4話
「えへへー健人ちゃん」
「なんだ?」
「呼んでみただけ」
「さいですか」
朝、通学路を凜々と並んで歩く。
週末の件があってから俺にべったりだ。
バターが溶けたような緩んだ表情で、自身の右腕を俺の左腕に絡まされている。
他の生徒たちからは「朝から見せつけるな」という視線が痛い。
しかし彼女は気にしない。
「えへへー健人ちゃん」
「なんだ?」
「今日これからどうする?」
「学校だ」
「違くて、学校ついたら何するかって聞いたの」
「勉強だ」
「もぉー」
プクーと膨らませる頬。
正直可愛い。
可愛いけど、気恥しい。
そんなこんなで学校に着き、上履きに履き替えて教室へ。
その間凜々は終始俺に抱きついたまま、「えへへー」と声をかけ続けていた。
「おはよう」
「おはようー」
「健人くん、凜々ちゃんおはよう。今日はいつにも増してラブラブだね」
クラスメイトの1人が話しかけてくる。
「週末色々あったんだよ」
「接触禁止じゃなかったっけ?」
「それも含めて色々」
「ふぅん、そっか」
そこまで興味は無いのか、すぐ開放された。
ガラッ
「おはよう」
「天野さんおはよう」
凍子がやってくる。
ニヤリ。
羨ましいでしょー。
という視線を凜々が凍子に向ける。
「勢いで彼女だって宣言されたくらいで勝った気でいるのは滑稽ね」
「何?嫉妬?」
「あのままチャラ男たちに連れていかれたら良かったのに」
「はぁ!?何よ!」
「健人、授業サボるから上手くいっておいて」
「お、おう」
タッタッタッ。
早足で教室から出ていく凍子。
「おっすー、健人ちゃん」
「おはよう、健人くん、凜々ちゃん」
雄一郎と工藤さんが登場。
「凍子さんが、涙浮かべてたけどどうした?」
「この間のことでちょっとな」
「気にならないか?」
「まぁでも今俺が追いかけたところでなぁ」
「最悪刺されたりしたら?」
「いやぁ、そんな事になるわけ……」
何かの映像がフラッシュバックした。
俺と凜々が刺された光景だ。
なんだ?この記憶……。
存在しないはずの記憶……。でもどこかで体験したような……?
「一応用心しておけ」
雄一郎がいつになく真剣な顔で忠告する。
「お、おう」
「雄一郎君?」
工藤さんが不思議がっている。
「ああ、ごめんね明菜ちゃん」
「もぉ……ぷんぷん」
今どき怒った時にぷんぷんって擬音で表現する人いるんだ……。
「健人ちゃん」
「うん?」
「なんだか怖い」
凜々も何かを感じ取っていた。
side凍子
学校の屋上の柵に手をかけ、そこからの景色を眺める。
流れる風があたしを慰めるように優しく吹く。
「前世の時同様、上手くいかないわね」
「それが人生というものです」
「電池専用の神」
「ヤケになってないかの確認です」
「別にヤケになってないわよ。ただやっぱり悔しいわね」
涙で視界が歪む。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
優しく抱き寄せる神。
「あたしどうしたらいいんだろう?」
「それはおいおい考えましょう。今は落ち着くまで涙を流しなさい」
「うん……うん……」
神様のその優しさがあたしの荒んだ心を少し癒してくれた。
昼休み、みんなが仲のメンバーと机を合わせてお弁当を箸でつつく。
ガラッ。
担任の神先生がやってきた。
「先生、どうしたんですか?」
「ふふふ、今日は皆さんと親睦を深めたいなと思いまして。早速ですが、週末のことは聞きました。緑葉凜々さん。ルールを破ったそうですね」
「ギクッ……。あの女……!」
「先生、あれは不可抗力」
井上さんの弁明。
「不可抗力でもルールはルールです」
「ちょっと理不尽すぎませんか?」
吉原さんの加勢。
しかし意味無く撃沈。
「社会に出たらこれ以上の理不尽なことたくさんありますよ。ですので緑葉凜々さん、本日の生物の授業の宿題を2倍とします」
「それは緑葉さんだけですか?」
「はい。ふふふ」
ほっと胸を撫で下ろす他の生徒たち。
「先生」
「なんでしょう?健人さん」
「俺から接触を図ったんです。俺にも同じ罰をください」
「あらあら、ふふふ。では健人さんは2.5倍で」
「んなっ!?」
とんでもないことになった。
「ところで先生、天野さんは?」
1人の生徒の質問。
「天野凍子さんは本日体調が優れないとの事で保健室にてお休みになっています。なぜですか?」
「いやぁ、いつもの緑葉さんと天野さん言い争いがないとちょっと寂しいなって」
「あなたは失恋した相手の傷を抉る趣味があると」
「いやぁ、そんな意味合いじゃないですけど……」
「言葉には気をつけてください。あなたが何気なく放ったその言葉は、ナイフにも救命ボートにもなるのです」
「はい……」
シーンと静まり返る。
先生は笑顔だが、その瞳は不用意な発言をした生徒を射抜いていた。
「神先生、こちらにいらっしゃるとお聞きして伺いました」
白衣を着た教員の来訪。
「あら、保健室の先生。なんでしょう?」
「天野凍子さんですが、精神面での体調不良で本日早退させて頂きたいと本人から申し出がありました。ご両親には連絡済みです」
「わかりました。ありがとうございます」
「では」
ぺこりと一礼して去っていく先生。
何気なくすぎていく昼休み。
だが俺は凍子のことが少し気がかりだった。
「ねぇねぇ健人ちゃん」
「うん?」
「宿題楽しいね」
「多分世界中のどこ探しても、宿題2倍にされて楽しいって言ってる奴お前だけだぞ」
「だって健人ちゃんと一緒に宿題っていうかほぼ予習できるんだもーん」
普通はその日の宿題は今日習ったところの復習。なのだが、課題を増やされた俺と凜々はほぼ次の授業の予習だった。
単純に宿題2倍、そして2.5倍用意できなかったとか。
そのため次の生物の時の範囲の予測をして予習しなさいとのこと。
現在は凜々とともに、彼女の家で二人で件の教科書とノートを広げていた。
凜々の部屋は、アニメのポスターやタペストリー。フィギュアといったオタクグッズで溢れていた。
部屋の真ん中にある机で、俺たち2人は勉強していた。
「ねぇ健人ちゃん」
「うん?」
カリカリとノートにシャーペンを走らせる音が響く。
「健人ちゃんって前世とかって信じる?」
「なんだよ、藪から棒に」
「仮にだよ、前世で同じように私とあの女が健人ちゃんを取り合ってて逆上したあいつが私達を刺し殺した。って言うと今日の朝に健人ちゃんが感じた違和感がちょっと紐解けるんじゃない?」
「お前も雄一郎の言葉が引っかかってたのか?」
「うん。体験した覚えのない記憶。でも遠いどこかで起こった事件が脳から流れなかった?」
「ああ、俺とお前が殺された映像だろ?」
「うん、それって前世の記憶って言えば辻褄合わない?」
「言われてみれば確かに……」
「俺と凜々と凍子の3人でつるんでたところにどこか亀裂が起きたとか?」
「私は、雄一郎君が鍵を握ってるんじゃないかって睨んでる」
「雄一郎?」
「だって、彼の意見的確すぎない?まるで遠い昔に起きた事件が繰り返されるんじゃないかって危惧してた物言いだったよ」
凜々がノートから顔を上げて俺を見る。
カチカチと時計の針が秒を刻む音が響く。
「まぁ言われて見れば……?」
「あとは担任の先生も怪しくない?」
「神先生?」
「連休明けにあの人が教室に入ってきた時の感覚覚えてる?」
「どこかで会った記憶がある気がしたな」
「そう、あとあの先生、あいつの肩入れしてる気がする」
「それはさすがに……」
「まぁ、そこまでは流石にねぇ……」
俺たちの会話が止まる。
時計の針がなる音が響く室内。
静寂ではないが破ったのは1階から響いた声だった。
「凜々ちゃーん!パンケーキ焼けたよー!」
「わかったー!今行くー!この話はおばあちゃんのパンケーキ食べてからにしよっか」
「おう。凜々のばあちゃんのあれ好きなんだよなぁ」
「絶品だよね」
「おう」
俺たち二人はほぼ同時に立ち上がり、ダッダと足速に凜々の部屋を出た。
「電気切り忘れた!」
ガチャ。
凜々が1度閉めたドアをもう一度開けて部屋の明かりを切った。
電気の消えた部屋は夕暮れの陽がオレンジ色に照らしていた。