目のやり場に困るので、別のにしてください」
「下着ならともかく水着でそこまで顔赤くするのあんたくらいじゃない?しょうがないわねぇ」
呆れられた。
「ならこれはー?」
次に持ってきたのは、白のフレアトップタイプと黒いのホルターネックタイプだ。
「なぜ胸を強調させたがる?」
「だってあたしの武器だし」
ボヨンと揺らしてみせた。
「やめなさい」
「それで、どっちがいいの?」
「黒い方で」
「なんで凜々と違って妄想しないのよ」
「人の思考を読むな」
なんやかんやあってこいつらは俺が最初に選んだものに決めた。
雄一郎と工藤さん?
2人でイチャイチャしてた。
「♪〜♫〜」
迎えた夏休み。
俺たちと工藤さんと紅葉さんで合同で海に向かっていた。
何で向かってるかだって?
工藤さんのお姉さんの車でだ。
吉原さんと井上さんは人数オーバーの関係上別行動だ
「♪〜♪〜♪〜」
再生される音楽は夏に聴きたいアニソンだ。
「♫〜♪〜♬」
次々に再生されるアニソン。
「ねぇ工藤さん」
窓から移り変わる景色を眺めていた工藤さんに凜々が話しかけた。
「なに?」
「なんでしょう?」
何故か紅葉さんも反応した。
「あ、いや、私は工藤さんを呼んだんだけど……」
「わたくしも工藤です」
「もしかして姉妹?」
「はい」
「コラコラ嘘つかない」
工藤明菜さんの制止。
「たまたま苗字が一緒なだけ。これが仲良くなったきっかけなんだけどね」
「最初名前を伺った時はびっくりしました」
「2人はどのくらいの付き合いなの?」
「小学生低学年からだよね」
「そうですね」
「付き合い長いねぇ」
「そういう凜々ちゃんたちはいつ頃から仲良くなったの?」
「俺らも同じくらいからだなぁ」
「そうね」
昔を懐かしむ。
凜々と出会って一目惚れして現在に至る。
「4人が仲良くなったきっかけは何?」
「俺と雄一郎は元から友達で、クラス替えの時に俺と凜々の目が合ったのがキッカケだな。そこに凍子が割り込んできて俺たちは仲良し4人組になったんだ」
「凜々ちゃんと天野さんは従姉妹なんだよね?」
「うん」
「そうよ」
「昔から仲は良かったの?」
「「まさか」」
まーた同時に同じこと言ってら。
「あはは……そうなんだ」
苦笑してさらに続ける。
「ところで雄一郎君もそうだけど、凜々ちゃんはなんで健人君のことを健人ちゃんって呼ぶの?」
「うーん、私にもわかんないけど、なんとなくかな」
「雄一郎君は?」
「こいつちっこい頃女の子っぽい顔立ちだったから」
「中性的だと言ってくれ」
「今はだいぶマシになったけどな」
わしわしと後ろを振り向き人の髪を掻きむしる。
「今でも髪伸ばすと女に間違われるからな」
「だからこまめに美容院いってるもんな」
ニコニコと笑顔な雄一郎。
今更ながら座席を。
運転席は工藤さんのお姉さん。
助手席には誰も座っておらず、1番奥の後部座席に右から凍子・俺・凜々
手前側は右から工藤さん・雄一郎・紅葉さんだ。
しばらく車は走り、トンネルへ突入。
黄土色のライトが明かりをともしている通路を俺たちを乗せている車が駆け抜ける。
2キロ3キロとなかなか長いトンネルだ。
次第に太陽の光が差し薄明かりだった車内は再び日差しがかかる。
「「「海だー!」」」
みんなで一斉に叫ぶ。
そう右手側に壮大な青い海原が広がっていた。




